人でなしの侵略者に持ち去られた宝剣を、取り戻すのが私の使命。 けれど、どうする? 後宮に入り込むのは可能だ。けれど、側室が剣に興味を持つなんて、あからさますぎる。 宝剣に触れるのは武具の管理係。女の私が武具係になるなんて、何年かかるかわかりゃしない! 商人? 王宮に信頼されるような腹黒い商人なんて、王より用心深いだろう。 占い師? ……そんな超常能力は磨いてないの。 出来ることなんて、数えるほど。 一族の女は必ず身につけさせられる、女の武器と多少の剣、そして隠密行動。 偵察は得意。だけど、それだけ。 さて、どうする? ふと床に落ちた影に気付いて、顔を上げた。床はまだ磨き途中だったけれど、慌てて水を拭き取って、壁際まで下がって、頭を下げる。 与えられてた似顔絵通りの、聞いていたよりずっと若い顔が私を見下ろしていた。 しまったな、王様が通るなんて聞いてなかった。だいたい、王様がお着きの一人もなしに謁見室と大広間と後宮以外を歩くなんて聞いてないぞ。……王様の前で掃除したなんて知れたら、また、女官長に小言を言われてしまうじゃないか。 「お前が新しく入った下女だね?」 うわぉ。下を向いていて良かった。 下女下男なんて何百人もいるだろうに、新人かどうか見分けがつくのか。国で聞いたよりずっと、出来るヤツなのかも知れない。……いや、国を滅ぼしたのはコイツの指揮に他ならない。なら、当然とも言えるな。 ……そんな事を考えているなんて気付かれないよう、気を引き締めてしおらしく答えてやる。 「はい、王様。慣れぬ作業ゆえ、お足元のお掃除が遅れまして申し訳ございません」 「……」 ……あり? 反応が返ってこないぞ。 そろりと顔を上げてみた。怯えるように、顔色をうかがうように。……新人の下女が萎縮している様を装って。 「ふぅん。ま、しっかりな」 「はいっ。がんばります」 私は慌てて、再び頭を下げた。背筋に走った寒気を気付かせないように、精一杯装って。 ……にやりと、笑ったのだ。新しい玩具を手に入れた、子供のように。 影が移動し、角を曲がって視界から消えてしまうまで、頭を下げたままでいた。 多分、一番それが早い方法なのだ。 武具の管理官にも商人にもなれないなら、掃除係になろうと。 管理官に巧く取り入れば、宝物庫の清掃も出来ると考えたのだ。 中に入り込んでしまえば、文官などどうにでも出来る。 一刻ほど稼げれば、王宮から抜け出すくらいの自信はある。 抜け目ない王を直接騙す必要はない。その臣下に取り入ることが出来ればいい。 ……三つ、四つ。 かつんかつんと音が響く。各自部屋へ戻った後の時間のカーペットの引かれていない廊下は、足音を何十倍にも響かせる。わざと普通に音をたてて、心を込めて入れた正真正銘のお茶とアルコールを持って、ドアを数えて進んでいく。 普通の下女は、足音を消すすべを知らない。普通の下女は、蝋燭の明かりも乏しい廊下を怖いと思いながら進む。行く先に待っているのが見知った文官でも、昼間は遠慮もおかまいもなしに闊歩する空間であっても、闇は恐怖心を生み、静寂は緊張をあおる。 私にとってなじみ深いモノであったとしても、下女にはそれは未知のものでしかない。 ……六つ、七つ。 八つ目のドアの前で立ち止まった。落とさないようトレイをしっかり片手に持ち替えて、ドアを叩く。 「お茶とお酒をおもちしました」 「入れ」 ん? 聞いた声だ。 文官は女官長を介さずとも直接下女に様々なことを言い付けてくる。この酒も、そうやって言いつかったことだけど、違う。言い付けていった文官じゃない。 では、この声は? あまり長すぎても不審に思われる。意を決してドアを引いた。 「失礼します」 軽く頭を下げ、ドアを締める。頭を上げて、ほんの一瞬、目を留めてしまった。……不審に思われないよう、すぐに目をそらす。トレイをサイドテーブルへ運ぶ。 「遅かったな」 テーブルは部屋の中央。声は、最奥のベッドから降ってきた。どういう声ならば、不審に思われないだろう? どういう顔をすればいい? てか、何で王様がこんな所にいるのさ!? 「……廊下が暗く、その、少々とまどってしまいました」 テーブルに茶器をセットしトレイを脇によせ、一度頭を下げると、そのままドアへ向かう。たぶん、それが一番良い。下女が文官の夜伽相手になることはまずないと言うし、ならば長居は無用というわけで。 「もう行くのか? コレに用があるのではないのか?」 かちゃりと、音がした。ドアの前で僅かに顔を上げた私の視界の片隅に、それがあった。 「な……なんのことでしょう?」 だめだ、動揺してしまう。 なんでコイツがここにいて、しかも宝剣を持って、のんびりとお茶をすすろうと手を伸ばしているのだ!? 私を見、これ以上ないほど楽しそうな笑顔を浮かべて! 「さ、そんなところに立っていないで、座ったらどうだ」 「もう、戻りませんと……」 「女官長に小言でも言われるか? そんなもの、後でどうとでもしてやる」 「あの、でも、後で何を言われるか……」 「ならば、言われぬような身分を与えよう。側室などどうだ?」 「……」 どう言っても、帰さない気か。ごまかしがいかないなら、もういい。どうとでもなれ! 顔を上げた。卑屈に曲げていた背を伸ばす。 そいつはにやりと笑みを浮かべたまま、立ち上がり、椅子の背に手をかけた。 「……その言葉、忘れるなよ?」 「もちろんだ」 「私はその剣を狙っている。今後も変わらない。……剣を持ち帰る」 「では、ゲームといこう」 王は椅子に腰掛け、対面の椅子を示した。 私が動くのを確かめることなく、グラスへ酒を注ぐ。 一つしかないタンブラーへなみなみ注ぎ、一口含んだ。そして、椅子を引いた私へタンブラーを示す。 「この剣は俺が肌身離さず持とう。どういう手段であれ、奪うことが出来ればお前の勝ち。この剣は持ち帰るが良い」 タンブラーには、まだなみなみと酒が残っている。契約の杯か。 「で」 「……正妃になったら、俺の勝ちだ」 コイツは馬鹿か? それとも、計り知れないほど大物なのか? 「……いいだろう」 なんにせよ、私に選べる選択肢などない。 タンブラーを口へ運んだ。 「それにしても、お前らの一族は肝心なところで抜けているのではないか?」 後宮とはかけ離れた文官の部屋で、ある日ヤツは言った。 「”王”として知られている顔は、影武者のモノだ。下女ごときが俺の顔など、知るはずがないだろう?」 そして楽しげに、……心の底から楽しげに、酒を飲んだ。 |