(11)


孫策は落ちこんでいる周瑜を慰める術を持たず、厠へ行くと言って部屋を出た。

「どうすりゃいいんだよ・・」
ひとり言をいいながら回廊を歩む。
すると、愈河と呉景がそこにいた。
「どうした、なんだか元気がないな」
愈河がそういうので、孫策は周瑜が落ちこんでいる、という話しをした。
「ああ、まあ、気持ちはわからんでもないがな。だがそれで責任を感じられたら大栄の方が気の毒だな」
「祖茂の方が気の毒って、どういうことだよ?」
孫策の問いに応えたのは呉景だった。
「あいつは公瑾を護ってやったんだ。感謝されるならともかく、責任感じられちまったら、立つ瀬がないってもんだ」
「・・・・・」
孫策は少し考えた。
「しかしそれを公瑾に説明するのは難しいな。こういうとき、ヘタに頭のいい奴は余計な事まで考えたりするからな」
「なあ・・・祖茂はなんでそんな命を盾にするようなことを、公瑾にしたんだと思う?」
孫策は顔をあげてそう訊いた。
「さあな。公瑾がガキだったってのもあるんじゃないか?」愈河はそう言った。
「お、いかん、そろそろ軍議の時間だ」
呉景は、愈河に合図して回廊を歩き出した。

取り残された孫策はまたしばらく考え込んでいたが、そのまま厠にいってまた周瑜のところへ戻ろうと思った。


部屋に入ろうとして、孫策は固まってしまった。
(なんだ、なにをしているんだ・・?)
周瑜の低くした背中が見えた。
その肩を横たわっている祖茂の腕が掴んでいる。

こちらからは見えなかったが、あきらかに顔の位置が重なっている。
鼓動がはやくなって、喉が渇いた。

孫策はそのまま、部屋の外で立ち尽くしていた。


「・・・・ごめん。こんなこと、するつもりじゃなかったんだが・・怒ったかい?」
唇を離したあと、周瑜の肩を抱いたまま祖茂はそう言った。
周瑜は自分の唇を指で押さえ、沈黙したまま首を横に振った。
「・・・・なんでかな・・・・わからないんだけど、君の顔が傍にあったからつい、そうせずにいられなくなった」
周瑜は祖茂の腕から体を起こした。
たしかに、唇を近づけたのは自分の方だった。
・・・・・したかったのかもしれない、と思った。
「・・・・大栄は・・・なぜ私を護ろうとなさったのです・・・?」
周瑜は、聞きたい言葉が欲しくて訊いたのかもしれなかった。
「・・・・・君にもしものことがあったら、俺が若に殺されるかもしれなかったから」
そういって少し笑った。
「・・・・そうですか」
周瑜は少しがっかりしたような、そんな表情だった。
「俺は・・・何をやっているんだろうな・・・?こんなんだから、殿に嫁の来手がないと言われるんだ」
祖茂は、はは、と笑った。
「男の君に・・・こんな気持ちになるなんて」
「大栄・・・」
周瑜はぐっ、と喉を押さえた。
言ってしまおうか、本当のことを、と思った。

その時、周瑜の背後から声がした。



だめだ、そんなこと。
孫策は二人のやりとりを聞いていてそう思った。
そして声を出した。

「公瑾!」

声を掛けて、大股で周瑜の傍に歩み寄った。
周瑜は振り向いて孫策を見つめた。
「伯符さま」
「これから軍議だそうだ。俺達も行こう」
孫策はたったまま、周瑜にそう言った。
「え、でも・・・」
急なことに周瑜はうろたえていた。
「俺はいい。行っておいで」
祖茂は言う。
二人は祖茂を残して部屋を後にした。


「・・・おまえ、何をしてたんだよ」
「えっ?何を・・・って」
「さっき。あいつと二人きりで」
「・・・・見ていらしたんですか」
「別に、覗くつもりじゃなかった。ただ入りづらかっただけだ」
孫策が口を尖らせてそういう。
「・・・わかりません。どうしてあんなことになったのか」
「わからないって何だよ?おまえ、あいつと・・」
孫策は周瑜の腕を掴んで立ち止まらせ、自分の方に向かせた。
「あいつが、好きなんだな?」
「・・・・わからない」
周瑜は顔を逸らせて言った。
その反応に、孫策は少しかっとなって言うつもりもなかったことを口にしてしまった。
「俺と、どっちが好きなんだ」
「そんなこと・・・」
「俺、俺は!あいつみたいに大人じゃないし、いつもおまえを怒らせてばかりいるけど・・・す、好きなんだ。おまえが」
「伯符さま・・・」
孫策は驚いている周瑜を引き寄せた。
「ずっと考えていたんだ。おまえがあいつと仲良くするたびに口の中に苦いものがこみ上げてきて、それが何だかわからなかった」
周瑜は間近に、明るい茶色がかった瞳を見据える。
「おまえは・・・俺をどう思っているんだ」
「・・・・・伯符さま。私がどうしてここまで一緒に来ているのか、その意味がおわかりになりませんか」
「どうしてって・・・そりゃ俺が誘ったからだろ」
「そうです。あのとき伯符さまはおっしゃった。男でも女でも関係ない、と」
「ああ」
「あのときに私は決めたのです。男として、伯符さまのお役に立とうと。ですから今そのようなことを急に申されても、私は・・・困ってしまいます」
周瑜は本当に困った顔をしていた。
「じゃあ、あいつはいいのかよ?!」
「だから・・・・わからないと言っているではありませんか」
孫策は周瑜の肩を引き寄せ、その唇を重ねた。口付けとはいえないような粗暴なものではあったが。
「・・・!」
顔を離した時、孫策はなんともいえない、バツの悪そうな表情をしていて、すぐに後ろを向いてしまった。
「・・・・先に行く!」
そういって走って行ってしまった。

「伯符・・・」
重ねられた唇の感触を思い出しながら、周瑜は走り去る背中を見つめた。


孫堅は動けない祖茂を数千の兵とともに残し、本隊を率いて長沙へ戻ることにした。
傷が癒えたら、追って長沙へ戻ると、祖茂は言った。
周瑜は孫策の手前、残るとは言えなかった。

その理由は祖茂の言っていた言葉の意味がわからなかったからであった。
「若君の覇道を、一緒に歩む者に、なってくれ」
そう言った。
言われなくてもそうするつもりだった。
なぜ、祖茂はそんなことを今更言うのだろう?
それを確かめるためにも今は孫策とともに在りたかった。

しかし、あの一件以来、どうも孫策とはぎくしゃくしてしまってまともに話せていなかった。
周瑜が近寄ると、目を逸らしてしまう。
それで、出立の前の日に周瑜は祖茂に相談に行った。
しかし、そもそもの原因が孫策との口付けであったことを告げずに、どう説明したものかと悩んだ。
すると祖茂は言った。
「俺と口付けしていたところを見られたんじゃないのかい?」
周瑜はあのときのことを思い出してまた真っ赤になった。
そして穏やかに言った。

「俺はね、君が女でも全然驚かないし、他言するつもりもないんだよ。だから隠さなくていい」




(12)へ続く