(4)  

巴丘に戻った徐盛と周瑜を待っていたのは、孫権からの書簡だった。
 
 

「殿は黄祖と戦うつもりのようだ」
書簡を手に、周瑜は徐盛を振り返って言う。
「黄祖は今江夏におります。ここからならすぐに援軍が送れますな」
「江夏への出兵は私が指揮を執ることになりそうだ。それに伴って殿は柴桑へ移られると申しておられる」
「柴桑に?」
「呉は他州からちと遠すぎる。柴桑からならば江夏への進軍やすしということだろう。諸葛子瑜どのあたりの進言だろうな」
「このまえ呉へ戻りました折りにお会いいたしました。たいへん物腰のやわらかいお方でございました」
「そうだね。私も同感だよ。・・ともかく一度呉へ戻らねばならぬ。おまえには途中、柴桑によって警備を申しつける。兵は200でよいか」
「はい。充分でございます」

しかし、このとき周瑜はそれが思いも寄らぬ事態になろうとは夢にも思わなかった。

柴桑という場所は、長江を渡って内陸に行ったところにある。
陸口とよばれる場所を通らねば北からの進行は長江を越えねば不可能であった。

周瑜は兵を200だけ徐盛に残し、そのまま呉都へと旅立っていった。
留守を言いつかった徐盛は柴桑の城門付近に兵を布陣させた。

城門の警備も兼ねて、この近くに駐屯することにした徐盛のところへ、かねてより周瑜が荊州へ放っていた密偵の一人が報告にきた。

「なに!黄祖の配下の部隊がここへ向かっているだと!?」
徐盛はその報を受けて立ち上がった。
「数はどのくらいだ?率いる将は誰だ?」
密偵は顔を曇らせて報告を続けた。
「将は黄祖の息子、黄射。数はおよそ3000」
「3000とは・・・!」

どうする?
こちらの兵は柴桑の駐屯部隊をいれてもたったの500。
まともにやりあったのでは勝ち目はない。
こんなとき、あの方ならばどうされるだろうか・・・?

徐盛は脳裏に浮かんだ白い貌を思い浮かべた。

実は黄祖について、ここへ来る道中、徐盛は周瑜と言葉を交わしていた。
「先日の小競り合いでの私なりの判断だが、黄祖は兵の扱いが下手だ。ひとりひとりの兵の力があったとしてもそれをうまく使えるだけの器量はない。凌統には気の毒だったが凌操の犠牲がいただけない。黄祖は部下に恵まれているといわざるを得ないな」
周瑜はそう分析していた。
「たしか息子がいたはずですが」
「ああ、黄射という息子がいたな。性格は短気で鷹揚と聞いている」
周瑜は戦を始める前にまず敵将の性格や癖を調べ上げる。
それらを知った上で策を練るのだ。
「攻めてくるときはおそらく相手の倍以上の騎兵で来るだろうね。だが数に頼った戦をする将はいったん陣形が崩れるとあとは脆いものだ」
周瑜は綺麗な左右の指先を重ね合わせて顔の前で組んだ。

その手のしなやかさを思い出し、苦笑する。

よし、やってみるか。


徐盛はすぐに屯長以上を集め、指示を出した。

「城門を開けておき中に誘い込んで敵の部隊を分断する。おそらく先鋒の部隊に本隊がいるはずだ」

柴桑の城門は開けたままにしておき、城門近くに兵を伏せる。
物見の兵が城壁から敵部隊来襲の報を告げる。

黄射の部隊は怒声をあげてなだれ込むようにやってきた。
もちろん、徐盛が伏兵しているとは気がついていない。

「今だ!矢を放て!」

黄射たちの先鋒部隊が城門をくぐると、城壁から雨のように矢を降らす。

「しまった!伏兵かっ!?」

気づいたときにはもう遅かった。

「それっ!行くぞ!」
徐盛は自ら部隊を率いて黄射の陣に斬り込んでいった。
「我が名は徐盛、ここは我らが城下、何人たりとも通すわけにはいかぬ!」
その手には槍が握られており、敵を馬上から斬り落とす。
徐盛の部隊の中にはあの丁奉もいた。
子供ながらその戦いは修羅のごとく、敵をなぎ倒して行った。
徐盛はそれを横目で見ながら、心配することもないか、と安心した。


不意を突かれたとはいえ、孫軍の兵の強さに驚かされた黄射は、味方の不利をいまさらながら感じ取った。

「まずい、皆、でろ!門の外にでろ!」

そう叫んだ黄射に徐盛が殺到する。
「覚悟!」
徐盛の槍が黄射の兜をかすめた。
「ひっ・・!」
「若!」
黄射の傍に老将が庇うように立ち、徐盛の槍をかわしながら黄射を逃がす。

限られた場所での戦いに数は関係なかった。
狭い城門の入り口のところで、入ってこようとする後続部隊と出ていこうとする先鋒部隊が交錯してしまい、黄射の部隊は大混乱になった。

この期を逃さず、徐盛は兵を督励した。
「どこを見ても敵がおるぞ!手柄をたてる良い機会だ!皆の者、戦え!戦え!刀を振れば敵に当たるぞ!」
そう言って自ら斬り込んでいく。
志気の上がった兵たちはそれに続けとばかりになだれ込む。

完全に虚を突かれた形の黄射は、自分の退路を邪魔する味方まで斬りつけて脱出した。
この時点で降伏するものや離散していく兵も出てきた。

「逃すな!追え!」

逃げる黄射を徐盛は追う。

3000ともなると、その兵の列は長くなる。
いきなり城からでてきた自分達の将が、追っ手に追われて、別の方向に逃げて行く。

「な、なぜここに味方がいるのに向こうに逃げて行くんだ?」
「おい、大将の後を追わなくていいのか?」

素朴な疑問であっただろう。
だがこのときの黄射はただ逃げることしか考えていなかった。
退路を自分の軍がふさいでいるようにしか見えなかったのだ。
 
黄射の軍は先鋒隊が完全に孤立してしまっていた。
黄射についてきた別の将が黄射に言った。
「このまま孤立してしまっては数の優位がなくなり、殲滅させられてしまいます。迂回して戻り、後続部隊と合流してはいかがか」
「う、うむ・・・そうだな」

徐盛の追撃部隊は将のいない後続の部隊と戦闘していた。
後続部隊は先に逃げた黄射の後を追っていながらの戦闘だったため、激烈な攻撃に弱かった。
その数は見る見るうちに減っていった。

「こちらだ!皆、合流して追っ手を振り切れ!」

前の方で黄射の声が聞こえた。
徐盛は自分の隊に声をかけた。
「深追いはするな!」


徐盛は城を出てしばらく追ったが、まもなく帰還命令を出した。


黄射の兵は終わってみれば1000人足らずにその数を減らしていた。
惨敗であった。
黄射は父への言い訳を考えながら帰路につくしかなかった。




(5)へ続く