黒い闇



序 章



この物語を、全ての動物園関係者、及び利用者に捧ぐ。





「戦争によって人類は、微塵の反省を学び、次の戦争への余韻を残すに過ぎない。」

(作者の『手記』より)





 この物語は、一九四〇年代、ある動物園で実際に起こったことを基に作られたものである。
 その光景は、同情、罪悪、憤慨、狂気、怒涛、無垢、悲愴、憎悪、恐怖、悲惨、愚弄、心痛、苦悩、絶望という感情どもを入り乱し、何人をも、たとえ一瞬といえども、凍りつかせてしまう。
 私がその光景を想い描いた時、瞬間的に心を支配したのは同情であった。その後、次の一瞬で、怒涛の波が「自然という神の海」から押し寄せ、次第に私の心には「怒」の存在が大きくなった。私たち人類に対する「怒」の存在が。

 戦争が無くなることはないだろう。有史以来、人類が戦いをしなかったことはない。人類は、地球という体内に寄生したガンウィルスである。
 戦争断絶を願う時、どんな憲法も、どんな宗教も、どんな啓蒙思想も、何の意味をも持ち得ない。唯一戦争から人類が離脱するすべ術は、戦争という概念を完全に忘却することである。戦争という概念の忘却、つまり、人類は滅亡することによってしか、戦争から逃れられないのである。これ真実にして、疑いの余地なし。核廃絶、人類兄弟、平和主義の徹底教育、その他どのような反論あっても、それ無意味、言語道断、机上の論理、空論、実行不可能なり。実行可能は、「人類の心中」唯一つである。皮肉にも、世界最終核戦争によって戦争断絶が行われる、という確率が最も大きいのである。つまり、戦争の永久放棄は、戦争によってのみ達成されるのかもしれない、という救い様のない結末である。だが、小規模な紛争によって、宇宙中の星々を集めるよりも重い悲しみをう産み続けるのなら、今すぐにでもそのボタンを押してしまう方がどれほど良いか。私は本気でそれを願わずにはいられない。いやしかし、それでは人類のみの心中にとどまることはできない。自然までもが、罪のない動物までもが、また再び犠牲になってしまう。五十数年前の、あの動物園の様に。





第一章 へ


3 OCEANS (TOPへ)