コーヒーブレイク
     お城とお酒と一人旅の思い出を綴ります。



群馬県東吾妻町の巻
お城  小川由秋氏の歴史小説『真田幸隆』(PHP文庫)において、武田信玄から西上野の攻略を命じられた真田幸隆が、鳥居峠を越えて来て岩櫃城を前にした時、「この城は大軍をもってしても陥落させることはできない。まるで“天空に浮かんだ城”ではないかと思った」と描写されている。
 この“天空に浮かんだ城”と描写される城とはいったいどんな城なのか?水城(みずしろ)“水に浮かんだ城”とは良く聞くのだが・・・大変興味が湧き行ってみた。
 岩櫃城は、西上野の中心部、交通の要路を押さえ、守りに堅いだけでなく自在な出撃の拠点としての機能を備えていた。旧武田領内の三名城(他は甲斐の岩殿城・駿河の久能城)の一つであり、近国無双の堅城と謳われていた。
 1563年(永禄6年)、幸隆は信玄の命により斉藤越前守憲広(基国)が守る岩櫃城を、実弟矢澤頼綱、長男信綱らと攻め、またも巧みな謀略によりこれを陥落した。

<岩櫃山の山頂>
*岩櫃城はこの山頂(標高802m)の中腹東面に築かれた
典型的な中世の山城、頂上より約200m下がった
場所を中心に本丸・二の丸・中城がある。


確かに、下から眺めると・・・“天空の城”???

<郷原駅の背後に聳える岩櫃山>
*左の高みが山頂、その右山腹に城跡がある。

<岩櫃城縄張図>
<右:岩櫃山登山口
(上図の現在地)>

*ここから、中城、二の丸、本丸へと至る。
本丸までゆっくり歩いて約20分である。
<下:この岩櫃山登山口の
左手に休憩所がある。
この中に「歴代岩櫃城主」の
手書きの一覧の掲示があった>
*最後に真田3代4人の名前もある。

<歴代岩櫃城主一覧>
 1574年(天正2年)信玄の後を追い幸隆も病で亡くなったが、真田当主の座はすでに生前より嫡男信綱が受け継いでいた。しかし、翌1975年(天正3年)の三河長篠の合戦において、武田勝頼は歴史的敗北を喫し、この時戦さに随行していた、嫡男信綱、次男昌輝も激戦の中で討ち死にした。それで武田家の名門武藤家へ養子へ行っていた三男昌幸が、武藤家の名を捨て、真田家の当主となった。
 この7年後の1582年(天正10年)3月、高遠城の城将仁科盛信(勝頼の異母弟)は討ち死に覚悟で果敢に戦ったが、織田信忠を総大将とする織田方の総攻撃に耐え切れず遂に落城。勝頼は織田方の勢いに抗し切れないと決断し、築城僅か2ヶ月しか経っていない新府城を焼き払い古府中に引いた。
 この後、勝頼は忠臣真田昌幸守備する西上野の岩櫃城にて籠城、再起を目指す筈であったが、側近長坂釣閑斎の反対や重臣小山田信茂の薦めに従って、やはり甲斐の三名城の一つと謳われた重臣信茂の岩殿城(大月市)へ向うことになった。しかし、この後、小山田信茂の裏切りに遭い、天目山で織田軍に包囲され自ら腹を切って果てることになる。
 岩櫃城では、一足先に戻った昌幸が籠城戦に備えて、大量の食料・武器を運び込み、兵力の増強もしていた。また、勝頼のための曲輪と仮御殿を造営していたという。もし勝頼が周囲の諫言に迷わされず、小さい時から側に仕えた昌幸を信じ、岩殿城より遠い、もっと険しい山中にある岩櫃城へ向っていたら、武田家の運命はどうなっていたか・・・? この3ヵ月後、本能寺の変が起こっているのである。

<竪堀の跡>
*二の丸から放射状に延びる竪堀は、
出撃路としても機能し、
この城が籠城だけでなく
攻撃的な城であることを示しています。

<本丸跡に建つ城跡碑>
*この裏手は切り立った崖で、堅固である。
本丸は比較的広いスペースがあり驚いた。

<金星酒造の敷地内>

金星酒造 株式会社
<山廃長期熟成酒「寒冴」 720ml 1,100円>

<原材料:米、米こうじ、醸造用アルコール>
<アルコール度:15度以上16度未満>


 山廃であり深みがあるが、サッパリ感のある
超辛口である。
また、清々しい口当たりであるが
酸味の強いお酒でもある。
日本酒度は+10と訊いた。
地元で一番呑まれるお酒だそうである。
 とある8月の事、この酒蔵を訪ねると、右の正面玄関は閉まっていた。それで仕方ないので、脇から無断(?)で中に入り、敷地内を行くと職人に出会った。「事務所はどこですか?」と尋ねると、「あ!玄関閉まっていたでしょ。」と当たり前のような表現の仕方?「建物の脇のドアから入っていって」と教えられ、社員通用の出入り口のようなとこらから事務所へ入っていった。こういう酒蔵もあるのだな?と、ちょっと不安になりつつ・・・(HPと大分違うな~?)
 脇のドアから入ると事務員と思われる女性がいた。「お酒は売っていますか」と尋ねると、ちょっと面倒臭そうに・・・一方的に説明し出した。・・・言葉を遮り「試飲出来ますか?」と聞くと、ちょっと嫌そうな顔・・・「車ですか?」と訊かれた。一瞬迷い???「今日はここ(東吾妻町)に泊まりですから、大丈夫です。」と返事、間をおかず、お酒に興味があり色々と酒蔵を巡っていること、ここも楽しみにして尋ねて来たと旨伝えた。・・・事務員(実は、そうではないことが後で分るが)の表情がちょっと変わり・・・
 実は、今、試飲は飲酒運転の助長になると、警察から注意されていて、なかなか大変なんですよ!と本音が出て・・・。これからがいい感じになって・・・実は、試飲室もあるのですよ。と、奥の方へ、いや、奥ではなく玄関なのですが・・・案内されて、試飲させて頂きました。本来試飲用のお酒は準備していなかったのですが、若い職人を呼んで、何本かお酒を届けさせ、試飲させて頂きました。なんとも美味しかったです。
 その後、気に入ったお酒を何本か宅配手配し、最後は、目出度く玄関より退散いたしました。
若女将の一言「わぁ!しばらく開けなかったから、クモの巣が張っている」・・・
 この後、まだドラマは続くのですが・・・差障りがあるといけませんので、この辺でお終いとします。最後に、若女将さん、親切な職人さん、本当にお世話になりました。この一件を反省し、以後の酒蔵めぐりに活かしています。改めて心より御礼申し上げます。