お盆の小千谷を歩く

 2005年8月13日、中越地震後、初のお盆を迎えた小千谷を歩いてみた。主目的は慈眼寺の復興工事の進捗状況を目で見ることであったが、道の駅「ちぢみの里おぢや」の天然温泉に入り、復興に向う小千谷の人々の素顔を肌で感じてみた。
朝日山古戦場に近い浦柄集落では地震の傷痕も生々しく、新幹線の妙見トンネルの入口では土砂崩れの中に新幹線が延びていた。このトンネルを抜けた長岡市で脱線したことになる。

 「主力は十日町を発し、六日市、妙見を経て榎峠の坂をのぼった。坂の右手は信濃川に落ちこむ断崖である。川をへだてて対岸に三仏生村があり、そこには薩長の兵が駐屯している。その兵が、山腹をのぼる長岡兵をめざとくみつけ、川をへだてて砲撃してきた。この川越えの砲弾が、この方面の戦争の第一弾であった。(司馬遼太郎「峠」より)」

 小千谷市内では復興への願いを込めて、夏の最後の行事であるおぢやまつりと片貝まつりを迎えようとしていた。
この日はちぢみの里で、小千谷の人たちと一緒に湯につかりなが、ら一日も早い復興をお祈りした。

最初の戦闘があった雪峠 雪峠からの信濃川 浦柄の朝日山古戦場入口
傷痕が生々しい浦柄集落 妙見トンネルの周りは土砂崩れ 船岡山の新政府軍墓地
戊辰記念碑以外はほとんど倒壊 奇兵隊時山直八の碑 墓石は倒壊したまま
このまま草に埋れそう 地震前の整備されていた墓地 倒壊した休憩所
船岡山からの小千谷市街 小千谷市浦柄からの榎峠 左の写真の少し手前から
長岡市妙見も当然通行禁止 越の大橋と妙見堰 越の大橋を渡ると「峠」文学碑
文学碑は榎峠に正対して建つ 小千谷・高梨から榎峠と朝日山 戦闘が開かれた三仏生からの榎峠
山県狂介は濁流の信濃川を渡る おぢやまつり(8/19〜21) 片貝まつり(9/9〜10)

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