袁紹軍から使いがきた。
その内容は、洛陽にて何かを拾得されたか?というものであった。
孫堅はそれにシラを切りとおした。
しかしかえってそれが袁紹の疑念を確信させたのであった。
拾った物をよこせ、という。
よこさねば、戦をしかけるという構えらしい。
「馬鹿馬鹿しい。何をそんなに焦っておるのだ、あやつは」
「袁紹めは殿のもっておられる玉璽を欲しているのでしょう。我が軍を襲って奪うつもりなのです」
程普が言う。
「・・・・天子の証を得て、自ら天子とならんと欲す、というのか、あやつは」孫堅はあきれたような言い方をした。
「反董卓同盟もこれまで、ですな」
黄蓋も孫堅同様、あきれ顔で言った。
「ともかく、一旦長沙に戻り、今後のことを考えるとしよう。兵糧も心許ないし、戦続きで兵も疲弊している」
「公瑾」
「はい?」
急に名を呼ばれて振り向くと、祖茂が大股で歩み寄ってきた。
「聞いたかい?袁紹軍の追っ手が来ているらしいんだがそれを振り切って長沙に戻ろうということになったんだ」
「ええ、さっき伯符さまから。しかし・・・長沙まではまだかなりありますよ。袁紹軍が追っ手をかけているのなら、兵糧の調達はできないということに・・」
「そうだ。いくらなんでも食い物もなしに駆けてはいけないからね」
「・・・・何か策が?」
「忘れたのかい?淮水の西にあった砦のこと」
「あの袁術の砦のことですか・・・しかしここからだと迂回することになって長沙への帰還が遅れますよ」
「そう。そこが狙い目だ」
祖茂はにこにこして言った。
「・・・・・裏をかく、ということですね」
周瑜は祖茂を見上げながらそう言った。祖茂はそれに頷いた。
「まさか、迂回して長沙に入るとは思わないだろう?うまくすれば袁紹軍をまける。糧食のない孫堅軍がよもや道草をくっている暇などあろうはずはない、と考えるからね」
「・・・そうですね。袁紹軍は最短の道で追ってくるでしょうね」
「だろう?これからそれを殿に進言しにいくんだけど君にも一緒に来て欲しいんだ」
「はい」
「というわけで、私と祖茂は先発隊を率いて先乗りすることになりました」
「はあ?」
周瑜は孫策にことの次第を告げた。
「おまえ、俺に内緒でそんなことをやっていたのかよ!」
袁術の砦の調査に言ったことは孫策には内緒にしていたので、当然彼は腹を立てた。
「すみません・・」
「おまえ、最近ずいぶん祖茂と仲がいいじゃないか」
孫策は思ったことを口にした。
そして、周瑜の頬を両手で挟み込んで正面を向かせ、
「まさかおまえ、あいつのこと好きなんじゃないだろうな?」
と言った。
瞬間、周瑜の頬が朱に染まったのを孫策は見逃さなかった。
周瑜は孫策の手を振り払い、
「馬鹿なことを言わないでください!」と怒鳴った。
孫策は驚いて周瑜を見た。
「な、なんだよ、そんなに怒るなよ」
周瑜は自分の襟を正して、「すみません」と謝った。
孫策は腕を組んで、
「まあいい。どのみち俺は景兄と袁紹軍の偵察に出かけることになってるから一緒にはいけないんだ。気をつけていけよ」
「はい。伯符さまも」
周瑜が去った後、孫策は一人、腕を組んだまま、立ちつくしていた。
なにか、複雑な気分だった。
なにがそうさせるのか、自分でもわからなかった。
「よ、なにぼーっとつったってんだ。邪魔だろ」
そう言って後ろから孫策の頭をこづくのは愈河だった。
「いてーなぁ・・・」
孫策は振り向いて愈河を睨み付けた。
「なんだ、考え事か?」
「ああ・・・・うん。なんかここらへんがぐるぐるしててさ・・・気持ち悪いんだ」
孫策は自分の胸を指差して円を描いた。
「なんだそりゃ。食べ過ぎじゃないのか?」
愈河のぞんざいなものの言いように、孫策はむっとした。
「そんなんじゃない。公瑾のことなんだ」
「ああ?なんだ振られでもしたか?」愈河は意地悪そうに笑って言った。しかし。
「・・・・えっ・・・?」
愈河は孫策の意外な反応に戸惑った。
「え?な、なんだ、図星なのか?」
孫策は自分でも驚いていた。
「・・・・なんだ、俺・・・・、これって、やきもち、なのか・・?」
「はあ?おい、しっかりしろよ、だいたい何にやきもちやいてるってんだ?」
愈河が孫策の肩に手をおいて軽く揺さぶった。
「わかんねえ・・・わかんねえ」
孫策はそう呟く。
愈河はその孫策をしばらく見ていたが、やがて再びその頭を張りとばした。
「いてっ」
「ガキなんだよ、おまえは。ガキは余計なこと考えるなって」
「うるっせーな!ガキじゃねえよ!」
孫策は眉間に皺を寄せて愈河にむかって怒鳴りつけた。
「そうか?」
「・・・・・・なあ、伯海。いつも一緒にいるヤツが突然別のヤツが好きだって言って去ってしまったら・・・おまえならどうするよ?」
「・・・・・・それ、公瑾のことか?」
「・・・・・・」
「俺なら、放っておくな。そんで、そいつが好きだっていうヤツよりもすごいヤツになっていつか奪い返す」
「・・・・伯海はそうなのか・・・」
「ああ、だけどおまえはちがうだろ?」
「俺・・・?俺は・・・どうなんだろう・・・」
「おまえは絶対譲らない奴だと思うがね」
「・・・・・」
「・・・おまえ、公瑾と女でも取り合ってんのか?」
「そんなんじゃないよ・・・」
「ふうん?ま、ほどほどにな。それよかもう出立するぞ」
「・・・ああ・・」
祖茂は周瑜と500騎を率いて砦を目指した。
周瑜はさきほど孫策に言われたことを意識して、となりを走る祖茂をそっと盗み見る。
それに気づいた祖茂は
「何か、心配かい?」
と声をかけた。
「いえ・・・・もうすぐですね」
「ああ、しかし場合によってはこのまま砦を落とす」
「本気ですか・・?!敵の兵力もわからないのに、たった500騎で?」
「もちろん、調査はするさ。場合によっては、といっただろ?俺の乗っている馬はあのときの馬だからね」
「・・・・まさかまた単身で乗りこむのではないでしょうね?」
「そのつもりだけど?」
「ちょ、ちょっとまってください!そんな・・・」
祖茂はくす、と笑って周瑜を見た。
「大丈夫、無茶はしないよ。それに500騎でもできることはある」
「敵を誘い出すのですか」
「ああ、その指揮は君に任せるよ」
祖茂は先だってこの砦に来たときと同じように門兵に馬を見せ、中に入っていった。
周瑜は心配だった。
周瑜は祖茂が中に入った事を確かめると、残りの騎馬を率いて、砦門に殺到した。
急襲をうけた砦は混乱し、門から50騎あまりが出てきた。
ことごとくそれを返り討ちにし、主力が出てくるのをさそった。
「よし、退け!」
周瑜の号令のもと、一団となって砦から遠ざかって行く。
その後、門が開き、主力と思われる部隊が出てきた。その数およそ2000。
すばやく逃げた周瑜の隊は、ちりじりになって霧散し、追っ手を翻弄した。
一方、砦に入った祖茂は、慌しく出ていった主力をそっと見送り、砦の中を見聞してまわった。
(ふむ、兵力はさっきのが主力として3000というところか。これなら苦もなく落とせるな)
敵襲の知らせにより、砦内は誰一人として祖茂に気を取られる者はいなかった。
だが。
「あっ!あいつは・・!」
祖茂が砦の壁まで歩いて行ったとき、背後から声がした。
振り向くと、そこには見覚えのある顔があった。
「こ、こいつ、孫堅軍の配下の将ですぜ!」
「・・・おまえは!」
そこで祖茂を見つけたのは、いつか淮水のほとりで周瑜にちょっかいをだしていた男の片割れであった。
あのとき、この男の仲間を祖茂は斬ったのであった。
「はっ!あのときは仲間が世話になったな!」
その男の背後から敵兵がわらわらとやってくる。
「捕らえろ!」
「くそ!」
祖茂は両手に剣を抜いて構えた。
(ここで捕らえられるわけにはいかん・・・戦って戦いぬくのみだ!)
殺到する兵に、祖茂は覚悟を決めた。
(10)へ続く