就活コラム
     就活に関する話題、感想などを紹介いたします。




INDEX


就活をどのように説明・支援するか。
最近の就職戦線に思うこと。
(2005年10月記)
大学生のキャリア形成支援の現場で思うこと。
(2006年9月追記)
心理テストはどこまで信頼して良いのか。
(2006年9月追記)
キャリア・カウンセリングを受けることは、恥ずかしいことなのか。
(2007年1月追記)
3年生よ!チャンス(売り手市場)だからこそ全力を尽くせ。
(2008年1月追記)
3年生よ!慌てるな。“Slow & Steady”で問題なし。
(2009年1月追記)




就活をどのように説明・支援するか。
 「就活」つまり「就職活動」とは何でしょうか。指導者の立場から言えば、今更という感もありますが、これから初めて経験する学生にとっては、何か取り組み図らく、煩わしく、不安になることではないでしょうか。
 就活にスムーズに入っていくためには、就活に対する素直な意識、取り組み易いという認識が必要だと思います。
 私は良くこう例えます。「就職活動は、人生の一つの競技(競争)である」と。言い換えれば、「人生の一地点でのゲームである」と。
 こう考えると、気楽に取り組んでいく意欲が湧いてくるのではないでしょうか。そして、意欲が湧いたら、真剣にゲームに取り組んで頂ければ良いのです。
 それでは、就活にどのように取り組んだらいいのか。それには、昔から戦に勝つための「孫子の兵法」にいう、「相手を知り、己を知れば、百戦危うからず」を良く例えにあげます。
 まず、これから取り組むべき相手となる社会・経済・企業・労働環境などについて調査・研究をし、自分がこれから入っていく世の中の現実・動向を理解し、受容れることが必要です。
 次に、自己分析をして、自分について素直に理解・認識し、その認識した自分を認めることです。
 そして、その上で、志望する複数の企業を個別に研究し、「認めた自分」に合った企業を複数選択し、選択した企業が自分を求めているか(現実妥当性があるか)検討し、その上で、戦を仕掛けていくという戦い方です。
 また、別の説明の方法では、ナンシー・K・シュロスバーグの転機の乗り越え方を参考に取り上げます。
 それは、4つのリソース(4S)を点検・活用し、転機(就活)を乗り越えるという方法です。
 4Sとは、@状況(Situation)、A自己(Self)、B支援(Supports)、C戦略(Strategies)です。
 社会や経済、企業等の状況を把握・判断・分析し、自己分析・自己理解をし、必要に応じて専門家や経験者のサポートを素直に受け、そして戦略を立て、実行するという、乗り越え方です。
 今の若者に特に点検・活用して頂きたいと思っていることは、Bの支援です。自分だけで、考え悩まないで、受けられる支援は受けるという姿勢、家族や友人・先輩、学校のキャリアセンターや教官、更には、他の支援団体や個人に相談してみることが非常に大切だと思っています。それは、これから未知の就活に取り組む中で、自分の知らない・気づかないリスクの管理(予知・予防・避難・軽減・削除)になるからです。
 とにかく、学生にとっての就活とは、人生における避けては通れない一大転機です。多くの方々が上手く通り抜けていくことを願っています。


最近の就職戦線に思うこと。(2005年10月記)
 就職戦線も最近は一見様変わりな感がある。氷河期、超氷河期といわれた時代は過ぎ、今は相当な売り手市場となっている。
 最近のリクルートワークス研究所の調査によると、大卒求人倍率(民間企業求人総数/民間企業就職希望者数)は、2006年3月卒で1.6倍になったそうである。これは、バブル絶頂期の1991年3月卒の2.86倍には遠く及ばないが、1998年3月卒の好況期の1.68倍に匹敵する数値である。
 この大卒求人倍率は、氷河期や超氷河期の学生に厳しい時期を見ると、91年以降下がり始め、96年が底で1.08倍、その次の底が、2000年3月卒の0.99倍という1.0を切った時期もある。
 就活はそういう意味では、生まれた時期で運・不運があるのかも知れない。しかし、これは運命、避けることはできなし、甘んじて受けねばならないのだろう。
 しかし、一方で、こういうデータもある。それは、大卒の就職内定率である。厚生労働省の調査によると、2005年3月卒の内定率(4月1日現在、以下同様)は93.5%(因みに2005年3月卒の求人倍率は1.37倍)、好況期の1998年3月卒の内定率は93.3%、超氷河期の2000年3月卒の内定率は91.1%である。
 つまり、就職内定率は求人倍率ほど大きな変化は見られないのである。
 また、最近良く話題に上る“ニート”(「Not in Education, Employment or Training」)であるが、ここのところ急激に増加しているそうである。厚生労働省の推計では、64万人、内閣府の推計では85万人という数字がある。
 自分の思いと現実の厳しさとの狭間で、悩み・身動き取れなくなってしまう若者は、増え続けているのである。
 こういう数字を見ていると、ただ単に、これから景気が良くなれば、内定率の向上やニートの減少が期待できるとも思われない。
 若年者の就職(社会参加)期の問題は、もっと社会・経済構造の変化や家庭環境・生活習慣の変化と深く関わっているように思う。
 若年者のキャリア支援は、これからまだまだ必要とされることであろう。


大学生のキャリア形成支援の現場で思うこと。(2006年9月追記)
 大学生のキャリア支援業務も2006年度で3年目に入ります。今まで多くの学生の就職支援をしてきて、短期での支援の困難な、比較的多発するケースの一つとして上げられるのは、自分のやりたいこと(Want)と自分のできること(Can)が異なっていることからくる悩み・相談です。本来ならば、大学で学んだことを活かして仕事に就くことを希望する筈なのですが、この場合は希望しない分けです。
 この原因には色々とあると思いますが、一番難しい支援のケースとなる原因は、元々行きたい学科、学びたい分野でなかったところへ進学したという場合です。
 なぜ、こういうことが起こってしまうのか・・・高校から大学への偏差値重視の進路決定、自分基準でなく親基準や世間基準での進路決定、自分自身の分析不足・見直す機会の不足などによる自分に合わない進路選択、等々が原因しているように思います。
 こう考えると、キャリア形成支援は大学の就職活動期からでは当然遅く、大学の低学年時のキャリア教育(職業レディネスと職業理解)でも充分ではなく、大学進学時にキャリア形成に主眼に置いた高校での進路指導が求められているのだと思います。
 しかし最近、高校生のキャリア支援の現場の状況を見聞しましたが、そういう意味では、程遠いようにも感じられました。勿論、これには色々な事情があることも理解できましたが・・・。
 これからの大学生のキャリア支援の前提として、こういう状況も理解しておくことが、より学生に寄り添った形での支援に繋がるのだと思っています。


心理テストはどこまで信頼して良いのか。(2006年9月追記)
 学生の支援をしていると、「自分の性格はこうです」、「自分の適性はこうです」と自信ありそうに言う方がいます。「どうしてそう思うの?」と聞いてみると、性格検査、適性検査の「結果そうでしたから」と答えます。
 「えぇ・・?、そうなの。それでいいの・・・」と私はいつもビックリします。
 それで、そういう学生に、「本当に自分でもそう思うの?」と聞いてみると、自信なさそうに、「でも、検査の結果がそうだから」と答えます。
 検査の結果が、ポジティブに出ているのであれば、それはそれでも良いのですが、ネガティブに出ているのに、それを信じて悩んでいる学生には本当に困ってしまいます。
 現在は、テスト(アセスメント)ばやりで、「自己分析」=「テスト」という風潮があるように感じます。確かに、テストは簡単に結果を引き出せ、場合によっては楽しいゲーム感覚で行うことができ、学生受けも良いかも知れません。従って、キャリア支援現場でも、その手軽さから頻繁に活用されているようです。
 しかし、このような弊害もあることをテストの実施者は良く理解して使って頂きたいと思います。テスト実施の初めと終りには、はっきりと「テストの結果は結論ではなく、あくまでも自己分析の一つの資料だ」と明言して頂きたいと思っています。
 私は、自己分析は、やはり苦労してやるからこそ意味が生まれてくるのだと思っています。自分の過去・現在を見つめ、未来を展望し、自分は何をしたいのか、何ができるのか、何をすべきなのか、自問自答する過程から、自分を納得の上で理解していく。これが意味ある、就職に役立つ自己分析だと思っています。
 もちろん、テストは必要ないとか、他人の意見は聞く必要がないとか言っている訳ではありません。それも一つのデータとして自己分析に活用することには賛成です。
 つまり、テストの結果が、自分でも納得できるものであれば、それは意味あるテストになるでしょう。しかし、テストの結果が自分で納得できない(自分の思っているものと違う)ものであれば、それは信じなくても良いと考えています。
 テストは、元々それを受けた日の心の持ち方、感情、会場環境によって左右されるのですから、また別の日に、別の心持ちで、別の感情で、別の会場環境で受ければ、違った結果になることもあるのですから・・・
 尚、ご参考までに付け加えさせて頂きます。私はテストを全面的に否定するものではありませんが、日経BP社から発行されている「心理テストはウソでした」(村上宣寛著)を読んだときはある種のショックを受けました。ロールシャッハテストや内田クレペリン検査、YG性格検査は、ぼろぼろに否定されています。テスト好きな方は一度読んでみると、本当のテストの意味や意義が分かるのではないでしょうか。


キャリア・カウンセリングを受けることは、恥ずかしいことなのか。
(2007年1月追記)
 私は「キャリアカウンセリング」という言葉に、最近「疑問」というか、「呪い」のようなものを感じる。なぜ、学生はキャリアカウンセリングを敬遠するのか?大変残念に思うことがしばしばある。
 思い起こせば、確かに私も産業カウンセラー養成講座で、クライアントのプライバシーを守るために、カウンセリングを受けていること自体も秘密にしないといけないと学んだ記憶がある。その時は至極当然だと思い、何の疑問も湧かなかった。それは、カウンセリングを受けるということは何か自分に個人的な問題(心の病とか人に知られたくない事件等)があって、それがあること自体が他人に知れると本人が酷く傷つき、カウンセリングを受けたこと自体がマイナスとなると思ったからだろう。
 カウンセリングといった場合、心の問題を中心に扱うメンタルカウンセリングと職業的生き方の問題を主に扱うキャリアカウンセリングがある。今考えれば確かに、メンタルカウンセリングにおいては秘密にすべき意味があるかも知れないが、キャリアカウンセリングについては、その必要はほとんどないのではないだろうか。
 メンタルカウンセリングは治療的カウンセリングであり、キャリアカウンセリングは開発的カウンセリングという側面がある。
 これに従うと、前者の場合、心の病を治すというカウンセリングであり、そういう問題を抱えていること自体が、他人から差別的扱いを受ける可能性を高くするので、秘密にすべき意味があるように思う。もちろん、これは世間の有害な風評であり偏見であるので取り除かなければならないが、現実には存在するように思うのである。こう考えると、確かにカウンセリングを受けること自体に何か抵抗というか警戒心を持つのは当然なのかも知れない。
 しかし、後者の場合は、「問題を解決する」というよりも「課題に取組む」という開発的カウンセリングであり、ポジティブなカウンセリングなのである。この場合はカウンセリングを受けていること自体を秘密にする必要はないのではないだろいうか。
 話を元に戻すと、学生は、残念ながらカウンセリングという言葉に前者のイメージを強く持っていて、キャリアカウンセリングといってもネガティブなイメージが先行し、秘密にすべきこと、恥ずかしいこと、と警戒し敬遠してしまうのかも知れない。残念である。
 だから、たびたび大学においてキャリアカウンセリングといわないで、「キャリア相談」、「就職相談」と表現するのも一理ある。しかし、私はキャリアカウンセリングという言葉が好きだ。本当の意味のキャリアカウンセリングを浸透させたい。「キャリア相談」、「就職相談」では言い表せない内容が「キャリアカウンセリング」にはあると思っている。それは、キャリアカウンセリングは科学的に検証され、構成された理論に基づいて専門家が援助関係を形成するのであり、ただ単なる熟年者による相談ではないのである。
 私は、学生のこのようなキャリアカウンセリングに対する誤解を少しでも無くしたいと思い、最近、大学におけるキャリアカウンセリングを「就活を科学すること」と説明している。我ながら気に入った言葉であるが・・・
 最近、メンタル的な問題も一般化・普遍化してきて、カウンセリングの社会的認知も深まっている。周りの人々の理解も得やすくなってきている。そろそろカウンセリングに対する社会的認識が差別や偏見の元凶とならず、支援の手段として周囲から前向きに捉えられることを大いに期待している。それに伴い、キャリアカウンセリングも学生に人生を前向きに考えるツールとして認識され、大学において普及していくことを待ち遠しく思っている。


3年生よ!チャンス(売り手市場)だからこそ全力を尽くせ。
(2008年1月追記)
 ここ数年は、企業の好業績の結果、また、団塊世代の大量退職と少子化の影響で、バブル期にも匹敵する求人難となっている。学生の立場から言えば、超売り手市場で、就職なんて楽勝である。そんな状況を3年生は先輩からしっかりと情報収集し、のんびり構えている。
 果たして、このような状況はいいことなのかどうか?確かに旺盛な求人市場に支えられフリーターやニートは相対的に減少してきている。これは大変良いことである。しかしだからといって、ただ単にどこにでも就職できればいいという訳ではない。
 世の中は21世紀に入り大きく変わってきた。日本も終身雇用が崩壊し、成果主義に基づく人事制度が普遍化し、社員には主体性が求められている。今までのように会社が仕事を与えてくれる、会社が育ててくれる、という会社本願な考えでは、個人は会社の中で、会社は社会の中で生き残っていけなくなっている。社員自らが、何を仕事にするか考え創り出し、会社の中で周りと協働しながら成果を出し、自らも成長していく。自ら考えたビジョンに沿って・・・。
 組織キャリア(組織が主体で創るキャリア)からプロティーンキャリア(個人が主体で創るキャリア)へ、今、世の中から求められている働き方・生き方は変化している。このことに注目した場合、今の3年生の人生最初の就職(職業選択)の態度は、果たしてどうか?はなはだ疑問である。
 とにかく、一生懸命就活しなくても、受入れてくれる優しそうな会社はいっぱいあるだろう。しかし、社員として入社すれば、当然成果が求められる。学生の時の「いらっしゃい」から社員に対する「成果を出せ!」に、環境が一変するのである。個人の職業レディネスの欠如、或いは個人と会社のミスマッチによる早期退社はますます増加するのではないか。
 3年生諸君!今こそ全力を尽くす(主体性を発揮する)ときではないか。なぜなら、今なら努力すれば努力しただけ成果を手に入れることができるのだから。今から数年前の就職氷河期の先輩は、いくら努力しても虚しく、自信を失って行ったのであるが、皆さんは、努力すればきっと求める物を手に入れることができるのだから。
 野球の世界でも、満塁で打席が廻ってくれば手を抜くバッターはいない。チャンスの時こそ、頑張ることにより欲しいもの(目標)を手にすることができるのである。いま、労働市場はまさにこのような状況である。今なら先輩が高嶺の花としてきた仕事、生活、環境を手に入れられる可能性が高いのである。勇気を持って自らのビジョンを考え出し、自信を持って行動を起こし、全力を尽くして就活して欲しい。
 因みに、今は満塁でも、2アウト満塁かもしれない。景気は不透明感を増している。来年はない最後のチャンスかもしれないことを付け加えておく。

3年生よ!慌てるな。“Slow & Steady”で問題なし。
(2009年1月追記)
 景気が急速に悪くなってきた。昨年12月に入ってから、自動車業界実質世界ナンバーワンとして君臨してきたトヨタ自動車でさえ、2008年度の最高益から2009年度営業利益で赤字の危険が囁かれている。その他業種においても名だたる企業が決算数値の下方修正を一斉に公表しだした。日本の成長の源泉である製造業においても、全世界的な規模で設備投資の縮小や延期が連日大きな話題になっている。
 被雇用者に対しては、非正規労働者への雇用契約の更新打ち止め、途中解約の話題など世間を賑わせている。そして、その話題を提供する業界・企業が、何と日本を代表する一流製造業である。マスコミ一般の風潮は、「そんな理不尽なことがあるか」というようなものであるが、その取り上げられた一流企業にすれば、また“その風潮”は大きな驚きかも知れない。元々非正規労働者は旧日経連の「雇用ポートフォリオ論」に基づき、雇用柔軟型の従業員として採用・増員してきた。そしてこの急激な不況期の今こそその真価を発揮すべく原則に基づき解雇したら、社会からマスコミから一斉に批判を浴びるとは・・・さまに晴天の霹靂かも知れない。
 さてこれから就活を始める3年生にとっては、2009年新規学卒者の採用内定取り消しは大きな気がかりであろう。また、失業率の悪化等、労働市場はここ数年の超売り手市場から大きく舵を切っている。奇しくも私が昨年1月に2009新卒者に忠告した「2アウト、最後のチャンス」の予言が的中してしまった。
 しかし、2010新卒者にあっては、落ち着いて行動して欲しい。それは新卒者の採用市場は必ずあるのであり、多くの企業が新卒者を採用するのである。勿論厳選採用であるが、それは以前と変わっていない状況である。確りと就活計画を立て(@自己分析、A業界・企業研究を経て、B志望企業群の仮決定、C実践活動の開始。上手く行かなければ@orAorBに戻ってやり直し。)、周囲に惑わされず自分を確り持って取り組んで欲しい。“Slow & Steady” <ゆっくり確実に>で大丈夫である。「危機を機会(チャンス)」と捉え、いい就活をし、いい職業に就いて欲しい。