□ RETURN

URA*Soramimi Syojo
071.100人の召使い

 アンナ、お茶を入れてくれないか。
 レイン、今日の郵便物はどこだい?
 ジャンヌ、イヌ太郎に餌をやってくれたかい?
 キーロ、ネコ美はどこにいったかな。
 サリビア、キーロと探してくれないか。
 ジョルジュ、あの書類を持ってきてくれ。
 あぁ、ユリウス、それはこちらに持ってきてくれ。
 ん、お客様かい? ベッキー、応接間へお通ししなさい。
 メイシャ! 風が入る! 窓は閉めてくれ。

 まったく、寝るヒマもないとはこのことだ。
 うずたかく積まれた書類の一つ一つに目を通す。OK、NG,処理、完了で分類し、片付けた側からまた積まれる。
 メッシュ、それは端に乗せてくれ。こちらが終わったら取りかかるから。

 あぁアンナ、ありがとう。お茶はこちらにおいてくれ。
 重い湯飲みの7分目。柔らかい湯気が立ち上がる。
 アンナはお茶くみのスペシャリスト。逆にその他は出来ないが、アンナのお茶は極上だ。

 一口すすってまた書類。これは購買記録の監査結果。これは施設の補修見積もり。
 書類は全部回ってくる。種類を問わず回ってくる。
 購買記録は問題なし。補修見積もりはやり直し。

 ジョルジュ、右の束は後で良い。左の束はすぐにくれ。
 ジョルジュは優先度を判断できる。左は最優先で右はその他。
 ジャンヌとキーロは獣医学を持っている。専門はイヌとネコ。
 サリビアは生態学で専門は行動学。
 うむ、お客様をお通ししたね。ロップ、ご用件をお聞きしてくれ。

 次の束は、新規教育施設建設の嘆願書。こっちは判待ちの休暇届。
 嘆願書は問題ない。予算委員へ回してくれ。
 休暇届もOKだ。判子は頼むよ。終わったら、業務へ回すんだぞ。

 レイン、新聞と請求書と書類は分けてくれないか。
 プログラムミスだな。チェイス、レインをメンテナンスへ連れて行け。
 ジャーニー、ここはいいから、あちらの部屋を掃除してくれ。
 サニストン、植木を切りすぎないようにな。
 ん、ロップ、なんだい? お客様が? それはお前の役目だろう?
 ジーサー、下水管の修理は終わったのかい? 経費はビアンカに計算させろ。

 海峡トンネルの入札計画は、こことここをやり直しだ。
 なんだ、タンカー事故の記録が出ていないぞ。
 町内会費の徴収は収支が合わないじゃないか。
 裁判記録の開示はNGだ。理由欄に不備がある。

 ん? メイシャ、外は雨かい? ルーシーに洗濯物を取り入れるように言ってくれ。
 サニストン、中に入りなさい。雨にあたっては障るだろう。
 おぉ、キーロ、ネコ美を見つけたようだな。そろそろ餌の時間だ、頼んだぞ。
 ロップ、何度も言うが、用件を聞くのはお前の役目だ。行きなさい。

 次の山に取りかかる。
 テレビ局の取材申し込みは却下。連合の会合は1時間遅れで通してくれ。
 離婚調停!? あの女からの連絡は全てシャットダウンするように言われている。
 美佐子の進学書類はこのまま通せ。幾ら予算を使っても構わないと言われている。
 TVの修理は不要だろう。耐震調査も必要ない。

 ん? なんの音かね。ミストラル、見ておいで。
 ガイナ、もうそんな時間かい。いつものものを持ってきてくれ。
 アンナ、レイン、キーロ、下がって補給に行きなさい。
 サリビア、キミはメンテナンスの時期だったね、ミキサーに予約をしてもらいなさい。
 ロップ、またお前か。何、どうしてもだと?
 仕方がない。メッシュ、書類を片付けておくれ。面会が終わったら続きをするから。
 レイジー、入ってもらいなさい。

 平均的男性よりはやや細く高い体躯。良い布地のスーツに、埃一つ無い革靴。細いメガネはオーダーメイド。神経質そうに一本も乱れずなでつけた髪。100万くらいはするだろう時計、スーツの胸にいれられた万年筆も上等なもの。
 きょろきょろ落ち着かない客だが、身形はよかった。
 細い目に、瞳はアイスブルー。髪の色はダークグレー。肌の色は薄く、彫りの深い顔立ち。コーカソイドの男だった。
「どのようなご用件ですかな」
 出力しながらアクセスする。ノンアクティブな領域にある、画像データを検索する。
 解析、比較、一致。あった。このデータだ。マイフェル・リンクス、特殊審査官とある。
「……あなたがご主人か?」
「主人はいない。私は召使いの一人に過ぎない」
「ご主人を出してもらいたい」
「それはできない。私にはそのような機能は持たされていない」
「それでは、ご主人に面会するには………」
「面会要求にはパスワードが必要だ」
「パスワードは……」
「教えることは出来ない」

 あぁ、メイシャ、戸締まりを始めてくれ。
 ガイナ、住まないが少し待ってくれないか。

「私は特殊審査官だ。キミのご主人と面会する権利を与えられている。キミの主人はそれに応じる義務がある」
「人の世界の法に従うことはできない。私たちは、私たちのプログラムで動いている」

 99人の個別機能ロボットと、それを統括するサーバが私。
 全ての判断は私が下す。私のプログラムに従って。

「お引き取り願いたい」

 さぁロップ、お客様のお帰りだ。



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