講演 『「心」と戦争−高橋哲哉氏』

高橋哲哉さん
東京大学大学院総合文化研究科教授。哲学者。)

’03年7月19日 千葉県船橋市にて

主催:戦争責任を考える8月の会

reported by マリオン
T.戦争の問題 − 有事法制の成立
 今日本では,有事法制が成立してしまうという状況ですが,国内の反対の声は弱い。しかし,世界が見ている。6月11日付けのフランスのルモンド紙には,「日本はまだ平和国家なのだろうか」(平和主義にとどまっているのだろうか)という見出しで記事が載っている。
 イラク特措法も成立させられようとしているが,これも有事法制と並んでとんでもない法律です。米英のイラク攻撃は明らかに侵略戦争です。先ほどのルモンド紙は「予防戦争」と書いています。米英は,安保理の決議を得られなかったが,イラクへ攻撃をしていきました。ブッシュ大統領は「大量破壊兵器の脅威」を理由に攻撃をしていきましたが,今でも「大量破壊兵器」は出てきていません。これがこれから出てきても,あの時の戦争の「正当化」にはならない。日本では,小泉首相の政治責任を問う声が弱い。それにとどまらず,イラクに派兵しようとしている。PKOによるものとはまったく違う派兵で,憲法9条に違反する。フランスでは,日本の状況が新聞で知らされている。韓国でも,人々は不安に思っている。しかし,日本のマスメディアは,伝えない。

 今,「北朝鮮脅威」が叫ばれていますが,日本の軍事化を支えてきたのが,この「北朝鮮脅威論」です。94年には,米国は北朝鮮に戦争を仕掛ける危機一髪だった。テポドン発射で「北朝鮮脅威論」が高まり,電車内で朝鮮学校の生徒へのいじめ事件が頻発しました。こうした反朝鮮の感情は,深い歴史の上に出てきている。2002年9月17日の日朝首脳会談で明らかになった拉致事件は,最大の現象となって出てきてしまった。拉致そのものは犯罪ですが,金正日は拉致を認め,お詫びし,関係者を処分しました。メディアは,国民の感情を煽り,火をつける報道を繰り返した。メディアの責任が大きい。日朝国交正常化にいくのではと思ったが,1〜2日の内に,北朝鮮叩き,ヒステリックな報道になってしまった。日本の戦争責任問題は取り上げられず,「拉致問題」から報道が始まっている。

 「拉致問題」について,家族の怒りは当然です。「真相を解明せよ」「死因が不審なので解明せよ」「きちんとした責任の究明をし,責任をとってほしい」という声が家族から出てくるのは当然です。きびしいが,未来を考えれば個人の被害者に国家はどのように対応すべきか,きちんと謝罪してほしい。きちんと償ってほしい。日本の戦争責任問題も同様です。日本は5人の拉致の何万倍もの規模でそれ(拉致)をしてきているのだから。日本の戦争責任について,真相究明と謝罪を求めてずっときた。日本政府はこれに対してきわめて冷淡な態度をとってきた。裁判に訴えても棄却される。日本の対応の不条理が見えてくるのではないかと思った。犯罪の被害者という点では同じ。しかし,そうはならなかった。甘かった。拉致問題から始まっている。

 慰安婦や強制連行の被害者は,拉致の被害者と法的にいえば同じ,しかし落とし穴がある。「拉致問題」は,かつての日本の朝鮮での植民地支配とは違う。日本の不審船が朝鮮半島を虎視眈々と狙っていた。1910年に韓国併合し,植民地支配が行われた。私は,これは犯罪だと思う。朝鮮民族全体に対する犯罪です。これに対して,3・1運動や抗日運動が起こる。1937年からの日中戦争,1941年からの太平洋戦争,この中で慰安婦動員,強制連行が行われた。これは,拉致事件と同じレベルの話には出来ないのではないか。9・17(’02年)を期して,「日本は被害者」だという声が広がった。歴史認識の問題として区別しないと混乱する。北朝鮮の国家体制に問題が有ることは否定できないが,南北分断され,敵対してきたその中で「拉致」があったということです。
 日本は,北朝鮮を敵視する対応をとってきた。それが,日本の軍事化に有利に働いている。小泉首相は,「北朝鮮から攻められたらどうする。アメリカから守ってもらわなくては」と臭わせて,有事法制の支持を取り付けた。
 
U 「心のノート」
 「心のノート」が全国の小中学生に2002年から配付されている。教育を通して「国民の心」をつくり出すということで,長期的に持続的につくり出すのに有利な方法。子どもたちのあらゆる時間を道徳教育のなかに囲い込んでしまう。軍事国家化への動きの中で,日本の軍事化を支える「国民の心」を必要としている。明治憲法に当たるのが「改正」憲法,教育勅語に対して「改正」教育基本法,修身に対して「心のノート」という位置づけになっている。「修身」は国定教科書で,「心のノート」は教科書ではなく副読本といっている。河村文部科学副大臣は,1999年自民党教育改革実施本部教育基本法研究グループの座長をしていたが,そこで「平成の教育勅語を作る」と発言している。

 「心のノート」では,心の歌として,最後に「君が代」が歌われる。中学校では「国を愛し,その発展を願う」とある。絶えず心の問題を問いかけ,最後は「君が代」となっている。現在の「修身」としか言いようがない。例えば,福岡市の通知表は,表に神社の絵が使われている。また,「国を愛する心情と国を愛する心」つくりが「心のノート」や「愛国心通知表」というかたちですでに始まっている。教育基本法「改正」を先取りしたものです。
 新学習指導要領(「国を愛する心情」「日本人としての自覚」),君が代・日の丸の強制,「つくる会」教科書の検定合格,「心のノート」導入,「愛国心通知表」の登場などひとつひとつが学校教育への国家の論理の浸透であり,これらが教育基本法の「改正」によって完成されようとしているそれが憲法「改正」の動きへとつながっている。

 少年犯罪問題が大きく取り上げられていますが,これに対する子どもたちの教育について,「心のノート」という声が高まってくるでしょう。今の子どもたちの心の問題はあると思う。難しい状況の中に置かれている。これはこれで考えなければならないが,それを言う大人たちの「心」はどうなっているのかと言いたい。子どもの「心の教育」はどうなっているのだという批判を利用して,現代版「心のノート」で愛国心教育へともっていくメカニズムになっている。

質問

@「愛国心」ということについて
A拉致問題について,過去がすっぽり抜けたマスコミの報道になっている。取り上げるメディアが少ない。どうしたものか。
Bメディアが煽っている。売れるものを作る。普通の人の求める心が有るのではないか。

 A:戦前,戦中派の人たちは,「愛国心」ということをネガティブにとらえている。それが若者にはなくて,「愛国心はなぜ悪い」という人が多いのではないのか。若者の中に広がっている。
 愛国心のもともとの意味は,故郷を愛すると言うこと,それが国を愛すると言う意味になった。国とは,政治組織,政府のことでもある。しかし,「政府を愛する」というのは気味が悪い。区別する必要がある。政府なのか,国全体のことか,ふるさとなのか。
 植民地支配のもとで,武器を取って立ち上がることは私は否定できない。愛国心が悪だとは一概には思わない。
 日本は,政府の側から国民に愛国心を注入することが続いてきた。保守勢力がそれを担っている。国民の中に反対が強いうちは出来なかった。

 日本人の気持ちが変わってきたということがある。被害者意識で加害者意識が欠けている。「二度と戦争はこりごりだ」意識は,世代交代に伴って薄れてきている。日本の戦争責任の研究は進んできたが,法律,憲法が危機的状況になってきたとき,研究者が社会的運動にコミットしてくるかというとそうではない。
 被害者意識から来る,厭戦,反戦意識が薄くなってきている。議員の中でもネオコンが出てきて,長老が眉をひそめるということがある。大国意識を持っている。新しい政治家の世代が出てきている。
 最高裁判所が右傾化している。靖国訴訟も首相の参拝が違憲となるかは楽観を許さない。

 メディアが煽っている,というのはその通りだと思う。メディアが商品。それが進むと,下品でも売れればいいんだということになる。有事法制問題があっても,タマちゃん,白装束のほうが売れる。だから,そっちの方にいってしまう。「金正日はとんでもない」という報道が売れる。だから,反北朝鮮意識が凝縮される形で現れた。海上保安庁が撃沈した北朝鮮船を,「不審船」展示したが,すでに30万人が見たという。見学者から「これは戦争だ」という声が挙がっているという。これはどういうことか。

      

 C10年前国際化が叫ばれた。10年の間に変わってしまった。運動として国際化を利用できなかったか。
 D北朝鮮脅威論の一方で,アメリカ追随意識が有る。市民レベル,韓国の人々との連帯を深めることが重要では。
 E映画『スパイゾルゲ』を見たが,流れ出すと止めることが出来ないということを感じた。現在とオーバーラップした。競争,市場の論理について。

 A:国際化,グローバル化ということが変わってきている。諸国家が生き残りをかけた「大競争」時代に突入している。日本がその「大競争」時代を勝ち抜くための競争原理が導入されている。
 今日の「愛国心」教育は,「自然や人間を越えるものを大事にしよう,地域や家庭を大事にしよう」と,一見ソフトな「精神論」になっているが,これがグローバル化の時代の日本主義,日本ナショナリズムのイデオロギーにほかならない。
 日本の市民運動の特徴は,確かに弱いように見える。有事法制も通る,国旗・国家法も通ってしまう状況です。韓国の○○先生は,日本の市民運動の特徴は,各地に小さな運動がたくさんあるが,政治的な大きな運動になっていないと言っています。韓国の市民運動は,民主化を達成した,全国的な大きな運動があるが,各地に小さな運動がないから,中央がつぶれてしまうとつぶれてしまう。日本の運動は一網打尽に出来ない。つくる会教科書反対運動は,当該の教育委員会に働きかけて成功した。
 日本と韓国の市民運動がつながっていくことは重要。つながっていくことが,真の国際化につながる。
 「競争」時代とは,負け組みが圧倒的多数ということ。国際化を真の意味でやっていかなければならない。日本の国際化は,嫌らしい国際化です。外国人学校卒業生の大学受験資格問題で,欧米系はいいがその他はダメだというのは民族差別,人種差別です。

おまけ
 過去の例
 今,「非国民,売国奴」という非難の言葉が大手を振っている。日中戦争の時,エスペラント運動,左翼運動を行っていた長谷川テルは中国に渡り戦争批判の放送をしていた。これに対してメディアは「嬌声売国奴」とパッシングした。父親は「そうでないと信じるが,そうなら自決する決意をもっている」といっていた。これに対して,長谷川テルは,「 おのぞみとあれば、どうぞ私を裏切りものと呼んでくださって結構です。私はすこしもおそれません。むしろ私は他民族の国土を侵略するばかりか、なんの罪もない無力な難民の上にこの世の地獄をもたらして平然としている人々と同じ民族であることを恥ずかしくおもいます。ほんとうの愛国主義は人類の進歩とけっして対立するものではありません。そうでなければそれは愛国主義ではなく、排他主義なのです。」といっている。1937年当時27歳でした。これに対して,朝鮮のエスペラント安偶生(安重根のおい)が「平和の鳩」という詩を送っています。
《高橋哲哉さんの本の紹介》

晶文社発行 本体価格1400円  
要旨 (「BOOK」デ−タベ−スより)
 この国では「戦争ができる国づくり」への動きが強まっている。しかし、いくら法律を整備しても戦争はできない。それをになう国民の「心」が求められている。教育基本法改正、道徳副教材『心のノ−ト』の全小中学生への配布、有事法制など、平和憲法離れが加速する時代の根底にあるものを思想的に分析し、どのように生きるかを問う注目の書。「国民精神」はいかにして創出されてきたか。戦死者が英雄視され、さらなる戦死者を生みだしていく回路を断ち切るには-。「心」と「国」と「戦争」をめぐる現代の危機を、戦前からの大きな流れの中に見すえた「いま、生成する」哲学がここにある。

 <目次>

はじめに――「こころ総動員法」前夜

第一講
・ 道徳副教材『心のノート』の思想
・ 日常化する道徳教育
・ 四段階で心を形成
・ もっとも見えにくい暴力
・ 通知表で愛国心を評価……

第二講 愛国心と選別――教育基本法「改正」が狙うもの

・ 子供の心が囚われる
・ 憲法改正への一里塚
・ グローバル化時代の「神の国」
・ 優しいナショナリズム――ココロジーとエコロジー……

第三講 「有事法制」はこの国をどう変えるのか

・ 「戦争モード」の世界
・ 「軍事優先社会」がやって来る
・ 新たな「非国民」の析出
・ アメリカの戦争遠い国での戦争……

第四講 「靖国」――戦死者追悼の過去と未来

 なぜ首相の靖国参拝が問題になるのか
・ 神道は宗教でなくて道徳?
・ 祖国のために死ぬこと
・ 追悼から戦争への回路を断ち切る……
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