意欲についての論争U
意欲を高める3つの条件−
ヒューマンスキル研究センター 代表取締役  細川 政宏
 報酬が意欲を下げるという現象の発見から30年ほどたった。
 ようやくデシたちによる意欲についての基礎研究が終了し、その全体像が明らかにされた。
1 意欲を支える自律性への欲求
 図−1を見て欲しい。これは「意欲と基本欲求の関係」だ。
 自律性への欲求とは、自分で自分の行動を選択して自由に行動しようとする生まれつきの人間の傾向である。意欲の高い段階では、この自律性への欲求が最も高くなる。このことは、次の実験でたしかめられた。
 実験の参加者は大学生。それを2つのグループに分けた。学生には、当時、流行していたソマというパズルを課題として与えた。休憩の8分間をはさんで、30分間の課題を2回遂行した。
 ソマでは、図−2のように7種類のブロックを組み合わせて、飛行機、犬などの図示された立体モデルを作る。学生には、5種類のモデルが用意された。
 1回目はウォーミングアップだ。学生の意欲が高いことを確かめた。2回目が本番だ。1つのグループには、1問も正解できなければ罰が与えられるという脅し文句が使われ、もう1つのグループには、罰のことは伝えられなかった。
 課題終了後、部屋の外に移動したデシは、学生が引き続きソマパズルに従事する時間をワンウェイミラー越しに計った。2回目の課題終了後も、もっともらしい口実をもうけて測定した。実験室には「タイム」や「ニューヨーカー」などの雑誌が用意されていた。学生にとっては、いずれの8分間も自由な時間だ。雑誌を眺めていても、ぼーっとしていてもよかった。そんなときに、引き続き課題を必死に解くことは、その活動に対する意欲が高いことを意味する。例えば、休憩時間に、授業の復習をしている学生がいたら「意欲的だな」と感心するだろう。デシもそう考えたのだ。結果はこうだ。罰のことを伝えられなかったグループに変化はなかった。しかし、罰のことを伝えられたグループでは、明らかに意欲は下がった。同様に報酬についても確かめられたが、結果は罰の場合と同じだった。

 これに対して、被験者に選択の自由が与えられるとどうなるか、この実験方法を使って確かめられた。1つのグループには、どのパズルを解くか、パズルにどれだけの時間を費やすかを選択させた。もう1つのグループには、最初のグループの被験者が選んだのと同じパズルを同じ時間で解くように伝えられた。結果はこうだ。単純な選択でもその機会が与えられた被験者は、それが与えられなかった被験者に比べ意欲は高かった。
2 意欲を支える有能さへの欲求
 図−1を見て欲しい。次に取り上げられたのは有能さへの欲求である。
 ところで、有能さへの欲求とは、まわりの世界とかかわって有能感を感じたいという生まれつきの人間の傾向である。図−1のように意欲の高い段階では、自律性への欲求に次いで高くなる

 被験者に有能感が与えられると意欲はどうなるか。ここでもソマパズル実験の方法が使われた。具体的には次のような方法によった。見かけは同じだが難易度の異なるパズルを2セット用意し、1つのグループには、容易にパズルが解けるようなセットを与え、もう1つのグループには、ほとんど時間内には解けないようなセットを与えた。結果はこうだ。パズルを解けずに自分の無能さを感じてしまった被験者に比べ、パズルが解けて有能さが示された被験者の方が、多くの時間を課題に費やし意欲が高かった。
 さらに、有能感を強化する方法として一般的に考えられている「ほめ言葉」の効果も確かめられた。どの程度できたのかわかりにくい課題を選び、1つのグループには、「よくできました」というほめ言葉を与え、もう1つのグループには、ほめ言葉を与えずに比較した。ほめ言葉をもらった被験者は、もらわなかった被験者に比べて意欲が高かった。
3 意欲を支える関係性への欲求
 図−1を見て欲しい。第三に取り上げられたのは関係性への欲求である。
 関係性への欲求とは、他者と結びついていたいという生まれつきの人間の傾向である。図−1のように意欲の高い段階では、ほとんど意欲に影響を与えていない。せいぜい高い意欲を維持するために貢献しているとしか思えない。しかし、意欲の低い段階では、最も強い影響を意欲に与えている。言い換えれば、面白くないことでも人と一緒にやるから頑張れるというわけだ。しかし、関係性への欲求を単独で満たしても意欲は高まらない。同時に、自律性への欲求、有能さへ欲求を強めてもらう必要がある。ひと言で言えば「自律性を支援し、有能感を高める」ような関係が求められるのである。
 実験では、課題の説明の仕方を変えることによって人間関係が操作された。ここでは、ソマパズルの代わりに、コンピュータの画面に小さな光点が現れるのをじっと見つめるという退屈な課題が被験者に与えられた。すなわち被験者の課題に対する意欲は低い。

 被験者には、「この課題は集中力を高める効果があり、かつ、参加は自由である」と説明された。1つのグループには、退屈で面白くない課題であると共感を示した。しかし、もう1つのグループには、ただ上記内容のみたんたんと説明された。課題終了後の自由時間に再び課題に従事する時間が測定された。
 結果はこうだ。共感性を示された被験者の場合は意欲が高まり、直後のインタビューでは、課題を重要だと考え、自由を感じ、楽しいと被験者は報告した。

 すなわち、自律性を支援し、有能感を高めるような人間関係は、意欲を高める効果があることを実証したのである。
参考文献
E.デシ(桜井茂男監訳) 1999 人を伸ばす力 新曜社 p.41448890-91119-120138197-220
E.L.Deci & R.M.Ryan  2002  Handbook of Self-Determination  Reserch  Rochester,NY:University of Rochester Press
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