先日、久しぶりに両国高校定時制80周年記念誌を開きました。昭和30年代後半に私が教わった先生がたのお名前がありました。担任の先生をはじめ、国語、数学、英語などを教わった懐かしい先生がたでした。もちろん、存じ上げない先生がたも多くおられましたが。今では、先生がたもかなりの高齢を迎えていると思います。いつまでもお健やかであってほしいと願っています。
ところで、最近、教育問題が新聞やTVで頻繁に取りあげられるようになりました。というのは、背景として学力の不振や学校に行けない生徒たちの問題などがあるからでしょうか。特に話題にあがったのは進学塾講師による夜間の補修「夜スペシャル」でした。これは杉並区立和田中で実施されています。三年生の希望者全員に受講の機会を与えるということです。保護者の協力も得て実施されています。この試みはおおむね好意的に受け止められています。生徒が勉強して分かるようになるのはよいことですから。
次に、株式会社立小学校が誕生しました。この小学校では教科は英語で指導されます。1クラスは18人の少人数から構成されます。心の教育や生きる喜びをも重視するということです。いずれも、TV映像からは生徒たちの生きいきとした表情が伝わってきました。生徒たちが楽しそうに学んでいる姿が伝わってきました。このような試みはどしどし実施されるべきだと思います。「かつてはこうだった」、「そんな前例はなかった」などという懐古的な考え方はやめたほうがよいと思います。生徒が積極的に学んでいる姿を見ると可能性を感じます。生徒の能力を引きだす努力が求められます。このような試みは、生徒が生きいきと学んでいるかどうかが判断の基準になると思います。ただ、問題もあります。それは家庭の経済力の差です。経済力の差で良質の教育が受けられない場合もあります。そのような格差の解消は重要です。ぜひ、解決が急がれる問題だと思います。でも、格差の解消に拘っていたら学校の改革は進まないでしょう。私も両国高校定時制で学んでいた頃は満足に参考書も買えませんでした。生活するだけでせい一杯でしたから。切実に感じたのは英語や数学の参考書でした。レベルアップした参考書がほしいと思いました。そうすれば、もっとレベルの高い問題にチャレンジできると思いました。しかし、そう思ったところでどうにもなりません。現実に置かれている状態で勉強するしかありませんでした。
このような新しい試みが報じられるたびに思います。考え方が多様化している現在、さまざまな批判がありえますが、新しい試みは大胆に実施されるべきだと思います。同時に経済的に困っている家庭の生徒にも、奨学金など十分な配慮がなされる必要があると思います。
(2008.9.30)
両国高校定時制