両国高校定時制31

                                

両国高校定時制 

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授業で学んだ国語

蘭学事始  菊池 寛

三月三日のことであった。玄白は、その日も長崎屋に出向いていた。将軍家のオランダ人御覧が、きのう滞りなく終わったので加比丹をはじめ、ふたりのシキリイバ(書記役)、大小の通詞たちも、皆のびのびとした気持になっていたので、会談がいつになくにぎわった。とうとう、おしまいに加比丹が、珍蛇という珍しい酒を出して、みんなをふるまった。その日は、良沢の顔が見えないほか、一座の者は、中川淳庵・小杉玄適・嶺春泰・鳥山松円など、皆医師ばかりであったので、対話は多岐に渡らずして、緊張していた。ことに、シキリイバのひとりのバブルは、外科の巧者であったので、みんなはバブルを囲んで、むさぶるように、いろいろな質問を発していた。春の長い日が暮れて、オランダ人たちが、食事のために退いたとき、みんなは緊張した対話から、ほっとしてわれに帰っていた。かれらが急いで帰りじたくにかかっているときだった。中川淳庵の私宅から、小者が赤紙のついた文箱を持って駆けつけてきた。淳庵は、その至急を示した文箱を、ちょっと不安な顔つきで、取り上げたが、中の書状を読んでいるうちに、かれの不安な顔は、喜びでくずれてしまった。
「諸君。お喜びなされい。かねての宿願がかない申したぞ。明日、骨が原で・・・・・
・・・・・・・・・・・・」

日本が、未だ海外の優れた文明に接することができない時代に、これから海外に目を向けて伸びようとする人びとの意欲が描かれています。小説からは、誰もがもっている“知りたい”という抑えがたい気持ちが伝わってきます。一刻も早く新しい知識を手にしたいという“文明の夜明け前”が描かれていて、そこでの人びとの努力が感じられます。

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