熊公の独り言 T




◆ 一宣教師の死 ◆
 9月11日、今日は1年前にアメリカ ニューヨーク他で同時多発テロが起きた日です。そして、今朝、朝の会の最中に職員に全員集合が掛かりました。何だろうと職員室へ行ってみると、元理事長の「エミリアン・ミルサン神父」の訃報が伝えられました。今朝8時30分、全身に癌がまわっておられたそうです。83才です。ああ・・・・。

  
聖ヨゼフの日(旧創立記念)ミサを司式する            5月の運動会の開会式で挨拶する神父様
                ミルサン神父 2002年5月1日

 ミルサン神父は、慈生会の創設者ヨゼフ・フロジャク神父の補佐をして、フロジャク神父の死後、慈生会を守り育ててきた方です。この神父の死は慈生会の歴史の1ページを閉じる感じ、この後は僕らが頑張らなければならないのだと、思いました。
 9月1日発行のベタニアの家(慈生会)の会報『瑠璃草』の巻頭言、「おのがままに吹く風」の中でミルサン神父は、自分の所属する『パリ外国宣教会』の先輩神父ジャン・テオファヌ・ベナールという宣教師の手紙を紹介しています。1861年2月2日に斬首刑にされた神父の手紙です。31才の方だそうです。このベナール神父の手紙はお父様に宛てた最後の手紙です。(このベナール神父がどこでどういう状態で処刑されたかは残念ながら書かれていません。1988年6月28日に117人の殉教者、スペイン人、ベトナム人司祭信者と共に列聖されたと説明がありました。)


 敬愛するお父様、死の判決が未だに来ないので、もう一度さようならの挨拶をおくりたいと思います。今回こそ最後の便りと思ってください。刑務所の日々は平和の中に流れていくようです。わたしに接する人は皆大変親切で、多くの人は好感を示してくださいます。最上級官僚から最下級の兵隊まで、皆国の法律がわたしを死刑に決めることを残念に思っています。わたしは多くの他の宣教師とちがって、拷問にかけられることがありませんでした。
 死刑執行人は刀でわたしの首をはねてくれることでしょう。それは恰も庭のご主人が春先に美しく咲いた一輪の花を自分の楽しみのために摘み取るようなことと同じです。わたしたちはみんなこの地上に植えられた花のようなものなのです。神は時期が来た時にみ心のままにお使いになるのです。早い人もいれば遅い人もいるのです。花にはいろいろあります。真赤なばらがあり、真白な白百合もあり、謙虚なすみれもあるのです。わたしたちは、神様から与えられた使命をよく果たしつつそれぞれの良き香りや実りゆたかな良いわざをもって、最高のみ主(あるじ)をお喜ばせしなければなりません。
 敬愛するお父様、神があなたに平和な、特に恵みに満みた老年を与えてくださるようにお祈りいたします。イエスの後に従ってこの世の十字架を担い、いつか幸せな最後をお迎えくださる恵みを与えられますように−。親子でわたしたちは天国でまたお会いする日を待っております。わたしは一日限りの花のように先にまいります。
さようなら。
 お父様を敬愛する愛にみちた子ども
  ジャン・テオファヌ・ベナール


 ミルサン神父はこの手紙を紹介したあとに、『自分にとって死は、特に殉職者の死は天の御父のところにもどることでした。小さい時からこのように死ぬことは夢でした。』と、締めくくられています。

 私達に対する遺言ですね。神父は死を覚悟してこのメッセージをくださったのだと思います。この『瑠璃草 第690号』の巻頭言を読んだとき、神父さんの死は近いなと思いましたが、それから十日も立たないうちとは思いませんでした・・・。
 『殉職者』と言う表現はミスプリでなければ良いと思います。ミルサン神父は「パリ外国宣教会」の宣教師、この日本にキリスト教を伝えるために来られ、日本の土になったフランス人です。フランスに帰ることもなく、身内の死にも立ち会うことなく、日本人のために全身全霊を使われた方です。キリスト教のために命を落とす『殉教』ではなく、自分の仕事に忠実に生活されたミルサン神父はまさに『殉職者』の形容がぴったりだと思います。

 ベナール神父の手紙は、ミルサン神父の考えそのものでしょう。そして、私達に大きなインパクトを与える言葉です。『死』と言うことをしっかり見据えた、日本的に言うなら『悟りの境地』に達して初めて使える言葉なのだと思います。ミルサン神父は神の元に行く「死」を喜んで受け入れられたのだと思います。自分もそうありたいです。
 きっと今は神の元で、フロジャク神父や先に逝かれたシスター方と楽しく語らっていらっしゃるのだと思います。クラスの子ども達に神父の訃報を伝えると涙ぐむ子が沢山居ました。子ども達にとっては5月の運動会の時に来てくださったのが最後でした。
 今日は毎週水曜日の4時からのミサで、全職員と参加可能な子ども達、父兄と共に追悼のミサを捧げました。9月2日に亡くなった東星の恩人であるシスター・ソフィア(遊佐)の冥福と、同時多発テロの犠牲になられた方々の事も合わせて祈り、世界の平和を祈願しました。

 12日朝、11日夜に行われた仮通夜に参加した同僚から、「神父様のお顔を見てあまりに崇高なお顔で感激を覚えました!!」と、聞きました。天国直行便のお顔ですね。
 式は簡素に短く、花は不必要と、遺言があったと聞きました。ミルサン神父らしい言葉です。
 12日通夜、13日葬儀ミサが、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われます。13日が友引のため、14日徳田教会で「お別れの式」が行われます。

(2002.09.11+12.)






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