「なんだと!それは確かか!?」
孫堅の鋼のような声が響きわたった。
「はい!たしかに華雄の軍です!」
孫堅の軍は陽人を出てすぐのところで華雄の軍を発見した。
「どうやら、劉備の軍と一戦交えた後のようですな」
偵察に行っていた程普、黄蓋は孫堅の前にでてそう報告した。
「劉備のところのあの大男、たしか名を関羽とか申したか、あの男のいる軍か」
孫堅はそう問うた。
先だっての戦で、関羽はあの呂布と一騎討ちを果たしていた。
その一部始終を見ていた孫堅はその豪勇ぶりが気にはかかっていた。
「その関羽がどうやら彼奴らをここまで追い払ったようです」
黄蓋がそう言うと、孫堅は自分の膝を打った。
「よし!ならば華雄の首はこの俺がとる!」
孫堅の声の元に、慌しく軍内に命令が走った。
祖茂は孫堅にしたがって、先鋒隊にいた。
「あのときの恨みを晴らすときがきたな、大栄よ!」
「はい、殿!」
「しかし華雄の首は俺が取る!よいな!」
「もとより承知!」
「俺達も手柄を立てようぜ!」
「伯符さま、あまり無茶をしないでくださいよ!」
孫策と周瑜も旗本隊のすぐ後にいた。
「おう!」
華雄の隊は、その数を2万まで減らしていた。
シ水関を発ったときには5万を率いていたのだが、袁術軍、劉備軍とあたるうちその数はみるみる減って行った。
それほどに、関羽は強かったのだ。
「敵襲!孫堅の軍です!」
「なに!」
華雄は背の高い、大柄な男であった。巨大な斧を持っており、その刃にかかったものは数しれない。
「懲りずにまたきおったか!馬鹿め!蹴散らしてくれる!迎え撃て!」
華雄は力の強い武将である。
この時、孫堅軍の数は華雄軍と拮抗していたが、華雄の頭には孫堅を斬る事しかなかった。
戦いが始まって、お互いが先鋒隊にいるとわかって、孫堅は声を出し、華雄に一騎うちを申し出た。
「おう、望むところよ!今度こそ、その首、貰いうけるぞ!」
華雄の大きな声が戦場にこだました。
そしてお互いに馬を駆け、それぞれの手に斧、剣を持ち、近づいて行った。
「今です!相手が皆殿達に気を取られている・・・突き崩すなら今です!突破しましょう!」
周瑜がめずらしく強い口調でいうので、孫策はそれにうなづいた。
呉景の隊に知らせをして、孫策は周瑜とともに両翼をつぶしにかかった。
孫策の行く手に敵はなかった。
その生き生きとした様に、周瑜は風を感じた。
本当にこの人はこういうときに輝きを発するのだ。
強い。
無鉄砲、といってしまえばそれまでだが、それにしても充分に余りある輝き方だった。
(仕方がない、私がこの方の生き様に惚れてしまったのだから・・・)
祖茂の言うとおリ、この人に自分の見たい未来を見せてもらうために、ついていこうと思うのだった。
その間も孫堅と華雄の戦いは続いていた。
しかし、十合と打ち合う間に、両者の間に明らかに力の差が出てきた。
華雄の重い斧の攻撃は孫堅にはあっさりとかわされ、隙が出来たその胸元に古錠刀の一撃が入った。
華雄の巨体はもんどりうって、落馬した。
孫堅もそれに続いて馬を降りると、とどめの一撃を華雄の頭めがけて繰り出した。
「華雄、討ち取ったり!」
孫堅の声が上がると、孫堅軍の士気は一気に上がった。
頭領を失った軍はもろく、散々に打ち破られた。
「この勢いをかって、洛陽になだれ込むぞ!」
洛陽に一番乗りした孫堅軍が都でみたものは、あまりにも無残な光景であった。
一面の焼け野原であった。
これが雅やかな都の姿であろうか。
周瑜はこれを見て衝撃を受けた。
「ここで家を焼かれたのはなんの罪もない人たちばかりだというのに・・」
皇帝の陵墓も荒らされていた。
掘り返され、おそらくはそこに一緒に埋められていたであろう宝飾品の数々が盗掘されていた。
孫堅はそれらの陵墓を修復するよう、部下に言い渡した。
それを聞いて、周瑜は安堵した。
「伯符さまのお父上はさすがですね」
「父上は忠烈の志士だぞ、当然だ」といって孫策は頬を紅潮させた。
孫策と周瑜も廃墟の修復に力を貸していた。
周瑜は知らず知らずのうちに、祖茂の姿を探していた。
祖茂も陵墓の修復に手を貸していた。
周瑜と目が合うと、軽く手を振った。
周瑜もそれに小さく手を振り返した。
「おまえ、何をやってんだ?」
孫策が目ざとく言う。
「あ、いえ・・・」なぜか周瑜は祖茂に手を振っていたことを孫策には言えなかった。
「井戸に女が身を投げているぞ。可哀想に・・・」
焼け野原になった洛陽の町の井戸を捜索していた兵らが一人の女の遺体を見つけた。
「引き上げて葬ってやろう」
そういって、兵たちが女を井戸から引き上げると、その女の手に箱があった。
「おや、これは?」
兵の一人が箱をあけようとしていた。すると。
「なんだこれは・・・?」
ちょうど、そのとき、通りかかった程普らが兵たちに近づいて、箱の中身を見た。
「おお!これは・・・・・!!」
程普の声を聞きつけて孫策と周瑜も傍にやってきた。
「・・・・まさか!あれは・・・そんな!」
孫策は周瑜の様子に首をかしげた。
「あれ、なんだ?」
「伯符さま、こちらへきて!」
周瑜は孫策の腕を引っ張った。
「な、なんだよ?」
「都の警備兵を一緒に探してください!」
「どういうことだ?」
「あの井戸の女が帝の側仕えの女官かどうか、聞き出すのです」
孫策の表情がいぶかしいものに変わる。
「あれは・・・玉璽・・・おそらくは伝国の玉璽です。帝の証です」
「ええ!?まさか!」
「だからそれが本物かどうか確かめたいのです」
「よ、よしわかった・・・!」
孫策と周瑜が連れて来た、都の後片付け係を命じられた警備兵から、井戸の女はまちがいなく宮仕えの女官であり、それもその身なりから、かなり帝の側近くに仕えていた女であろうことが確認された。
程普ら側近の者達はこれを、孫堅が乱世を統一する覇者となる兆しだと言って喜んだ。
しかし、当の孫堅はこれを持ち帰る事を拒否した。
「俺は、このようなものなど要らぬ。奸臣でもあるまいし、このようなもので天下の覇者を名乗るものではない」
そうきっぱりと言いきった。
周瑜は孫堅の忠義の人となりをこのとき始めて実感した。
祖茂がなぜ、命をかけてこの人を護ったのかがよくわかった。
しかし、ここでこの玉璽を捨てて行けば、いずれ誰かの手に奪われ、悪用されるかもしれない。それならば孫堅が持っていたほうが安全というものだ。
周瑜は孫堅にそういうと、めずらしく意見が一致したな、と程普らに感嘆された。
「皆がそうまでいうのなら、俺はこの玉璽をいずれ帝にお返しするまでお預かりするということにしよう」
そういうことでこの玉璽は孫堅がいったん預かることにした。
しかし、孫堅軍が去った後、袁紹軍が洛陽に入った折、反董卓同盟の盟主袁紹はこの事実を知って、その矛先を孫堅軍に向けるのであった。