「いいか!時間はかけん。一気に山塞を落とす。中にいる女子供には手を出すな。武器を持っているヤツだけを狙え」
孫堅は声を張り上げた。
(曄、必ず助けてやる)
孫堅ははやる気持ちを抑えつつ、全軍に怒号を飛ばした。
許劭はのんびり夕食をしたあと、部屋で娘の来るのを待っていた。
「これは美しい」
脚の手当を受けた曄が部屋に運びこまれると、許劭は感嘆の声を漏らした。
寝台の上に降ろされた曄は身体を堅くした。
ゆっくりと近づいてくる男を見て、気丈な曄は初めて怖い、と思った。
(こんな男に触れられるくらいなら・・!)
曄は密かに忍ばせた懐剣に手をやった。
男の手が曄の肩に触れた時だった。
「公子様!大変です!」
部屋の扉が声と同時に激しく叩かれた。
許劭ははっとして寝台から降り、扉の方へ向かった。
「何事だ!無礼だぞ」
「は・・・申し訳有りません。しかし・・・!緊急事態でございます」
「どうしたのだ」
「妖賊討伐軍と名乗る輩がこの山塞を取り囲んでおります」
「なんだと!」
(文台様がきたんだわ!)
曄の心は躍った。
「先ほど先ぶれの使者が来て、投降を命じて参りました」
「・・・ふざけおって!よい!私も出る!皆を集めよ!」
「皇帝陛下はどうなさいますか?すでにお休みになっておられますが・・・」
「父は誰にもわからぬように逃がせ」
「は、は・・。しかし、先ほど物見の者からの報告ではすでに津は奴らに占拠されているとか」
「ではほとぼりの冷めるまでどこかに隠せ」
「は・・・」
許劭は報せにきた男と一緒に部屋を出ていった。
閂はかかっていない。
(今だわ)
曄は片脚を引きずったまま部屋を出た。
連れてこられた時に部屋の位置を覚えながら来たので、妹のいる部屋にはすぐにたどり着けた。
閂をはずして中に入った。
「栄!どこにいるの?助けにきたわ!」
曄は部屋を見回した。
「お・・・お姉さま・・・?」
か弱そうな声がした。
曄は部屋の片隅でうずくまっている妹を見つけた。
「・・・・!栄・・・あなた・・」
曄の妹・栄はお腹が大きかった。
妊娠しているのだと一目でわかるほどであった。
曄は駆けよって、彼女を立ち上がらせた。
「とにかく逃げましょう。ここは危険だわ」
「いいえお姉さま・・・私はこのとおり、あの許劭の子を宿す身です。ここで果ててしまった方が良いのです」
「何を言うの!あなたは私の妹よ。あなたの子が誰の子だろうと私の身内になるのには違いないわ」
曄は栄の手を両手で握った。
「さあ、行くのよ!」
栄は泣きそうな顔で頷いた。
山塞に火の手が上がった。
中に、孫堅軍の者たちが侵入してきていた。
「曄!どこだ、曄!」
孫堅は山塞の中を走り回った。
うっすらと煙が風にのって運ばれてくる。
孫堅は焦った。
広すぎる。
「曄!!」
「文台様!」
小さな声だったが孫堅の耳にははっきり聞こえた。
その声の主を捜し出すことはそう難しくなかった。
求める姿はそこにあった。
「曄!」
孫堅は駆け寄った。
「文台様・・・っ」
曄は両手を伸ばして一生懸命孫堅に抱きついた。
孫堅もそれに応えるように強く曄を抱きしめた。
「無事だったか・・!」
「信じていたわ・・・ずっと」
「曄・・」
「怪我をしているのか?」
「ええ・・・」
「痛むか?」
「少し。でも文台様に会えたのだもの、もう平気よ」
孫堅はこんなところでも気丈さを見せる曄を愛しく思った。
そして隣にいた少女を見た。
「私の妹よ」
「孕んでいるのか」
「・・・・ええ」
「そうか」
うつむく少女に孫堅はそれ以上なにも聞かなかった。
ちょうどそのとき、孫堅の部下である程普たちが後を追ってやってきた。
孫堅は曄たちを彼らに託し、脱出させた。
そう遠くないところで孫堅の声が聞こえた。
どうやら例の公子とやらを捕らえたようだった。
火の手がまわり、やがて山塞自体が炎に包まれた。
曄は妹とともに船に避難していた。
ほっとするとともに猛烈な眠気が襲ってきた。
彼女は気絶するかのように深い眠りに落ちていった。
「・・・曄」
「曄」
自分を呼ぶ声が聞こえる。
うっすらと目を開けると目の前に困った顔の孫堅がいた。
「・・・あ・・・文台様・・・」
「良かった、目覚めたか」
いくぶん、ほっとした表情になった。
「戦は・・・?」
「半時ほど前に終わった。それよりも・・・な」
孫堅は口ごもった。
「・・・どうかしたの・・・?」
曄は上半身を起こしながら言った。
「おまえの妹がな・・・その、産気づいてだな・・・」
「ええっ?!」
曄は飛びおきた。
脚の痛みも忘れて、妹のところへ行った。
妹の栄は陣痛がきていて、唸っていた。
額から脂汗が出ていた。
(・・・どうしよう・・・私に、できるかしら・・・)
曄は不安に思った。
子供を取り上げたことなど、もちろんない。
母から話しをきいたことがある程度の知識しかない。
(でも・・・やるしかないのだわ)
曄は覚悟を決めた。
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