(5)

孫策の軍はさらに北へと向かった。
と、途中の街道で戦闘している一隊に遭遇した。
「あれは・・・」
孫策が隊を止める。

「若君、あれは殿の軍ですぞ!」

祖茂のいうとおりだった。
戦闘している者の中に見知った顔が混じっていた。
「相手は誰でしょうか」
祖茂はそう声をかけたときにはもう孫策は馬を走らせていた。
「誰だって良いさ!父上の軍と戦っているんなら敵だろ!」

孫策はいう間に突っ込んでいき、刀を振るった。

「若!?」
「何っ!?策か!」

孫策が突っ込んできたのを見て、戦闘中だった男が振り向いた。
「おお、叔父上!加勢に参りました!」
戦闘していたのは、孫策の叔父の孫静であった。
孫策たちの軍も加わって、形勢は誰の目にも孫軍が有利になっていた。
新手が来たことを知ると、敵の頭目らしき男は撤退の合図を出して、生き残っている者達ともども北へと逃げ去った。

孫策が後を追おうとするのを孫静が止めた。
孫策は渋々従った。
「あれは董卓の部曲だ。我々の行動を見張っていて、後をつけてきて襲ったのだ」
孫静はそう言った。
そして、馬を降りて孫策に駆け寄り、その背中をばんばん、と叩いた。
「しかし、策よ、おまえも大したものだ!これならば迎えにくる必要もなかったか」
「えっ?叔父上、もしかして俺達を迎えにきたんですか!?」
孫策が意外な顔をして叔父を見つめた。

「おまえが危なっかしいって言ってな、殿が迎えに行ってこいって偵察がてら来たんだよ」
孫策の後ろから声をかけたのは愈河、字を伯海という、まだ若い武者姿の男だった。
「伯海!来てたのか!」
孫策の顔に笑みが戻った。
孫堅に仕える愈家の嫡子でもある愈河は、孫策の兄のような存在でもあり、孫策から慕われていた。
「だからって、なにも叔父上が来ることはなかったのに」

孫策の後ろに祖茂が立ち、孫静に挨拶をした。
「若、私が早馬を出して殿にお知らせしておいたのです。このあたりは青州の黄巾残党もおりますし、治安もかなり悪いですから」
「ちぇ、余計なことを」
愈河は唇を尖らせて文句をたれる孫策を笑って見、その隣にやってきた秀麗な少年を見た。
「や、公瑾。おまえも元気そうだな」
「お久しぶりです、伯海殿」
愈河は周瑜に近づいて、足下から頭のてっぺんまでを顎に手をやりながら見た。
「ふぅ〜ん」
「な、なんでしょうか・・?」周瑜はその様子に少し驚いた様子だった。
「おまえ、また一段と美人になったなあ」
「は?」
「・・・・一度お相手願いたいもんだな」
愈河はそう言って笑った。
その様子を見ていた孫策は少しきつい口調で言った。
「おい、伯海、あんまり変なこと言うなよな!そいつ冗談が通じないんだから」
「あっはっは!悪い悪い。冗談だ」
周瑜は呆気にとられた顔で自分の前を通り過ぎる二人を見送った。
 

孫静の部隊と合流して、陽人という場所で孫策は父・孫堅と再会した。
「おお、待っておったぞ!策!」
梁での敗戦後、奇跡のごとく復活した孫堅は兵を鍛えあげ、この陽人城に留まり食糧を蓄え強兵をしながら洛陽へいく機会を狙っていた。
「おぬしらがせっかく来たのだ、ここはひとつ宴を開くとしよう」
孫堅は息子の武勇を聞き、大層満足そうだった。
「おお、瑜、おまえも来たか。ここへくるまでにも手柄を立てたようだな。そのよくまわる知謀でもって策を助けてやってくれ」
「私ごときでお力になれるようでしたらば全力をもちまして」
周瑜はそういってうやうやしく礼をした。

「殿」
「おお、祖茂か、よくぞ戻った。そなた、怪我は大事ないか?」
「はい・・・実はそのことでございますが」
周瑜はそれを横目で見ていた。
祖茂は、これで孫軍からいなくなってしまうのだろうか。
周瑜は妙な寂しさをおぼえた。

その会話を聞いていたくなくて、とぼとぼとそこから立ち去ろうとした。
「おい、どこ行くんだ?」
孫策が声をかける。
それに振り向いた顔を見て、孫策は声をおとした。
「どうした・・・?」
「いいえ、なんでも・・・」
「気分でも悪いのか?」
孫策が自分を気遣ってくれていることに気がついて、ふっと笑みを漏らす。
「ありがとう、大丈夫です」
「そんならいいけどさ」
「宴はどこでやるんでしょう?」
「さあ、なんか人数が増えたんで野外でやるっていってたぞ」
「野外・・・・?」
「この辺りにそんな広場がありましたでしょうか?」
「少し離れたとこらしい。・・・でもおまえ気分が悪いんなら城で休んでろよ。父上には言っておくからさ」
「・・ありがとう、そうします。伯符さまは行くのでしょう?」
「ああ、伯海のヤツ酒も飲めないヤツは戦につれてかねえ、とかぬかしやがってさ」
周瑜はくすくすと笑った。
「まあ、あまり無理はなさらないように」
 

孫堅たちは夕暮れになる前に出かけていった。
城に残ったのは警備のために残された兵たちと少数の武官たちであった。
部屋で少し横になっていた周瑜だったが、表の空気を吸いたくて、城壁の上に出ていった。
「公瑾」
名を呼ばれたが、その声は祖茂の声に間違いはなかった。
「大栄・・・あなたは行かなかったんですか」
「うん。さっき、殿にお暇をいただいてきたからね」
「・・・・やっぱり行ってしまうのですか」
「洛陽まではお供することになったよ」
「そう・・・・ですか」
周瑜の沈んだような横顔をみて祖茂は言った。
「俺がいなくなって寂しいかい?」
「そりゃ・・・あたりまえですよ」
「俺だって本当はいたいさ。だけどこの身体じゃ足をひっぱちまうし。俺一人死ぬだけならいいけど皆に迷惑をかけるのは嫌だから」
祖茂は暗闇の広がる城の外を見て言った。

「行かないで・・・ください。何も戦に同行するだけが臣下の仕事ではないではないですか」
周瑜は祖茂の袖を掴んだ。
「公瑾・・・。気持ちはありがたいがもう決めたんだ。それに俺には文官は向いてないよ」
「・・・・・・」
周瑜は掴んだ袖を放さない。
「・・・傍にいて欲しいんです」周瑜はぼそっと言った。
「おいおい、そんな女みたいなことを言うなよ」
祖茂は笑った。
「・・・・・すみません」
「謝んなくたっていいよ。俺だって本当は君みたいな弟がいたらなっていつも思ってたんだから」
「・・・・・・」
「ん・・・?」
急に祖茂の表情が険しくなった。
「何ですか?」
「あれ・・・・あの灯りは殿たちのいる陣だろう?その向こうに別の灯りが見えないか?」
「あ・・・・!」
「あれは敵だ!」
祖茂は急いで下へ降り、馬に駆け載った。
周瑜も一緒に外へ出た。
「とにかく俺はこのことを殿に報せにいく。君は万一の時に備えて守備部隊がいつでも出動できるように部隊長に連絡しておいてくれ」
「はい!気をつけて・・!」

祖茂は馬を駆って行ってしまった。
やはり、密偵が潜り込んでいたのだろう。
孫堅があそこで宴会をやっているのを知って、奇襲をかけるつもりなのだ。
周瑜は城の警備にあたっていた朱治にこの旨を伝え、直ちに軍を整えた。
出撃しようとしていた朱治に周瑜は
「まだ他に伏軍が近くにいるかも知れません。今迂闊に城を出て、その隙に城を取られでもしたらそれこそ敵の思うツボです。今少し様子を見たほうが良いと思います。それに殿はそう簡単にやられたりはしませんから」
と言って止めた。
朱治はまだ幼さののこる周瑜をじっと見つめ、頷いた。
 

しかし、緊張して待っていた周瑜たちは、その後すんなりと戻ってきた孫堅たちを迎えて肩すかしをくらった。
孫堅はその後、すぐに朱治の部隊を追撃に出したが、敵はすでに逃げた後であった。
合点のいかない周瑜は孫堅らとともに戻ってきた祖茂から事の次第を聞いた。
つまり、こういうことであった。

孫堅たちの宴が始まって、それをどこかでみていた董卓軍の密偵が、自軍に連絡をしたらしい。
今なら、孫堅を討ち取れる、とでも思ったのであろう。
自軍の到着まで密偵は孫堅軍を見張っていた。
そこへ、祖茂が駆けつけて、敵襲を知らせた。
しかし、孫堅は少しも動じず、相変わらず酒を飲み続け、何事もなかったかのように振る舞ったのだった。
この様子に不信感を抱いた密偵は、罠があるかもしれない、と逆に深読みをし、自軍に停滞命令を出した。
見張りからその報告を受けた孫堅は少しも動じず、
「さて、そろそろ引き上げるか」
と言って全軍に帰城命令を出した。
密偵はこれを見て慌てて自軍へ走ろうとしたところ、見張りの兵と祖茂に見つかって斬り殺された。
孫堅軍は整然として戻り、停滞していた敵軍は密偵が戻ってこないまま困惑していたようだったがそのまま退却していった。

「そうだったのですか。さすが将軍ですね・・・。すごい洞察力だ」
周瑜は感心して言った。
「な、そうだろう?そう思うよな!」
一緒に戻ってきた孫策も父の態度に感動し、やたらと褒めまくっていた。
少し、酔っているようだった。
「ほら、おまえも、もう寝ろって!」
愈河が孫策を促すように奥へ連れて行った。

周瑜の傍には祖茂だけが残った。
「殿に、やっぱり暇を出すのはしばらく先だ、と言われたよ」
祖茂はそう言って笑った。
 
 
 

(6)へ続く