(3)

周瑜と祖茂は数騎とともに先を急いだ。河沿いを西へと走る。寿春が近い。
「あれですね・・・渡し場がある。大栄たちがやってきたときはここを通ってきたのですね」
「うん、俺達は全員騎馬だったからね、ほら、水底に葦がたくさん繁っているだろう?あれのおかげで渡る事ができるんだ」
「歩兵はこの渡し場から向こう岸へ渡るしかないですね」
周瑜は馬を降りて河の側まで歩いた。
河のほとりは背の高い葦や薄が生い茂っている。
「ふうん・・・流れは速くは無いな。深さはどのくらいあるんだろう」
そうやって見つめていると、背後から怒声がした。
慌ててふりむくと、祖茂が駆けつけてきた。
「伏せて!」
「何?」
「しっ、黙って」
祖茂は周瑜を庇うと葦の陰に身を低くして隠れた。
祖茂の腕の間からそっと顔をあげると、河の向こうに黄色い幟が見えた。
「・・・・・・!黄巾党・・・・?」
「このまま走って若たちのところまで行くんだ、いいね」
祖茂にそう言われて走り出してから、はっと思い出した。
「大栄!」
祖茂は負傷して走れないのだ。
しかし敵の数がわからないのでは闘いようがない。
周瑜はともかく馬に乗り、河を渡ってくる黄巾の部隊を見た。
その際、近くにいた兵に何事かを伝え、先に走らせた。
「数は・・・多くない。50から100・・・か。まだ全部が渡りきってきているわけではないな、よし」


馬が見つかって、黄巾党の連中は急にあわただしくなった。
索敵を開始したようだ。
まずい、見つかる・・・!

祖茂のいるあたりに黄巾の将らしき騎馬が殺到する。
祖茂は刀を抜いて応戦した。
「くそ、こうなれば・・!」
周瑜は意を決して馬の腹を蹴った。
「江東の虎、孫堅の軍、参る!」
周瑜はそう大声で叫びながら祖茂の元へ駆けた。
 これには黄巾の残党たちも動揺して馬を引かせる。
その隙に周瑜は祖茂の側まで馬を寄せた。
「乗って!」
周瑜の馬に飛びつき、その後にかろうじて乗った。
祖茂は周瑜がそのまま孫策の隊の方向へ逃げるものだと思っていた。
だが、周瑜は馬を反転させ、黄巾の残党の一隊に向かった。
「おぬしたちは黄巾党の残党どもか!主を失っては黄天も沈むと言うものよ。この江東に何をしに来た!?この地は孫氏のものと心得よ!おぬしらの踏む土地ではないわ!」と罵声を浴びせた。
祖茂もこれには驚いた。おとなしやかな少年だと思っていた周瑜の怒号を初めて聞いたからだ。
黄巾の残党らはこれに怒り、周瑜の騎馬むけて殺到した。
とたんに周瑜は馬首を翻し、元来た方向に馬の腹を蹴った。
「なんだって、あんなことをっ!?」
祖茂は周瑜に捕まりながら大声でそう訊いた。
「追いつかれたら俺一人では君を護れないぞ!」
周瑜はそれに笑って応えた。
「あんな奴らに追いつかれるような私ではありません!それに・・・」
周瑜のあとを彼らは追ってくる。
「見えた!」
周瑜が叫んだ。

「公瑾!」

「伯符さま!」

「なに・・・!?若が?」
祖茂は周瑜の背中でその声を聞いた。

周瑜の馬と入れ替わりに孫策が周瑜を追ってきた黄巾賊と対峙した。
「おまえら残党ごとき、この俺一人で充分だ!」
そういって、孫策は彼らの中に突っ込んで行った。
「伯符さま!無茶です!!」
周瑜が叫ぶ。
「公瑾、馬を若の後につけて!」
「大栄・・・・?わかった!」
祖茂は孫策の騎馬の後から刀を振るった。
孫策はさすがに次々と敵を倒し、彼の騎馬の通った後には斬られて落馬した黄巾賊が累々と横たわった。
そのうちに、大将とおぼしき騎馬が、撤退を指令し、残った数騎を共にその場から逃げ去っていった。
「逃がすか!」
孫策は馬を走らせ、後を追おうとした。
「いけません、伯符さま!」
周瑜がそういって止める。
孫策は後ろの騎馬の周瑜を振り向いて不満そうに言った。
「なぜ止める!?」
「敵の総数が読めません。深追いして待ち伏せに会わないとも限りません。それに伯符さま自らが戦うような大した敵ではありません」
「・・・・・そうか、そうだな・・・」
孫策は黙って馬を引き返した。
「それにしても・・・伝令を出しておいたのに、どうしてお一人で来たのですか」
「他の奴らを待ってたら間に合わなかったかもしれないだろ?それにあんな雑魚、俺一人で充分・・・」
「伯符さまは、自覚が足りません。どうしてあんな無茶をなさるんです」
周瑜はいつになくきつい口調で言った。
「公瑾・・・」
「伯符さまが強いのは皆も認めるところです。ですがもうこんな無茶はやめてください。寿命が縮まりますから」
孫策は周瑜の顔色が青くなったことに気が付いた。
「悪かったよ・・・」

そうしている間に後続部隊がやってきた。
「奴らの乗ってきた馬を捕らえましょう」
周瑜が言った。
歩兵たちはその言葉に従い、たったいま主を亡くしたばかりの馬50頭余りを得ることに成功した。
周瑜の馬の後ろに乗っていた祖茂は周瑜にそっと耳打ちした。
「・・・・これが目的だったんだね。君だって相当無茶じゃないか」
周瑜は祖茂を振り返り、小声で囁いた。
「伯符さまには言わないでください」
祖茂はふふん、と笑った。
「わかってるよ。君には助けてもらったしね」
そう言って祖茂は周瑜の馬から降りた。
 

河を渡ったところで野営を張ることになった。
見通しもよいところなので、夜見張りを数名立てる程度でよかった。
「若、先ほど殿に伝令を送っておきました」
「そうか、ごくろう」
孫策はいくつか天幕を設置し、そこで食事を取っていた。
祖茂、周瑜もそこに加わっていた。
「将軍は洛陽に一番にたどり着こうとしているのですね」
周瑜が口を開くと祖茂がそれに応えた。
「天子を保護しようとしているのでしょう」
「・・・・・」
「俺は、なんでもいい。早く戦いたくてうずうずしてるんだ」
孫策は焚いた飯を口に押し込みながらそう言った。
周瑜は苦笑する。
「これからいくらでも若が活躍される場はあります。そう急がないことです」祖茂がかわりに請け合った。
「ふん。もう寝るぞ」孫策は興味がない、といった風情だった。
それを機に、周瑜と祖茂は孫策の天幕を辞した。

「君ももう寝た方がいいんじゃないの」
祖茂は周瑜にそう話しかけた。
「いえ、まだ眠くないので」
「そう。何か気になってることがあるのなら、俺に相談してくれよ」
「ええ・・・そうします」
「公瑾、一人で思い悩まないようにね。君はどうやら身のうちにいろいろと抱え込む性質みたいだから」
周瑜は淮水のほとりまで来て、暗い川面を見つめた。
「ひとつ心配ごとがあるのです」
「なんだい?」
「昼間の黄巾賊のことです」
「あれがどうかしたのかい?」
「どうもひっかかるのです・・・」
祖茂は周瑜の隣に立って話を聞いた。
「黄巾賊にしては・・・なにか統制が取れすぎていたような気がして」
「そうかな?」
「先年以来、曹操が反乱を鎮めたとき、大半の黄巾軍は彼の軍門に下ったといいます。あの部隊は100からの騎馬を有していました。いかに残党とはいえ、おかしい」
祖茂は黙って聞いていた。
「・・・・・たしかにそうかも知れないな。・・・よし、調べてみるか」
「えっ・・・?でもどうやって?」
「あの馬を見たか?よく訓練されていたとは思わなかったかい?」
「・・・・馬を放すんですね」
「もし、あの兵たちがどこかの城から出兵してきたんだとしたら、馬は城に必ず戻る」
「その役目、私にやらせてくださいませんか?」
「君一人を行かせる訳にはいかないよ。一緒に行こう」
周瑜は松明に映し出された祖茂の横顔を見た。
「すみません、わがままを言って」
「いいって。だが偵察だけだ。朝までには戻ろう、いいね?」
「はい。・・・しかし伯符さまには何と・・・」
「若にはゆっくり休養を取ってもらおう。明日の出立までに戻ってくれば問題ないさ」
「・・・・・知ったら怒るでしょうね、きっと」
「たぶん、な」
「けれど、これは確信もなにもないただの私の感ですから・・・そんなことのために伯符さまを動かすわけにはまいりませんし」
「俺の独断、ということにすればいい」

祖茂は周瑜の肩に手を置いた。
「…大栄はなぜそんなに私のいうことを聞いてくれるんです?」周瑜は祖茂を仰ぎ見て言った。
「君はきっと将来殿の軍になくてはならない人になる。そう思うんだ」
「…そうなりたいと思っています」
「それに」
祖茂は周瑜の肩に手を置いたままその顔を覗きこんだ。
「なんだか君は放って置けないんだ。どうしてかな」
覗きこまれて少しおどろき目をそらす。
「きっと、私がまだ子供だからでしょう」
祖茂は面白そうに目を細めた。
「そうかい?君はすごく大人に見えるけど?」
周瑜はどう反応したらいいのかわからなかった。
「君が女の子でないのが残念だよ」そういって、周瑜の肩を2度叩き、祖茂は顔を上げて笑った。
周瑜は自分の頬が赤くなるのを感じた。



(4)へ続く