(4)


 

「あんなところに砦が・・・!」

馬を追ってきた周瑜と祖茂は寿春から北へのびる街道ぞいに砦を発見した。
捕らえた馬を放し、祖茂と周瑜は一頭の馬に乗りあった。
闇のような夜だったが、月明かりのおかげでなんとか後を追うことができたのだ。
 

祖茂と周瑜は少し離れた場所に捕らえた馬とともに移動し、そこから様子を伺った。
「最近作られたもののようですね・・・一体だれが」
祖茂は周瑜の腕を引いた。
「ここまでだ、公瑾。これ以上は二人ではまずい」
「しかし・・・せめてあの砦が誰のものなのかだけは確かめねば」
「公瑾!」
「大栄は先に戻っていてください。私はもう少し近づいてみます」
「馬鹿!そんなことできるわけないだろう?」
祖茂は周瑜を怒鳴りつけたものの、周瑜が全く引き返すつもりがないことを悟っていた。
「・・・・まったく、君も殿も若も、どうしてこう無鉄砲ぞろいなんだ、我が軍は」
祖茂は溜息まじりに言った。

「仕方がない。君に協力するよ。置いていくわけにはいかないからね」
祖茂がそういうと周瑜は少しほっとしたような表情になった。
「・・・さて、どうやって近づくつもりなんだい?」
「・・・・見てください。あの入り口のところに門番がいます。さっきから見ていると、あれは馬につけられた番号を確認して中に入れているようです。ということはあの門番は味方の顔がわからないんですよ」
「・・・まさか、正面から乗り込むつもりなんじゃないだろうな」
「・・・・・」
祖茂は頭を抱えた。
「そんなことをして中に入ったらどうなると思う?逃げた奴がきみの顔を覚えているかもしれないじゃないか。とても無事にすむとは思えない」
周瑜はそういって怒る祖茂をじっと見つめた。
「では、門番と話すだけにします。それならいいでしょう?」
祖茂は顎に手をあてて、しばらく何事か考えていた。
「よし、この馬を使おう」

祖茂は、砦まで案内してきた馬を引いて砦の入り口近くまで歩いてきた。
「待て!」
門番が祖茂を呼び止める。
「鞍をみせろ」
祖茂は引いてきた馬の手綱を引いて馬をとめさせた。門番は馬に近づいて鞍をめくり、鞍の裏にうってある番号を確認した。
「よし、通れ」
「それが、そうはいかんのだ。また出ねばならんのでな。ご主人がこちらへ参られるそうなので、出迎えねばならん」
「太守さまが?そんな話は伺ってはおらんぞ」
「・・・・そうか?」
「南陽からは何の報せもきてはおらん」
「だが報せはあった。では」
祖茂はそう言うと、馬にまたがり、門の前を走り去った。
「お、おい、まて!」

祖茂はそれを無視して馬を走らせた。
そして周瑜のいるところまでやってきて、
「帰るぞ」と言って周瑜を促した。
「なにかわかりましたか」
「袁術だ。あの砦は袁術が造らせたものらしい。目的まではわからんが」
二頭馬首を並べて走る。


「袁術は、なぜあのようなところに砦を築いたのでしょう・・」
「砦というよりは夜盗の根城、というかんじだったな。あれは」
「・・・・賊を飼っているのでしょうか」
「まあ、太守のおすみつきがあればやりたい放題だものな。あとはそのうわまえをはねればけっこうな儲けになるんじゃないのか」
「・・・・そんなことが許されるのでしょうか」
「この世の中はそんな奴らに動かされているのさ。袁術だけじゃない。朝廷の宦官たちだってそうだ」
「・・・・」
「だから、俺は殿についている。君だってそうだろ?若君に未来を託してる。自分のみたい未来を、見せてもらうために、さ」
周瑜は祖茂を振り向いた。
「・・・・・大栄は私の心がわかるんですね」
月明かりがあるとはいえ、暗闇のなか、お互いの顔が見えるはずはなかったが、なんとなく見つめ合ったような気がした。
「さて、あの砦、どうする?」
「殿と合流したら一気に攻め落としましょう。洛陽に入ったあとでもいい。あそこには蓄えがたくさんありそうですしね」
「・・・・・君はあの砦を孫軍の糧食庫にするつもりかい?」
そう言って祖茂はくすり、と笑った。
 

ようやく孫策の陣に二人がたどり着いたのは、夜もしらじらと明ける頃であった。
「少し眠っておいた方がいいんじゃないか」
「一晩くらい平気ですよ。ちょっと顔を洗ってきます」
そう言って、周瑜は淮水のほとりに行った。
祖茂はそれを心配そうに見送った。
 

淮水のほとりで水を汲んでいる周瑜に、話しかける者がいた。
「よお、あんた・・・」
「何かご用ですか?」
周瑜が振り向くと、3人の志願兵がいた。年はいづれも周瑜よりはるかに上に見えた。
みなれない顔だ、と思った。
おそらく行軍途中で参加してきた義勇の兵のうちの者だろう。
「あんた若君の友達なんだって?」
「・・・・それが、何か?」
「いいよなあ、若君の友達ってだけで特別扱いでよ」
「そんなことはありませんよ」
周瑜は少しムッとして言った。
兵のうち、一人が周瑜のすぐ前に立った。
「あんた・・・綺麗な顔をしてるな。女みたいだ。こりゃ若君でなくても仲良くしたいもんだ」
そう言って大笑いする。
「・・・・」周瑜はそれを無視しようとして顔を背けた。
すると男の一人が周瑜の肩に手を置いた。
「何だよ、こっち向けよ、なあ」
咄嗟に周瑜はその手を払いのけた。
「無礼な!私に触るな」
「なっ・・・!」手をはたかれた男は顔を赤くして怒ったが残りの二人は大声で笑った。
「無礼だとよ!はっはっは〜!お高くとまってるな、この小僧っ子が」
「へっへ、気に入った」
「孫軍にあななたちのような者がいるとは思いませんでした」周瑜は不機嫌そうに吐き捨てた。
「俺達は別に食いぶちがありゃ、どこだって行くし、なんだってするさ。ここもいいんだがちょいと色気が足りなくてな」 
「では、軍から去りなさい。あなたたちのような人に残って欲しくありません」
「あんたにそんなこと言われる筋合いはないね」
「それより俺達と楽しまないか?前からあんたに目をつけてたんだ」
周瑜はその男達を前にして露骨に嫌な顔をした。
「あなたたちは最低だ・・・・!」
「ふん。そんな口を叩けるのも今のうちだ」
「まさか陣中に 敵がいようとはね」
だが周瑜は冷静だった。
「ほざけ!」
急に、男の一人が掴みかかってきた。
周瑜はその男の手をとって切り返し、後手に捻りあげた。
「いてててっ!」
「くそっ!ガキだと思って甘くしてりゃ」
残りの二人が懐から短刀を取り出した。

「何をしているっ!?」
祖茂の声だ。
男達は一瞬たじろいだが、周瑜に腕をとられたままの仲間を見捨てられずそのままそこで祖茂を迎え撃つ覚悟を決めた。
「きさまら、何をしているのだ!短刀なぞ持ち出して、同士討ちをするつもりか!」
「うるせえっ」
祖茂に一人が斬りつけた。
祖茂は刀を抜いて、一閃させた。
「うぐっ・・・っ!!」
斬られた男は血を噴いて倒れた。
残りの二人はそれを見て愕然とした。
腕が違いすぎる。
「ひっ・・・・っ」
もう一人の男と、周瑜に腕を取られていた男は周瑜の力が緩んだ隙にふりほどき、そのまま逃亡していった。
それを見送って祖茂は刀を締った。
「大丈夫だったかい?」
「・・・ええ」
「どうかした?どこか怪我でも?」
「あ・・いえ、ちょっとびっくりして」
周瑜はまだ15。初めてではないにしろいきなり人が斬り殺されるのを間近でみて、驚きを隠せなかった。
祖茂は周瑜の肩に手を置いた。
「・・・・あいつら、君に何を?」
「・・・・」周瑜はそれには応えずうつむいただけだった。
それを見て、祖茂はなんとなく承知したように頷いた。
「こっちへおいで」
祖茂はそういって周瑜の肩を抱き寄せる。
「恐い思いをしたんだろう?」
祖茂の優しげな言葉に、思わず頷いてしまう周瑜であった。


 
 
 
  (5)へ続く