□ RETURN

光の道行
04.不可視光線に手を伸ばす

『関教授とは昔からのなじみですが、せっかちというか、杜撰というか…。』

 舌足らずのリポーターと、脂ぎった中年親父。背後の壁は見知ったものだった。

『よくよく調査もしないで突っ走るといいますか。』

 お前は調査しかしないじゃないか。埃は嫌いか? 現地は嫌か? お前に俺の何が分かる?
 がたがたと戸が鳴った。隙間から雪下が窮屈そうに顔を見せた。

「先輩、台車借りてきました〜。」
「おー。そこ置いてけ。」

 なおもがたりと音をさせ、雪下が入ってくる。台車を入れてTVに気づく。豊かな表情が一瞬で固まる。こいつの反応は面白い。

「先輩、これっ!」

 でかい声して指差すな。

「このダンボールとこれとそれだ。」
「先輩っ」

 雪下に指示して運ばせる。我ながら私物は少ない。

「悔しくないんですか!?」

 俺を上から見下ろすな。その袋も積んでくれ。

「TV。坂田教授ですよ!?」

 雪下に袋を押し付けて、俺はTVを消してやった。だみ声が消えて清々する。苦い茶は捨てて湯飲みを洗うと、荷物の上に詰めてやる。

「あんなもん、くれてやれ。」

 台車を押して部屋を出た。ゴン−−派手な音は雪下が桟にぶつかった音だろう。
 研究室には、論文、資料、発掘品が全部残っていた。手元にあるのはDVD−ROMと愛用の湯飲みだけ。それ以外は全部まとめて後任にくれてやるつもりだった。

「世紀の大発見になるはずだったじゃないですか! 発表すれば、先輩はまだ…!」

 窓が震える。学生達が注目する。おいこら、だまれ。

「いらん。」

 台車を押して俺は進んだ。いつもは長い廊下だが、今日はやたらと短く感じた。

「先輩っ。」
「あそこには何もねぇよ。坂田が掘らせたって何も出て来やしねぇ。」

 X線。電磁波異常、磁場異常。すべて終わったことを示していた。データはすべてここにあった。見えてるものは抜け殻ばかりだ。

「あれは事故で解決したじゃないですか。」
「関係ないだろ。そんな決着。それにな。」

 管理室に鍵を返す。バイトの院生が扉を開けた。俺は台車を押し出した。

「見えねぇ光に手を伸ばして、聞こえねぇ声を拾い上げる。そんなこと、どこでだって出来るじゃねぇか。」

 だから俺は惜しくねぇ。教授なんて職業は。かえって清々したくらいだ。

「まずは金を溜めねぇとな!」

 俺は昨日までの職場を後にした。空はどこまでも高い。


[<< Before / □ RETURN / AFTER >>]