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URA*Soramimi Syojo
046.飛べないホウキ

 ホウキはとまどっていた。
 目覚めるとそこには、黒いワンピースに身を包んだ少女が立っていて、『飛びなさい』と彼に命じた。

 ホウキはとまどっていた。
 ホウキに掲げられた少女の手からは、何か暖かい力が流れ込んできていた。その力は確かにホウキのうちにたまっていた。

 けれど、とホウキはとまどっていた。
 ホウキのとまどいを理解してくれる仲間は、その時誰もいなかった。

 *

 少女により自我を呼び起こされたホウキは、自らの生い立ちを思い出すことが出来た。それは記憶したというより、身体の全てに刷り込まれた過去の記録というようなものだった。
 ホウキは古い大きな木の枝から生まれた。柄は太くしなやかな枝からさらに細い枝葉を落とした物だった。所々にフシがあるから、価値としてはあまり高くはなかったが、ホウキ自身は気にしたこともなかった。ブラシはその落とした枝で出来ていた。柔らかく強く地面を撫で落ち葉をゴミを拾い集める、文句のつけようもない立派なホウキだと思っていた。
 けれど、作られて間もない年若いホウキは、そんな『ホウキらしい』仕事を任されたことはなかった。作られて後、安置されていたロッカーには先達はおらず、木としてまだ呼吸をしていた頃幾たびも根をくすぐったその感触を思い出し、自分の使命についてただひたすら、思いを馳せていたのだった。自分は掃除の道具であり、葉っぱの一つも取り残さず地面を一筋も傷つけず、完璧に仕事をこなすことを夢見ていたのだった。
 少なくとも、『乗り物』になるなど、考えたこともなかった。

 *

 たまっていく力は、ホウキの周りの空気と摩擦を起こし、時折スパークを瞬かせるほどになっていた。ホウキが居心地の悪さに身じろぎすると、余計にスパークがはじけた。
 ホウキに力を送る少女は、ふと手のひらを下げて眉をひそめた。ホウキに流れ込む力はなくなったけれど、たまった力はそのままだった。再びホウキは身じろぎした。……どうすれば良いのか、わからない。
「飛びなさい。どうしたの、飛べるでしょ?」
 少女は腰に手を当て眉をひそめたまま首をかしげた。
 飛びなさいと言われても、ホウキは自分が飛べるなどと考えたことがなかった。ホウキは空を飛ぶ先達を見たことがなかったし、地面を掃くための自分が空を飛ぶなど、どう考えてもおかしいとさえ考えていた。空を飛んだら、ゴミを掃くことが出来ないではないか。
「何故飛べないの? こうよ、こう!」
 少女は今度は口をとがらせ、その場でとんとんとジャンプして見せた。一回目、二回目は軽く。三回目は、ほんの少しではあったが浮いて見せた。彼女の足下で落ちたばかりの葉があおられて、埃と共にひらりひらりと浮いては落ちた。
 あぁと、ホウキは身もだえる。『そこにワタシの仕事があるのに』
「もう、なんて強情なのかしら! こうやって飛べばいいのよ! わからないの!?」
 少女は顔を真っ赤にして、さらに上昇した。風を起こし舞い散る葉を蹴散らし、鳥のように飛んでみせた。
 ホウキは思う。自分が飛ぶ物だとは思わずに、ただ、ひたすら。『葉を掃いてしまいたい』
『だって自分は、ホウキなんだから』と。
『飛ぶことはホウキである自分がいなくても出来る。けれど、葉を掃くことは、少女には出来まい』と。
 三度身もだえたホウキに、今にも火の粉をはじけさせそうな顔をした少女は埃を盛大に巻き上げてどすんと地面に降り立った。ぎっとホウキを正面から睨みつける。
「なんって強情なのかしら! 頭カチカチじゃないの!」
 どすんどすんと少女は足を踏みならした。眉を寄せ、口をとがらせる。
「あぁもう、だから樫は嫌いよ! 硬いんだから!」
 ホウキは思った。それしかもはや思い浮かばなかった。ホウキは、ホウキなのだ。ホウキはゴミを落ち葉を掃くものなのだ。それ以外に役目などないのだと……。
 硬いと言われても、強情と言われても、そんなことはホウキの知ったことではないのだから。



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