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URA*Soramimi Syojo
069.魔王の騎士(ナイト)

 魔王はどのように生まれるのだろうか?
 先代は。先々代は。
 代々の魔王は、どのようにして生まれるのだろうか。

 がらんとした広大な部屋にぽつんと置かれた玉座に座り、魔王はひとり考えていた。
 蒼い月の光が高い窓から差し込むだけの薄暗い間は魔王の玉座にふさわしいと言えなくもなかったが、壁にしつらえられたろうそく置きには薄く埃が降り積もり、大理石と思しき床は土埃で光沢を欠いていた。玉座というよりこれでは廃墟だと、魔王は思う。
 魔王は、多分、生まれながらにして魔王だった。
 とはいえ、父は普通の人間で、既に亡くなった母も魔王の生まれた土地に長く続く家系の出で合ったから、普通の人間だったのだろう。
 魔王とて、今はこうして玉座に腰掛けているとはいえ、ついこの間まで人間だと思っていた。魔法が使えるわけでもなく、特別ひねくれた性格だったわけでもなく、学校の成績は中の下で、隣の席の少女に淡い恋心さえ、抱いていた。
 けれど、今は間違いなく魔王で、魔王だと気付くことに特別な何かがあったわけでもなかった。
 朝起きて遠い空に鳴り響く雷鳴を聞いて思ったのだ。自分は魔王なのだと。

 同じように家を出て、足の向くまま向かった先にこの王城があった。人間をしていたときの記憶によればここは霧深き山の麓で、毎年行方不明者が多数出ている登山の難所でもあった。
 気付いてみれば何のことはない。主を待ち続ける城が生み出した霧は人を惑わし足をすくう。主不在の間に、『勇者』にこの場所を見つけられないようにと。
 魔王たる自覚を持った魔王を、城は抵抗無く受け入れた。……まだ霧は発生させたままであったが。
 城へ入った魔王は、記憶のままに広間のさび付いた戸を開け、装束と玉座を見つけた。そして……多少若すぎて威厳は足りないかもしれないが……魔王らしい身なりになり、考え込んでしまったのだ。
 魔王の記憶の中の『ある魔王』は、世界を破滅させることを望んで魔物を召喚した。
 そして、また『ある魔王』は魔物の国を作ると宣言し、隣国との戦争を起こした。
 さらに『ある魔王』は細々と生きる道を選び、しかしながら押さえきれない障気のために刈られた。
 知る限りの全ての『魔王』は勇者と名乗る人間に倒されてしまった。
 僕もそうなるのだろうかとぼんやり魔王は考える。困ったなぁと、心の中で溜息をついた。
 早く野望を思いつき行動を開始しなければ、自分も勇者に倒されてしまうではないか。折角魔王であるのに、魔王らしいことを何もせずに倒されるのは……凄く惜しい。
 かといって、野望など早々あるものではない。
 今なら使える気がする魔法の力を使って、片思いの少女の心を変えてしまおうか。それとも、いつも僕をバカにしていたあいつを痛めつけてやろうか。いや待てよ、魔法であの子に言うことを聞かせてもばからしいぞ。あいつを負かしたことで勇者に目をつけられてもバカらしい。
 もっと、有効な野望はないものだろうか?

 ひゅるり、ぴゅぅ。

 魔王はぶるりと身を震わせた。装束を介してもまだ冷たい隙間風だった。
 ここは山の谷間で、気温も魔王が今まで暮らしていたところに較べれば、ずっと低い。冷えるのも当たり前だろう。
 そう言えば、野望ももちろん必要だったが、城には誰もいなかった。魔王以外、誰も。
 寂しいとそのうち思うかも知れない。その前に、たったひとりでは生活がおぼつかない。
「……魔法陣、使えるかな?」
 思い立ったら即行動……なにせ、考える意外他にやることもなかったのだから……とばかりに、玉座の後から続く、魔法陣の間へ歩いて移動した。

 *

 考えないこともなかったが案の定埃をかぶっていた魔法陣の間を掃除し終えたときには、すでに新しい一日が始まって閉まっていた。
 魔法陣の上に広がるクリスタルの天井から温室のように陽光が降り注ぐ。
 なんだか魔王の城らしくないとよくよく見てみれば、クリスタルと壁の継ぎ目にどこか不自然さがあった。……何代目かの陽光を好む『魔王』が、改築してしまったのだろう。
 眩しさに目を細めながら、考えるまでもなく浮かぶ呪文を口にする。
 口にしながら、呪文以外では発生も出来ないだろうこの言葉は、一体いつの時代のどこの世界のものなのだろうか等と考えていた。
 詠唱を終え、手順通りに方陣が輝き出す。陽光の下で淡く消え入りそうに生まれた輝きはやがて強さを増していく。
 クリスタルの天井から溢れて山そのものを染めてしまうかのごとく爆発した光に、魔王は思わず目を閉じた。
 まぶたの裏の輝きがやがて落ち着き消えたのを感じて、硬く閉じたまぶたをそっと持ち上げてみた。
 果たして召喚は成功だったと……いえるだろう。
 今まで何もなかった方陣の床の上にうごめく姿を見つけ、まず、目を瞬いた。
 次いで、困ったと目をすがめた。
 それは最初寝転がっていた。やがておっくうそうに目をこすると、次の瞬間ぱっと身を起こした。
 さらりと細そうな髪が肩から流れる。ぷっくりと健康そうな頬を上気させ、何かの果物のように紅い唇が動き出す。
「……まおうちゃま?」
 大きな黒い瞳がじっと魔王を見つめた。……おねしょを見つかって様子をうかがうかのように。
 僕は果たして落ちこぼれなのだろうかと、魔王は真剣に……頭痛を覚えた。
 たったひとりで途方に暮れ、魔法を使わせてもこれだ。
 それとも、日の高い内に魔法を使うと魔力が弱まるなどの制約が合っただろうか。
「まおうちゃま、おかげんがわるいのですか? おへやでおやすみにならなくてはいけまちぇん!」
 目覚めが早すぎたのだろうか。そうか。後10年もすれば、僕もそれなりの年齢になる。『これ』も良い具合になるかも知れない……。
「まおうちゃまのだいいちのないと、あぜるがおへやまでおおくりいたちまちゅ!」
 ようやく一人歩きを許されたばかりといった様子の自称第一の騎士アゼルは、方陣を出ようとして……ぽてっと転んだ。
 あと、声を上げかけた魔王の前で……案の定盛大な鳴き声が石造りの部屋壁に反射し反響し……わんわんと響き渡った。
「……あぁ、僕は大丈夫だから。ほら、アゼル泣かないでくれ。痛いの痛いのとんでけー!」

 魔王はどのように生まれるのだろうか?
 先代は。先々代は。
 代々の魔王は、どのようにして生まれるのだろうか。
 どのように、真っ当な部下を手に入れたのだろうか。

 装束を脱ぎ、ひとりの少年に戻った魔王は、昨夜歩いた道を逆に辿った。
 野望も、世界征服も、ひとまずは後回しだ。
 ……まずはナイトを……泣かないくらいに育てないと。



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