とめよう排覚主義と戦争への道(

      らち問題に関する新聞投稿記事 (朝日新聞「声」欄)から考える
                         2002/11/23 written by T.M.
 拉致被害者5人を北朝鮮に戻さないことを日本政府が決めたことやキム・ヘギョンさんへのインタビューをめぐっての,新聞の投稿欄への掲載が目につきます。
 5人の拉致被害者の方々は,拉致されて人生を踏みにじられ,そして,今度は日本政府によって北朝鮮への排外主義的キャンペーンにらち問題が利用されているのではないでしょうか。北朝鮮にいる家族にどうして合うことができないのでしょうか。こんな理不尽なことはないのではないでしょうか。
 5人の拉致被害者の方々は,24年前に拉致された大変な状況の中から,自らの人生を切り開き生き抜いてきました。北朝鮮に生活の基盤を築いてきました。

 
日本にとどまるのか,北朝鮮に帰るのか,それは5人の方々が決めることではないでしょうか。日朝の両国がすべきことは,5人の方々やその家族が両国を自由に行き来でき,どちらでも生活できる環境を保障をする事ではないでしょうか。

 
そもそも,「らち」事件については,日本が犯した侵略戦争と植民地支配の歴史と犯罪,朝鮮戦争での南北分断,日本政府が戦後も北朝鮮を「敵視」してきたことの問題を抜きに云々することはできないのではないでしょうか。

らち問題に関する新聞投稿記事集成 (朝日新聞「声」欄より)

 米国が中心の考え方は怖い
編集者 市野宗彦さん (東京都杉並区 58歳)

 イラクや朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の体制は確かに異様だ。フセイン大統領や金正日総書記は、自らを神格化し、恐怖心で国民を支配しているように見える。この体制に、世界の多くの人々が反発を覚えるのは自然なことだろう。
 そのうえで言うのだが、アメリカを先頭とする先進国が、両国に対して「大量破壊兵器開発」「核査察拒否」などは許されないとばかりに糾弾し、武力攻撃さえ辞さないとするのは、どう考えても一方的だ。
 第一、アメリカを始め、イギリス、フランス、中国、ロシアなどは、核を始めとする大量破壊兵器を、イラクや北朝鮮とは比較にならないほどたくさん持っているではないか。
 むろん、イラクも北朝鮮も、大量破壊兵器の廃棄や開発凍結などを約束してきた経緯がある。約束不履行は責められるべきだ。だが、約束を守らないことをもって許されないとするなら、アメリカはミサイル制限条約、包括的核実験禁止条約、温暖化防止条約などを次々に破棄したり、拒否したりしている。イスラエルは何度も国連決議に従わなかった。
 いつのまにか、アメリカ中心の考え方が世界の「常識」になっているようでは恐ろしい。
                   (朝日新聞 声 02.10.25)

 カメラが囲む日々は気の毒
大学生 天野佳代子さん (茨城県つくば市 20歳)

 連日、北朝鮮による拉致被害者の一時帰国が報じられています。最初は、家族との対面を見て、感動していた私も、日を追うごとにニュースを見ることがつらくなってきました。
 取材場所や時間を区切るなど、工夫をされているのかもしれませんが、テレビカメラや報道陣が目につきます。カメラに囲まれた状態で、心休まる人がいるのでしょうか。
 確かに報道を通じて私たちは、他の被害者のことなど様々なことを考えます。しかし一方で、帰国者にとって、このカメラに囲まれてばかりの日々は、北朝鮮以上の監視のようにうつっていないか心配です。
                   (朝日新聞 声 02.10.25)

 日朝間の往来自由になれぱ
学校事務員 畠山亨さん (さいたま市 41歳)

 北朝鮮から5人の方々が帰国、日本の家族の方々を北朝鮮に戻さず、北朝鮮にいる子供たちを来日させるよう希望されている。ただ、自分が日本人の親から生まれたことも知らず、日本語を全くできない子供たちが日本に帰国してうまくやっていけるか、私は心配である。
 日本の社会は外国人に閉鎖的な傾向がある。日本語を今から覚えるのは大変だろうし、発音で不自由し嫌な目にあうかもしれない。
 5人の方々は「子供のことを考えると早急に一家で帰国するわけにもいかない」「早く自由に行き来できるようになればいい」との趣旨の発言があるという。
 この際日本政府は子供たちの来日交渉と並行して、彼らの日朝間の自由往来を要求してはどうか。来日したいときに来日することができれば、何回か日朝間を往復するうちにどちらを生活の本拠とするかを判断できるだろう。早急に日本に連れてきて「日本になんか来るんじゃなかった」と後になって思うようでは困る。
 できれば日本人妻、戦後の帰国運動で帰国したかつての在日朝鮮人たち、やがてはすべての北朝鮮国民が自由に日本を始め行きたい所にいけるようになればと思う。夢のような話かもしれないが、本来当然のことではないか。
                   (朝日新聞 声 02.10.25)

 いつまで続く集団の登下校
会社役員 金 文植さん (さいたま市 51歳

 私の子供は在日朝鮮人3世です。1時間かけ大宮の朝鮮学校に通っています。9月17日を境に子供の登下校風景が一変しました。
 集団登下校をしています。それは、拉致問題に絡み、心ない一部の日本人の嫌がらせ、脅迫によるための防御措置としてです。
 私は、親として心配になり、一度登校風景を見に行きました。朝8時、駅のホームに集合、小学1年生の妹の手を取り、大きな手提げバックを持った姉妹、中学生の兄の後ろを早足で歩く兄弟、全員そろった時点で電車に乗る。車内は朝鮮学校の生徒でいっぱい。次の駅で7人、また次の駅で6人と生徒が乗って来て、大宮駅に到着。100人ほどの生徒がぞろぞろと周囲を気にしながら、おどおどとバス停に向かう。なんと異常な光景だろう。これが子供たちの登校風景なのか。
 なぜ、このような登校をしなければならないのか。いつまで続けなければいけないのか。下校時も同じ光景が繰り返される。私は、怒りよりも涙が込み上げて。
                   (朝日新聞 声 02.10.25)

 永住の決定で本人の意思は
日本語教師さん (東京都武蔵野市 63歳)

 拉致被害者を朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に帰さず、永住帰国させるという政府の方針を聞いた。5人の方々はどのように受け止めておられるのだろう。本人の意思は反映されているのだるうか。
 政府は国交正常化交渉に向けて、ぜひとも5人全員の永住帰国を掲げたかったに違いない。北朝鮮も、様々な思惑のもとにこれを認める可能性ありと踏んだのであろう。大きな流れとしては日朝関係の前進が始まりつつあるのだ。
 しかし、個人の立場で考えると胸が痛む。何の心の準備もないままの子供たちを合めた全員の永住帰国が、この方々の家族のなかにどんな状況を引き起こすのだろう。24年の歳月で築かれた人間関孫や友情を、考える間もなく突然捨てるのである。いくら故郷への帰国であれ大きな衝撃に違いない。今回の発表が行われた今となっては、たとえ北朝鮮に戻っても元の生活に戻ることは無理だろう。
 拉致という言語道断の手段で北朝鮮での生活を余儀なくされた方々が、再び政治の大きな流れのなかで個人の意思とは別のところで運命が決められていくことは、とても切ない。
                   (朝日新聞 声 02.10.26)

 二つの祖国を生かせる道は
建設設計業 滝田正良さん (山梨県 54歳)

 拉致被害者の皆さんが一時的でも帰国が実現し、解決の糸口が少し見えてきた感じがします。実に悲しい事件ですが、テレピで見る限りせめてもの救いは皆さんの元気そうな表情やお話でした。北朝鮮での二十数年の生活は言葉では言い表せない苦しみだったと思います。望郷の思いのなかで子供ができ、家族を守られてきたことはただただ頭が下がります。
 これから家族ともども日本に帰るか、北朝鮮に残るか、どんな選択をするにしてもつらい選択になることは間違いなく、国家の総力を挙げ支援しなければなりません。ただ、北朝鮮での生活体験は実に貴重なものでしよう。
 災いを転じて福となすというように、日朝の国交正常化の使節としてその貴重な体験を生かす道はないでしょうか。被害者の子供たちはいわゆる「二つの祖国」を持つ子供たちです。生を受けた祖国、まだ見ぬ、父母の生まれた祖国、その両方を思う気持ちを我々は大切にしなけれぱならないと思います。
                   (朝日新聞 声 02.10.26)

 24年間の壁を越える配慮は
主婦 中山富士子さん (さいたま市 42歳)

 拉致被害者の方々連日の報道により体調を崩していないでしょうか。
 今回の政府の出した、このまま日本に帰国させ、ご家族を呼び寄せるという方針は、日本のご親族側からすれば当然のことかもしれません。しかし、拉致被害者の方々や朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のご家族を思った時、乱暴な処置ではないでしょうか。
 また、北朝鮮に行かせてあげて、連日の報道疲れを休め、ご家族で話し合う時間を持っていただいてもよいと思います。
 もちろん、次回の家族全員帰国の日時の約束は、絶対必要なことです。
 北朝鮮に残されたご家族のことを考えた時、言葉の壁、生活習慣、思想、乗り越えるべきものは24年分もあります。
 日本政府は帰国後の被害者の生活の基盤をしっかりと検討してほしいです。
                   (朝日新聞 声 02.10.27)

 孫との再会は交渉と別問題
国税庁職員 井藤正俊さん (埼玉県所沢市 40歳)

 テレピで横田めぐみさんの娘キム・ヘギョンさんのインタビューを見ました。横田さんご夫妻には、一日も早くお孫さんに会うべきだと感じた方々は、私だけではないでしょう。
 拉致を考える時、最も大切なことは当事者の問題ということだと思います。確かに失われた20年余は取り返しがつきません。しかし、確実に全く別の人生や、思いが、生まれていることも事実のはずです。
 拉致間題は、政治問題として解決されることも間違いないでしょう。しかし、一般庶民の感情としては、再びこの問題を政治間題としてはいけないと思い始めているのです。つまり、交渉の切り札としてはいけないと考えているのではないのでしょうか。なぜなら、もしそうするならぱ、第二の拉致問題を日本側が作ることにほかならないからです。会いたい孫に会えない、そんな現実に、どのような希望ある世界が待っているのでしょうか。
 交渉の駆け引きに使うには、人の人生は重いということを、我々国民は、この短い期間に痛感したのではないのでしょうか。 
                   (朝日新聞 声 02.10.28)

 純朴な少女を利用しないで
主婦 辺 貞姫さん (東京都小金井市 38歳)

 キム・ヘギョンさんのインタピューを見ました。純朴そうな涙に胸が張り裂けそうでした。
 首脳会談から一カ月余り。親、先生、同胞や日本の友人たちに見守られながら子らが通う通学路では、制服も自粛、朝鮮語も我慢の毎日です。大人としてやるせなさを思います。
 しかし、横田めぐみさんという母親の過去を知った揺れる15歳の子どもに、大人たちはもっとむごい重荷を負わせているのではないでしょうか。
 私の娘にも「今度こんな事件が起こったら殺してやる」と、JRの中で脅す大人、「あの人たちも大人になったら私たちを拉致するんじゃない?」と、聞こえよがしに話し合う中学生。インタピューのテレピを食い入るように見つめる13歳の私の娘も、深いところでは同じなのだと、気付かされました。ヘギョンさんの涙を、大人や政治が利用してはいけないと感じずにいられません。
                   (朝日新聞 声 02.10.28)

 多感な15歳に無神経な質問
主婦 斎藤みゆきさん (栃木県小山市 36歳)

 拉致問題は大変なことだと思っていますが、26日の「横田めぐみさんの娘さん」会見記事に強い憤りを感じます。15歳の少女に、このような会見をする必要があったのでしようか。
 母親が日本人だと知っただけでも、かなりショックを受けているだろうと思います。ましてや、「拉致されてきた」など聞かされたら、どのように思うか。真実を確かめたくとも、その母親はいないのですよ。事実を本人に知らせるにしても、大変デリケートな問題だと思います。多感な少女に、このような無神経さには本当に驚いています。
 また、帰国された5人の方々についても報道各社、すべて過熱しすぎだと思います。国の政策について正すところは正すにしても、5人の方々については、そっと見守る姿勢はとれないのでしょうか。
                   (朝日新聞 声 02.10.28)

 韓国に戻らず逝った父さん
会杜員 高山照美さん (大分県臼杵市 51歳)

 父は韓国人だ、19歳の時、戦時中に日本に連れてこられ、強制就労させられたらしい。そこで日本人である母と知り合い、戦後も帰国せず、身寄りのない者として日本で暮らした。
 私がそのことを知ったのは、父ががんで余命いくばくもないと知っての母の一言「親が生きていれば一目でも会わせてあげたい」。え!何?なんでもっと早く言わんの?それから懸命に捜した。
 死の1カ月前に、突然の祖母からの電話。一言「オモニ」と言った父の声。あとはすっかり韓国語を忘れてしまい。話すことができなかった。42年が過ぎていたのだ。
 当時、今のように気軽に行き来のできない中、父の弟がやっとの思いで来てくれたのが父の葬儀の翌日。涙、涙。すぐに祖母も亡くなってしまった。父が受けた差別や苦しみを、子供である私たちに感じさせずに育ててくれたことを思うと、父の愛情の深さを痛感する。
 父ちゃん。今度の拉致事件どう思う?どうしたらいいと思う?子供のために自分を、自分の親の思いを犠牲にした父ちゃん。なあ、どう思う?聞かせてよ、父ちゃん!!
                   (朝日新聞 声 02.10.28)

 拉致被害者の居住の自由は
会社員 鬼原悟さん (千葉県松戸市 49歳)

 政府が拉致被害者の「永住帰国」を決めたことに大きな危倶を抱いた。今回の政府の決定は、本人の意向を踏まえたものと言えず、明白な憲法違反だからである。これは外交問題であるとともに、重大な憲法問題でもあるとの視点を欠落させてはならない。
 憲法22条は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」と明記している。
 基本的人権の根幹である。拉致被害者にも、この居住の自由が保障されるべきことは言うまでもない。それを「政府方針」の名の下に、勝手に奪うことがどうして許されるのか」被害者たちは、自由な意思を表明できる状態でないとか、家族会が望んでいるなどの理由が挙げられているが、それで憲法遵反を合理化できるものではない。
 政府がやるべきことは、被害者たちが朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)にいる家族と相談し、自由に自分の意思を表明できる環境を整えることである。そのことにこそ、外交努力を尽くすべきなのだ。
 その結果出された結論が、仮に北朝鮮での生活だとしても、それは本人の意思として尊重されなければならない。
 冷静さを失って感情論に走ったり、北朝鮮との関係だけに目を奪われたりして、基本的人権を蹂躙する憲法違反の前例を許してはならない。
                   (朝日新聞 声 02.10.29)

 現時点最良の原状回復とは
無職 千坂光雄さん (宮城県 73歳)

 国中、歓迎一色の拉致被害者の帰国だったが、近頃の複雑な様相には戸惑いを感じる。
 そもそも他国の国家権力による「拉致」と、長年の本人や家族の辛苦という経過の後だから、事実関係においても、気持ちの問題としても、その清算が簡単でないことは分かる。だからこそ一本調子の考え方で向き合ってならないのではないか。例えば「原状回復」ということだって、結婚する前や子供が生まれる前を回復出来るわけもなく、決して単純ではないはずだ。
 何よりも、被害者本人の意思を大事にしない解決策であってはならない。家族も、日朝両国政府も、本人の意思の尊重と、その実現に照準を合わせて協力を進めるべきで、本人たちを国家間の政治戦略の犠牲にしてはならないのはもちろん、家族といえども、善意の押しつけにならないよう慎重な配慮を望みたい。
 本人が一番いいと思う道を選択できること、朝鮮民主主義入民共和国(北朝鮮)が国際法を順守する平和的な国になること、それが現時点での最良の原状回復と考えたい。
                   (朝日新聞 声 02.10.30)

 負の遺産循環避けて交流へ
デザイナー 宗方達郎さん (東京都世田谷区 40歳)

 かつての日本による強制連行と、北朝鮮による拉致事件を単純に比較することはできないでしょう。しかし「過去の日本の行為と北朝鮮のそれとは、規模と残忍さにおいて比較にならない」という趣旨の北朝鮮外務省の官僚の発言を、それこそ次元の違う問題であるとする受けとめ方には違和感をおぼえます。
 憎悪が憎悪を呼び、報復行為が繰り返される負の循環を、21世紀の今日においても、世界のあちらこちらで目の当たりにしています。加害者は、自分の行為を正当化したがり、過去の過ちを忘れたがります。
 私たちは、北朝鮮を考える時、そう遠くない過去において日本に侵略された国であり、日本により憎悪の念を植え付けられた国であることを、忘れることなく考え続けなくてはいけないのではないでしょうか。
 私たちが現在北朝鮮に対して抱いている不信感があるように、北朝鮮もまた、不信感を日本に対して抱き続けさせられてきたのではないか。そのことに思いを寄せなければ、本当に友好的な関係を築いてゆくことなどは、到底及ばないことではないでしょうか。
                   (朝日新聞 声 02.10.30)

 情報の裏まで読者に提示を
会社員 中村 仁さん (東京都世田谷区 30歳)

 29日に掲載されたキム・ヘギョンさんインタピューの経緯を読みました。ただ、これは会見を報じた26日の記事と共に掲載されるべきだった、と思います。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)政府が、政治的に影響を与える目的で会見を設定した可能性が危惧されるからです。
 私たちは情報に接したとき、それに隠された意図を経験から読み取ろうとします。しかし今回のように高度な問題については、一般に広く知られている以上の知識がないと読み取れません。例えば湾岸戦争時、CNNは、イラク政府の検閲があった映像にはその旨を表記し配信しました。制約下の取材で、真実を伝えていない可能性を示唆するためです。
 今回の報道では、ヘギョンさんの発言が、北朝鮮政府の指示の下になされた可能性の有無を、もっとはっきりさせるべきだったと思います。例えば、北朝鮮情勢の専門家の解説などの形で示してもよかったでしょう。情報を伝えるだけではなく、その裏に隠されたものを分析し読者に提示してこそ、現代のマスメディアの存在意義を巣たせるのではないでしょうか。
 同時に、私たち読者も情報にのみ込まれないよう、情報の裏にあるものを探る努力をしなけれぱならないと思います。
                   (朝日新聞 声 02.10.31)

 互いに心開く僕たちの交流
朝鮮初級学校生 李大成さん (東京都中野区 11歳)

 拉致被害者が日本に一時帰国した時、ぼくは喜ぴと同時に怒りと悲しみを感じました。喜びは5人が帰られたこと。怒りは5人の生存者が完全帰国ではないということ。悲しみは帰ることが出来なかった方たちとご家族に対する思いです。
 ぼくほ、両国が国交を正常化させるには、悪いことに対してついきゅうするのも大切ですが、お互いの良いところを見つめ合わなくてはならないと思います。
 ぼくの通う東京朝鮮第九初級学校の近くに杉並第一小学校があります。ぼくたちの両親の時代は毎日のよろに石の投げ合いがあったそうです。でも、今は両学校の先生、父母の方々の努力のかいがあって、両校児童はしだいに心を開き、お亙いの良いところを見つめ合うようになりました。今では交流会も盛んに開かれています。
 学級委員のぼくは友達関係も良いところを見つめ合うことが大切だと思いました。今、ぼくたちに良くないことをする人がいるそうですが、杉一小の皆さんをはじめ守ってくれる方がたくさんいるので、ぽくたちは堂々と生きていき、両国が国交正常化を実現するのを見守りたいと思います。
                   (朝日新聞 声 02.11.1)

 忘れてならぬ子どもの権利
著述業 福富 弘美さん (東京都町田市 68歳)

 政府が拉致被害者の「永住帰国」を本人の意思と無関係に決めたことは憲法に違反するとの投稿(10月29日)は適切なものでした。さらに付け加えるべきは、被害者のお子さんたちの人権を尊重することです。
 18歳以上のお子さんの意思が尊重されるべきなのは当然として、18歳未満の子供も固有の権利を国連「子どもの権利条約」で保障されています。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は日本より早く同条約を批准していますから、両国は締約国として守るべき共通の基準を持つことになります。
 締約国は、児童が父母の意志に反して父母から分離されないことを保障し、家族の再統合のために児童または父母が入出国を申請した時は、積極的かつ迅速に取り扱う義務があります。父母と異なる国に住む児童は、定期的に父母と会う権利を持っているのです。そして自由に意見を表明する権利を保障されています。
 どんな国や環境で成育した子にも、固有の権利は保障されねばなりません。親が日本人だとも知らなかった子どもたちが、ある日突然、北朝鮮の役人や見知らぬ日本人に「親が日本に永住帰国したから移送する」と告げられ、その意思も無視される時、お子さんたちの基本的人権はどこにあると言えるのでしょろか。
                   (朝日新聞 声 02.11.1)

 尊敬しあえる「民交」を願う
無職 金竜沢さん (静岡市 74歳)

 拉致が事実となったことで、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の軍事政治が露呈されることとなった。在日朝鮮人の一部にある「社会主義祖国」の幻想が完全に打ち砕かれたこともしかりだが、在日の仲間たちの不幸と不条理の上に、もう一つの差別、蔑視、憎悪の疎外状況がさらに加わる事態となることに心を痛めている。
 偏見や誤認には道義や理性をもって対応することができるが、自ら認めざるを得ない羞恥には立つすべもない。正義なくして誇りなく、誇りなくして生きる喜ぴはないからだ。
 心ない日本人から向けられる過度の攻撃に遭っても、人間感情として(あえて民族感情とは言わない)正義としての怒りは受け止めねばならない。日本国家の過去の罪悪を持ち出して対抗するつもりはない。
 国交については、国籍が異なる者という理由で、不条理な運命に置かれている実情を正しく解決してほしいということだけを望む。人々が親しみ合い、尊敬し合う「民交」をこそ望む。もはや外交が政府の専管事項ではない時代に来たことを、拉致をめぐる国民世論が示していることを、当事者らに自覚してほしい。
                   (朝日新聞 声 02.11.2)

 国のはざまで個人の苦しみ
大学院生 中柴春乃さん (横浜市 29歳)

 日本で拉致問題が大きく取り上げられている一方、交渉の相手である北朝鮮にその思いが十分通じていないような気がしてならない。そんなはがゆさを感じている。
 国家のために個人を拉致し、つい最近までその人々の存在を否定してきた北朝鮮。そして、国民の安全保障を国の責務として個人の保護に動いた日本。日朝で拉致間題の扱いが違うのは、この国家と個人の関係性が異なることに起因するのかもしれない。一方で個人の存在のあり方を規定する「国家」の力が共通項として見えてくる。「個人」や「自由」の所在は「国家」という枠と深くかかわっているのである。そのなかで拉致被害者の永住帰国の有無を「本人の自由意思で決める」という言葉はどれほどの有効性を持つだろうか。永住を希望するとも希望しないとも「言えない」現実に、異なる論理を持った国家のはざまに立たされた個人の深い苦しみが見えてくる。
 「情」をあおる報道には警鐘を鳴らし、在日朝鮮人学校生徒へのいわれない攻撃を恥じ、人と文化を通して日朝相互の理解を深めたい。早い政治的解決はもちろん望まれるが、私たち一人ひとりが「情」「智」「意」を働かせ、「近くて遠い国を」「近くて近い国」にしていきたいものである。
                   (朝日新聞 声 02.11.2)

 加害の歴史を背負う民族に
テレピ番組制作 成七龍さん (川崎市 32歳)

 今回の拉致事件で,私たち朝鮮民族は負の歴史を背負った。
 朝鮮民族は長い歴史の中で、他民族を攻めたことがほとんどなかった。私が朝鮮人として生まれて良かったと思うのは、いつもそこに帰結していた。他民族の侵攻を受け続け、足を踏まれることの痛さを知っている民族だからこそ、足を踏む側には決して立たないはずだった。
 ところが、朝鮮半島が米ソの冷戦体制の最前線に組み込まれ、南北に分断されてから状況は一変した。南北は殺し合い憎しみ合い続けた。韓国は、米国が進めたベトナム戦争でベトナム人に銃口を向けた。そして北朝鮮もこのざまだ。南北がともに足を踏む側に回ってしまった。ばかやろう!
 遇剰な拉致報道による反発から「日本の朝鮮民族に対する犯罪に比べれば、今回の拉致事件なんて大したことではない」という人も少なくない。確かに数で言ったら、比べものにならないだろう。植民地支配に対する謝罪は、日本人が自らの誠意で対応しなくてはならない、いまだに放置され続けているのだから。
 そして私たち韓国・朝鮮人は、民族の一員として今回の事件を永遠の記憶にとどめ、加害者としての責任をどう果たさねばならないかを考え続けねばならない。その荷を決して下ろすことはできない。
                   (朝日新聞 声 02.11.4)

 会いたい願い大事にしよう
無職 星野 四郎さん (新潟県長岡市 75歳)

 拉致被害者の永住決定について、「約束を破った」との北朝鮮側の非難に、小泉総理は「約束以前の問題」と切り捨てた。
 もちろん拉致の解決へ、総理の英断で交渉の扉が開かれたのだ。なのに、その入り口で約束を破ったのでは、外交は成り立たない。半世紀の相互の不信感を、交渉の中で一歩一歩解消できないかと国民が見つめている時だ。とくに子どもたちの問題が心配だ。
 テレビなどで国会議員らが強調する「原状回復」にも違和感がある。結婚する前や子どもが生まれる前を回復できるわけがないからだ。曽我ひとみさんの「主人や子どもと早く話合いたい」という言葉の深い意味をもっと考えようではないか。
 子どもたちが出生国の教育に順応することは避けがたい。だが、軍国教育で洗脳された私たちが戦後の国際杜会の風に触れた時の心地よさが、いま思い出されてくる。だから、「忘れてならぬ子どもの権剰」(1日)の主張は重い。
 過去の重圧が重ければ重いほど、開かれた世界における子どもたちの成長の行方を信じ、温かく見守ろうではないか。
                   (朝日新聞 声 02.11.4)

 異体制の国と共存するには
大学講師 中川 奈都子さん (横浜市 29歳)

 拉致事件のほか、工作船やデポドン、核開発など危険極まりない行為を続ける国が、近隣に存在することは脅威である。まして、日本とは相いれない政治体制なのだから、なおさらである。脅威を取り払うための交渉も「通じる言葉」がなく、実現への道のりは遠い。
 しかし、世界の中で国家として存在する以上、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)には、異体制の国であれ、日本と平和共存する義務がある。 すなわち、日朝平壌宣言通り、「互いの安全を脅かす行働をとらない」「国際法を遵守」することである。「不正常な関係にある中で生じた」問題を、まず、国際法に沿って速やかに解決する義務が、北朝鮮に生じている。
 ただ,平和共存とは仲良くすることを指すものではない。相互理解を要するものでもない。相互理解を求めることは,かえって開き直りなどの理由を与えることになる。相手が全くの異なる体制であることを,一瞬たりとも忘れてもらっては困る。交渉は、拉致問題の解決を含め、平和共存のため、国際法の観点からのみ進めてもらいたい。
                   (朝日新聞 声 02.11.6)

 耐えて見守る正常化の行方
無職 宋重美さん (水戸市 68歳)

 日朝平壌宣言が発表されて1カ月半。この間、宣言の歴史的な意義についての議論が前面に出ることなく、マスコミは拉致問題に焦点をあて報道することだけが目に付きます。
 拉致事件は私たち在日朝鮮人にとっても大変なショックです。被害者やご家族に申し訳ない気持ちです。
 同時に「犯罪国家」「自由のない独裁国」「飢餓の国」「平気でうそをつく」「金が欲しくて正常化を望んでいるだけ」「あんな国と国交を結ぶ必要はない」……朝から晩までそんな風に語る報道に、やるせない思いでいっぱいです。
 朝鮮学校に通う子供たちが、伝統のチマ・チョゴリの制服を脱ぎ、焼き肉屋がテレピのニュース番組を避け,居酒屋で「あんな国はつぶれりゃいいんだ」などという声にも我慢をし、ただ耐え続けているのが私たちなのです。民族的蔑視と差別に憤りを覚えながら、憎しみが憎しみを呼ばない理性を持ちたいと、国交正常化交渉の行方を見守っているのです。
                   (朝日新聞 声 02.11.6)

 家族のルーツ伝える中から
主婦 金川 利子さん (大阪市 41歳)

 私は在日朝鮮人3世の、2児の母親です。今回の拉致事件に、特に蓮池薫さんの「子どもたちは、親が日本人とは知らない……」という言葉にたいへん胸が痛みます。
 幼い頃、朝鮮人ということでいじめを受けました。その時に受けた心の傷は、いまでもはっきりと覚えています。来年、長男が小学校に入学します。自分を日本人と信じて疑わないこの子に、いつ、あなたは朝鮮人だと伝えればいいのか、分かりません。
 でも、そのままにしておけない大切な問題だと思っています。親として、この子に順を追って悲しい歴史を教え、いま日本で暮らしていることを正直にきちんと伝えようと思います。
 一時帰国された方々にお願いします。お子さまたちには正直に事実を伝えてください。そして、よい解決法が見つかるまで、ともに力を尽くしていきましよう。
 親たちの悲しい歴史を受け継がないで、子どもたちの時代には未来は必ず光り輝くものであってほしいと思います。だからこそ、私たち親がいまなすべきことを、ともに考えて行動に移していきたいと思います。
 そのために日朝の国交正常化を実現し、自由に行き来できることを心から祈っています。憎しみ、悲しみを乗り越えてこそ、道が開けると思います。希望を持ちましょう。お互いが納得できる解決策が必ず見つかることを信じています。
                   (朝日新聞 声 02.11.13)

 親だからこそ子どもに早く
会社員 柳智成さん (東京都千代田区 32歳)

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)によって人生を狂わされた被害者の方々は、できることならすぐにでも北朝鮮に行って、子供たちに真実を語ったほうがいいと私は思う。
 事実を知った子供たちの衝撃は計り知れない。しかしそれをしないと何も始まらない。あなたたちは親じゃないですか。だれが代わりになれるのですか。国家ですか、政治家ですか、それとも「救う会」ですか。
 私は16歳の時、突然親から「お前は本当は韓国にルーツを持つ朝鮮人だ。区役所に行って外国人登録証明書を作るように」と言われた。祖父が日本に強制運行されたことも初めて聞いた。その「宣告」から16年、日本人と朝鮮人をちょうど半分ずつ生きてきた。いま私は、ダブルのルーツを意識することで何とかバランスを維持している。
 子供にとって、よりどころとなるのは家族しかいない。被害者の方々は、日本への帰国をはっきり宣言した上で、外務省関係者の同伴つきで一度戻った方がいい。日朝の駆け引きのはざまで翻弄されるだけでなく、果敢に向かっていってほしい。
                   (朝日新聞 声 02.11.13)