その時。
「敵がまた襲ってきたぞ!」
「何!?」
祖茂も驚いた。
そんなばかな。
先ほどの主力が出ていってから門は閉められていなかった。
そこへ数百騎がなだれ込んできた。
「大栄!」
砦の城壁に追い詰められていた祖茂はその声を聞いて驚いた。
先頭にいたのは周瑜だった。
「大栄!どこです?!」
自分を呼ぶ声が聞こえたが、それには答えず、
祖茂は、周瑜たちの出現で気を取られている敵兵たちの間をくぐりぬけ、援軍の方へと向かおうとした。
祖茂は砦の上から無数の弓矢が周瑜めがけて放たれたのを見た。
「これはいかん」
弓が使えれば、と思ったが考えても仕方が無かった。
すんでのところで周瑜は馬首を巡らせ、弓矢を避けていた。
「そのまま逃げろ!」祖茂が叫ぶ。
「大栄!」周瑜は声のした方を振り向く。
「何だって戻って来たりしたんだ!早く逃げろ!」
「あなたを見捨ててはいけません!」
「・・・・この馬鹿・・・・!」
祖茂は舌打ちをしながらそれでも降ってくる弓矢を剣でなぎ払い、なんとか周瑜の元へたどり着いた。
「早く、乗ってください!」
祖茂は周瑜の後に乗る。
頭上には矢の雨が降ってくる。
「脱出します!」
周瑜は馬の腹を蹴って元来た入り口へ駆けた。
後に乗っている祖茂の手が、周瑜の腰に回された。
「大栄・・・?」
「ああ、大丈夫だ・・・。こうして君に助けられるのは2度目だね」
「私だって助けてもらったじゃありませんか。おあいこですよ」
「そうだったかな・・?」
祖茂は周瑜の背中に覆い被さるようにして掴まっていた。
周瑜の「退却!」の号令とともに一斉に出口に殺到する。
砦を出て数里行った所で、先ほどの主力部隊が引き返してきたと報告があった。
「しまった、早過ぎる・・・!」
周瑜は焦った。
このままでは追いつかれる。
「前方からも、一団がやってきます!」
「なに!?」
この報告にさすがの周瑜も顔色を変えた。
挟み撃ちか・・・・!?
どこかにあの砦の伏兵が置いてあったとでも言うのか。
万事休す・・・・か。
そう思ったとき、
「大丈夫・・・・そのまま、前進すればいい」
背後で、祖茂がそう行った。
なんだか、とても小さな声だったが、確かに前進しろと言った。
周瑜はその言葉に従った。
「お〜〜〜い!公瑾〜〜〜!!」
聴きなれた声が遠くから聞こえる。
間違えるはずがない。
あれは孫策の声だ。
「伯符さま!!」
前方からやってきた一軍は、孫策の兵だった。
「どうしてここに・・・・!?」
孫策は周瑜の問いに、少し照れたような顔で言った。
「やっぱさ・・・おまえが心配だったし・・・偵察よりかはこっちの方が面白そうだったし、さ」
周瑜はあきれ顔になったが、すぐに笑顔になって礼を言った。
「それより、祖茂・・・」
孫策は周瑜の後に持たれかかるようにしている祖茂を見た。
周瑜は先ほどから孫策に気を取られて気づかなかったが、背中が重いのを感じた。
「大栄・・・・?どうかしたんですか?」
返事がないのを不信に思っているようだった。
その周瑜の様子に、孫策は言った。
「おまえ、気づいてなかったのか・・・?そいつの背中に突き刺さっている無数の弓矢に」
その後に来た孫堅軍にかかって、砦はあっけなく陥落した。
砦の中には充分な食料と武器があった。
この砦に寄った事で、どうやら袁紹軍をまけたようだった。
孫堅はしばらくここに滞在してから長沙に戻ることにした。
「容態はどうだ?」
砦の一室にうつ伏せに寝かされた祖茂を孫堅は見舞いに訪れた。
傍には周瑜と孫策がいた。
「軍医の話では・・・幸い矢に毒はなかったようなので命はなんとか取り留めました」
「そうか」
「・・・・申し訳在りません・・。私のせいです・・・」
周瑜は眉をひそめてうつむいた。
「私が無茶な突入をしたために、私の盾になって・・・」
孫堅は周瑜の隣に座り、横たわる祖茂をちらと見た。
「それは違う、瑜。おまえが突入しなければ祖茂はここにこうして横たわっていることさえなかったであろう」
「・・・・・・」
「ともかく、助かったのだ、良しとしようではないか」
孫堅は周瑜の肩をぽん、と軽く叩いた。
そして孫策に目配せをして、また立ちあがって出ていった。
しかし孫策は周瑜の落ちこんだ姿を見て、どう励まして良いものかわからなかった。
「助かった・・・といってもそれは結果論です。私は、甘かった。敵の動きがあんなに速かったことも、なにもかも読めなかった」
「・・・・・おまえのせいじゃない」
「伯符さまがもしあそこで来て下さらなかったら、あそこで大勢死んでいたでしょう。もちろん、私も」
孫策は、かけてやる言葉が見つからなかった。
実際、そのとおりだと思ったからだ。
孫策があそこに駆けつけたのは、孫策の意思によるものだった。
一緒に偵察にでた呉景に、途中でぬけさせてくれ、と頼み込んだのだった。
しかし、と孫策は思う。
そもそも、孫策が知る限り、周瑜があんな無茶をするわけはないのだ。
おそらく、祖茂が言い出した事だったのだろう。
そうは思ったが、大怪我をして横たわる祖茂の前で彼を攻める気にはなれなかった。
どちらにしても、周瑜の盾になって弓矢を受けた事には変わりが無いのだ。
孫策は、厠へ行って来る、といってその場を立った。
周瑜が自分を攻める気持ちはわかる。
だが、父の言うとおリ、周瑜のせいではない。だが言ってきくような周瑜ではないことも孫策は知っていた。
「公瑾・・・・・」
祖茂が口を開いた。
「大栄、気が付いたのですね、良かった」
祖茂のからだには包帯がぐるぐる巻かれていた。
「俺はまた、死にそこなったんだな・・・」
「お願いですからそんなことを言わないで下さい」
周瑜は哀しそうな顔で祖茂の顔を覗きこんだ。
「・…迷惑をかけたみたいだね。すまない」
その表情を見て、祖茂は複雑な顔をした。
「そんなことは・・・・」
「君・・・まさか俺のこと、自分のせいでこうなったとか思っていないだろうね?」
「え・・・?」
周瑜はどきり、とした。
「もしそう思っているのなら、それは君の思いあがりだ。君は俺を馬鹿にしている」
「大栄・・・」
うつぶせのまま顔だけを横に向け、目だけで周瑜を見る。
「馬鹿にしてるだなんて」
祖茂はふっ、と笑った。
「いいかい?あの時の分隊長は俺だ。俺が君に指示を出した結果がこれだ。それを攻められるのならまだいい。それをすべての責任は君に在るなどと思っているのなら君は分をわきまえていないということになる。俺を隊長として認めていないということだ」
「そんな・・・」
「俺に矢が当たったのだってたまたま君の後ろに乗っていたからに過ぎない」
周瑜は唇をぎゅ、と噛んだ。わざと周瑜に覆い被さるような態勢を取ったりしていたのを知っている。
「俺を怒らせたくなかったら、そんなつまらない干渉は捨てる事だ。いいね?」
周瑜はこくん、と頷いた。
祖茂の心遣いが嬉しかった。
祖茂が、今ここにこうして自分がいるまでのことを聞きたがったので、周瑜はありのままに話しをした。
「なあ、公瑾。若君は・・・・なぜあの場に駆けつけてきたんだろうね?」
「ええ、それが不思議なのですが・・・伯符さまもたまたまだとおっしゃっておられます」
「・・・・・公瑾」
「はい」
「若君に尽くしてやって欲しい」
「急に、何を言い出すかと思えば・・それはもう、そのつもりです」
「若君の覇道を、一緒に歩む者に、なってくれ」
「大栄・・・それはどういう意味ですか・・・?」
「そのままの意味だよ・・・・・」
そういってまた目を閉じてしまった。
「大栄・・・・」
周瑜はそっと祖茂の横顔に唇を寄せた。
どうしてそんなことをしたのかも、よくわからなかった。
唇を寄せたとき、祖茂がふいに目をあけた。
その瞬間、祖茂は体を少し傾け、周瑜の肩ごと抱きこんで口付けた。
周瑜は驚いて目を見開いたが、そのまま抵抗もせず目を閉じた。
(11)へ続く