「珍しいですね、兄さんの方から誘っていただけるなんて」

「同感ですね。まぁ、このアーパー吸血鬼と一緒なのが気に入りませんが」

「むー。だったら帰ればいいじゃないのよデカ尻エル」

「誰がデカ尻ですか、だれが」

「まぁ、せっかく志貴さんが誘ってくれたんですから、こんな時ぐらい仲良くしてもいいじゃないですかー?」

「そうですね。喧嘩している方々を放っておいて、私たちだけで志貴様のお誘いを受けるというのも………」

「琥珀、翡翠、言うわね、あなたたち」

「と、遠野先輩、せっかく志貴さんが誘ってくれたんですから、機嫌を悪くしていきなり『中止』とか言ったりしたら………」

「……………………………………………………」

  あまりの騒ぎに、誘わなきゃよかったか?   とか考えてしまう。

「………なぁ、帰っていいかな?」

「遠野、お前が誘ったんだろーがよ。責任持って連れて行けよ」

  有彦が無駄に騒ぐ。

「そうですよ、遠野くん。誘ってくれたのに、そう言うのはナシですよ」

「まったくだにゃー。志貴、卑怯だにゃー」

  ピクピクと、蟀谷が引き攣って行くのが解る。

「………大前提として言わなかったか?」

  言葉に怒気が籠もる。

「騒いで喧嘩するようなら即座に中止する。それが大前提で、みんなを誘ったんだ。守れないなら、連れて行かないとも言った」

  怒ったところで聞きはしないのは解っているが、それでも言わずにはいられない。

「これ以上喧嘩腰に騒ぐんなら、今からでも中止にする。ここは、遠野の屋敷の中じゃなくて、街の中なんだからな………」

「やだもー、志貴ってばー。こんなの喧嘩のうちに入らないって」

  ケラケラと笑い声をあげるアーパー吸血鬼を横目に、この試みは失敗だったかな、と、早くも後悔に捕らわれていた。
 
 




















月姫カクテル夜話《Drink a Toast》

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Written by “Lost-Way"

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 カランカラン………と、ドアベルが鳴る。

「お帰りなさいませ。カクテルバー『ムーンタイム』へようこそおこし下さいました」

  落ち着いた雰囲気を見せる樹のドアをくぐると、入り口付近で待機して居たウェイトレスが声を掛けて来た。

「御予約の遠野様ですね?」

「あ、うん。そうだけど………」

「では、御案内させて頂きます。担当は私、ヴァイオレットが務めさせて頂きますので」

  前に立って、店の奥の方へと案内を始める。

  鮮やかなヴァイオレットのウェイビー・ヘアが腰の辺りまで伸びた、大人の女性としての落ち着きと同時に少女のような可愛らしさを持ったウェイトレスさんだった。

  まさか、とは思うが、髪の色が名前の由来じゃないだろうな。

「ほへー」

  後ろで、有彦の感嘆のため息が聞こえる。

  まぁ、アルクやシエル先輩にタメ張れるスタイルと美貌だもんなぁ。
 
 
 
 
 

「いい雰囲気のお店ですわね」

  そう、秋葉が言うのももっともだ。

  周囲は、森の中のように飾られ、足下には巨大な水槽を使ったものらしい川まで流れていた。

  樹木をあしらった柱には蔦が絡まり、伸びた枝がそのまま釣り棚の支えに使われ、或いは階段として枝の上に広げられた吹き抜けのテーブルへと続いていた。

  所々に、小さな瀧のような流れまで見られる。

「す………すごいところですね………」

  晶ちゃんが呆然としたように呟く。
 
 
 
 
 

「おい、遠野ー」

  がし、と後ろから有彦が首を絞めるように腕を絡めて来る。

「いつの間にこんな店に予約出来るようになったのかなー?」

「それは私も知りたいですね」

  秋葉が冷たい視線を向け、シエル先輩とアルクがうんうん、と、頷いている。

  視線をやれば、いつも以上にきつい目付きで睨むような翡翠と、笑っていない笑みを浮かべた琥珀さんと――

  信じられないものを見るように半泣き顔を浮かべた晶ちゃん。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ――確かに、そういう目で見られても仕方がないかもしれない。
 
 
 
 
 
 
 

  店の内装や雰囲気そのものは落ち着いた感じでとてもいい。

  秋葉たちを、それぞれ独りずつデートに誘ってここに連れて来ても、十分に対応出来るだけのいい雰囲気の店だ。
 
 
 
 

  しかし――

  しかしだ――

  数人いるウェイトレスさんが軒並み美人で――

  それぞれに特徴的な『メイド服』を着ているのは――

  反則臭くないですか?

  カウンターの中にいるバーテンダーは、男女を問わずぴしっとしたシャツにネクタイにヴェストに袖を止めるクリップやバンドをはめ
た、典型的な『バーテンダー・スタイル』だと言うのに。
 
 
 
 
 
 
 

「志貴?」

「………えーとー」
 
 
 

「どうぞ」

  そうこうしているうちに、奥の方のカウンターに着いた。
 
 
 
 
 

「こちらです。御席はオーナーが独断と偏見で決めさせて頂いておりますので」

「ようこそいらっしゃいませ、遠野君。先日は随分と救けてもらって有り難う御座いました。まぁ、こんな形でしかお礼が出来なくて恐縮ですが、ゆっくりと楽しんでいってもらえると嬉しいですね」

  カウンターの内側から、先日、困っていたところを救けた青年が柔らかな笑みを浮かべながらグラスを拭いていた。

  カウンター席を見ると、真ん中辺りにオレの名前が。

  右側に琥珀さん、左側に翡翠。

  琥珀さんの右に秋葉、その右に有彦。

  翡翠の左に晶ちゃん、その左にアルク。

  シエル先輩は、オレの席の後ろ側のテーブル席だった。
 
 
 
 
 

「………これは、どういうことなのでしょう?」

  シエル先輩、顔は笑ってるけど目が笑ってないし、何よりも額の隅に青筋が走ってる。

「御願い致したい事が御座いますので」

  シエル先輩の怒気もものともせず、オーナーはカウンターの内側から色紙を数枚取り出すと、

「皆様に、サインをして頂きたいのですよ。御願い出来ますか?」

  それぞれに、手渡してきた。
 
 
 

「あ、あたしもですか?」

  晶ちゃんにも。

「オレもかよ?」

  有彦にも。
 
 
 
 

「ええ。このカウンターに着いて頂いたお客様には、お客様御自身が拒まれた場合を除いて、例外なく全てのお客様のサイン色紙を御願い致しておりますので」

「………私、には?」

「シエルは人気がないから無理にゃー。カウンターからも外れてるしー」

  ぎりり、という歯を食いしばる音が聞こえてくるが、オーナーはそんな音など何処吹く風で、

「シエル様には、特別に枚数を書いて頂きたいので、申し訳ありませんが機能優先という形で、テーブル席の方で御願い致します」

  そう言って、数枚の色紙と――

  2〜3百枚はあろうかという紙束をテーブルに置いた。

「家中に張りたいので、お手数ですが、御願い致したいのですよ」

「……………………………………………………ふっふっふっ」

  どこか、勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。

「解る人には私の価値が解るというものなのですよ、アーパー吸血鬼?  これだけでいいんですか?」

「当面は、これだけで。もし、こちらに御越しの事があれば、その時にはまた御願いするかも知れませんが………」

「そうですね、考えておきましょう」

「へー。シエル、独りでくるんだー。さみしー」

「女性が、好意を寄せて居る殿方を誘う事前準備で御越しになる場合も、そう珍しい事ではありませんよ?  寧ろ、年下の男の子を狙っておられる女性などは、事前にお店の雰囲気、メニュー、御勧めや雰囲気を出せる御席の場所の確認などに来られるのも、しばしば見受けられますが?」

  アルクの嫌みすらも、さらりと流す。
 
 
 
 

  大人だなぁ。
 
 
 
 
 

「アルクェイド様も、遠野君とデートでここを訪れて頂けるのでしたら、状況に遭わせたカクテルを知っておられれば、それだけで御自身の魅力を引き立てる一助にはなりませんか?」

「………うーん」

「例えば、映画の後に御越し頂いたとして、その映画がどのようなジャンルであるか、によって、その後に選ばれるカクテルを決めることも可能ですし、その組み合わせによって御自身の思いを更に伝える『力』になりますよ?」

  ことり、とそれぞれの前に氷の入ったグラスを置く。当たり前のように置かれるから、お冷やか。コルク製のコースターも、シックでいい。

  アルクは、それを睨みながら何か考えているようだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「では、皆様、グラスを」

  オーナーも、カウンターの内側からグラスを掲げる。

「えっと、これは?」

「『トースト』。綴りは『TOAST』で、意味するところは――『乾杯』」

「なるほど」

「そういえば………」

  秋葉が続ける。

「『Drink a Toast』で『乾杯』の意味でしたわね」

「そうなの?」

「まぁ、この言い回しは知っておられる方が少ないかと」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ぐるっと見回して、全員の手にグラスが握られて居るのを確認し、

「よろしいですか?  では、皆様の益々の御健勝を祈念して――乾杯!」

「乾杯!」

  声が唱和し、グラスがかん高くも楽しい始まりを注げる音を鳴らす。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  恐る恐る口に含むが………

「へぇ、口当たりが良くてあんまりアルコールを感じないんですね」

「お酒を嗜まれない方をも心地よく乾杯が出来るように、と」

  確かに、オレや翡翠はお酒に弱いから、これは有り難い。

「それにしても、どのような知り合いなんです?  兄さん?」

少し後ろで控えているヴァイオレットさんを軽く睨みながら、秋葉は聞いてくるが、オレが知り合いなのはこのオーナーなのであって、ウェイトレスさんたちはあんまり関係ないんだけど。

「数日前、空間の隙間にはまり込んで身動き出来ずに困っていた時に、救けて頂きましてね」

  ボトルやシェーカーや他にも色々ツールを準備しながら応えるオーナー。

「空間の隙間、ねぇ」

「そんなところでなにをしていたんです?」

「色々と、ですよ。一応、私自身『眼法師』のひとりなので」
 
 
 

「………ガンボーズ?   なんですか?  それ」

  シエル先輩の本業――埋葬機関の立場からの質問だろうか。

「ガンボーズ………『眼法師』とは、『世界の観察者』であり『時の記録者』であり『永遠の傍観者』であり『混沌の野次馬』であり………」

  一口、さっきの『トースト』を口に含み、

「いわば『時間旅行者』とでも言うべきですか?」

  時間旅行者 ―― タイム・トラベラー

「正確には、少々意味を異にしますけれども」

  静かに笑みを浮かべる。
 
 
 
 
 
 

「じゃあ………じゃあ、未来がわかったりとかしますか?」

  晶ちゃんが勢い込んで問いかけるが、

「『パンドラの匣』を迂闊に開けない方が良いと思いますよ。パンドラは――『未来を知る』不幸を封じ込めてくれたんですから」

「あれ?   『パンドラの匣』って、最後には『希望』が残ったんじゃなかったっけ?」

「それは対となる意味としての『希望』だからですよ」

  有彦の言葉に、即座に答えが返る。

「つまりは――『未来が判る』事は不幸だからです」

  その目は、酷く、昏かった。

「次に何が起こるか判り切った人生に、楽しみはありますか? 全てが、読み飽きた小説のように先のことが全て判った人生は、唯々空虚なものでしかありませんよ。『未来に何が起こるか判らない』からこそ、人は………生命は『次の瞬間』に『明日』を求める事が出来るんですよ」

  言葉に、しんみりくる。
 
 
 
 
 
 
 
 

  それは、全てにわたって実感を伴っているからか。
 
 
 
 
 
 
 

「だからこそ――」

  にっこり笑うオーナーの表情は、先刻までの重いモノから一転して、軽やかな笑顔を浮かべ――
 
 
 

「『あしたがあるさ』」
 
 
 
 

  そして――店内に歌声が響いた。

 のびやかなアルト。
 
 
 
 

  ピアノ伴奏のみで激しさは無く、ただ疲れた身体と心に染み入るような歌声だった。
 
 
 
 
 
 
 

「癒し系だな」

「癒し系だな」

  有彦と二人、うんうんと頷く。

「しかも、ここ、生歌だぞ」
 
 

  有彦の指さす先を見てみれば――

  小さなステージと、その上に乗ったピアノと――

  弾き語り気味に緩やかに謡う、美女がいた。
 
 
 
 
 

「彼女には、カクテル一杯奢ってあげれば、リクエストに応じて歌ってくれますよ。お聞きになりたい歌がありましたら、どうぞ」

  店の内装と言い、雰囲気と言い、BGMのあり方と言い。

  思いっきり贅沢な。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「さて、何をお作りしましょうか?  ………とは申し上げても、何を頼んでいいか解らない、と言ったところですか?」

  苦笑を浮かべ、オーナーを見ると、

「では、こちらで皆様の雰囲気にあったカクテルをお作りさせて頂きますが、宜しいですか?」

「そうね。お願いするわ」

  秋葉が、髪を掻き上げながら言うと、周りから特に異論が出ないようだったので、

「お願いします」

  と、オーナーに任せることにした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  と――

「あぁ、オレ、カミカゼな」

「有彦?」

「いきなりカミカゼとは、なかなかにお強いようで?」

「おう」

  オーナーが苦笑を浮かべる。

「要らぬお節介かも知れませんが………いきなり強いものを頼まれると、後々響きますよ?」

  小皿にチーズやナッツやチョコの欠片、フィッシュチップやポテトスティックなどを並べながら、有彦に話しかける。

「夜はまだ始まったばかりですのに」

「ん、大丈夫。おっけー」

  何が大丈夫なのか。

「カミカゼって、どんなヤツ?」

「カミカゼですか。カミカゼとは――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★カミカゼ『KAMI-KAZE』★

    ウォッカ………3/4
    ホワイト・キュラソー………1tsp.
    ライム・ジュース………1/4

      シェークして、オールドファッションド・グラスに注ぎ、氷を加える。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「――と、言ったところですか」

  シャカシャカ、とシェークする手付きすらも一服の絵画のように。

  コースターに乗ったオールドファッションド・グラスが、つい、と有彦の前に。
 
 
 
 

「あ、オレも翡翠も、あんまりお酒に強くないから………」

「兄さん、遠野家の長男がそんな軟弱な………」

「まぁ、お酒の飲めない方に要らぬ気を使わせないようにするのも、お酒を好まれる方のマナーと心得て頂けると幸いですね。御自身は相当お強いようですが、だからこそ、お酒に弱い方を守るように気配りすることで好感度は上がると心得て頂きたいものです」
 
 
 
 

  あくまでも、スマートに。

  いいなぁ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「では、翡翠様にはこちら――シンデレラを」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★シンデレラ『Cinderella』★

    オレンジ・ジュース………1/3
    レモン・ジュース……… 1/3
    パイナップル・ジュース………1/3

      シェークして、カクテルグラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「シンデレラ………ですか」

「救いを待つ捕らわれの姫君は――」

  シェーカーを洗いながら、

「しばしば不具な状況に耐えねばならないのですよ」

  苦笑を浮かべる。
 
 
 
 
 
 
 

「意地悪な継母………」

「誰がですか」

  これは秋葉。
 
 
 
 

「性格の悪い娘たち………」

「妹ほどじゃないわよー」

「貴女と気が合うのは難ですが、その意見には賛成出来ますね」
 
 
 
 

「………王子様」

「オレにどうしろと?」
 
 
 
 

「魔女………」

「マジカルアンバーにお任せですよー?」
 
 
 
 

  シンデレラ、ねぇ。

  あるんだなぁ。
 
 
 
 
 

「お酒を飲める方は………」

  材料や道具を片付けながら、

「御自身が飲めるので、ついつい相手にも呑める事を強要しがちですが、だからこそ、お酒の苦手な方の立場で楽しむことを考えてあげることが肝要なのですよ」
 
 
 

  次のカクテルの準備だろうか。

  ボトルやグラスを用意する。
 
 
 
 
 
 

「晶様は、こちらがよろしいかと」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★エンジェル・フェイス★

    ドライ・ジン………1/3
    アップル・ブランデー………1/3
    アプリコット・ブランデー……… 1/3

      シェークして、カクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「エンジェル・フェイス………ですか」

「妹とは違って。妹はさしずめ悪魔だにゃ」

「誰がですか、誰が」

「まぁ、確かに『ディアブロ』『デヴィル』と言うカクテルは御座いますが………」

  幾分、困ったように言う。
 
 

  本当にあるのか、そんな名前のカクテルが。
 
 

「それよりも似合うカクテルがあると思うのですけれどね?」

「そうです。あえて言うなら、そのカクテルはあなたたちでしょう?」

「さて、それもどうかと。………アルクェイド様は、こちらがよろしいでしょうか」
 
 

  ブランデーのボトルを取り出す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ムーンライト『Moon Light』★

    ブランデー………1/2
    スイート・ヴェルモット………1/2
    アンゴスチュラ・ビターズ………2dushes
    シュガー・シロップ………1dush

      ステアして、カクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ムーンライト、ね」

「夜の眷属たる真祖の姫君には、よくお似合いかと」

  注ぎ口付きのビーカーのような大型のグラス――『ミキシング・グラス』と言った――に金属製の穴空きの蓋―― ストレーナー ――を被せて、静かにグラスに注ぐ。

  ミキシング・グラスに材料を注いで、柄の長いスプーンで氷と一緒に掻き混ぜている時も、殆ど音を立てていない。

  自然に氷がクルクルと回っているような錯覚さえ受ける。
 
 
 

「カクテルって、シェーカー振るだけじゃないのね」

「色々御座いますよ?」

  てきぱきと――

  片付ける手際さえ鮮やかだ。
 
 
 
 
 

「――で、なぜ私のことを知ってるの?」

「もうお忘れですか?  私は『世界の観察者』であり『時の記録者』である『眼法師』なのですよ。過去領域に於いて、貴女の戦いを見たことも御座いますので」

「………ふーん?」
 
 
 
 
 

「それはいいんですが――」

  後ろからシエル先輩の声がした。

「このカクテルは、どういうものなんです?」

  一段落したのか、シエル先輩の前には青いカクテルの入ったグラスが前に置かれてあった。

「スカイ・ダイビングです。シエル様の雰囲気が晴れ渡った青空のようでしたので」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★スカイ・ダイヴィング『Sky Diving』★

    ライト・ラム………1/2
    ブルー・キュラソー………1/3
    ライム・ジュース・コーディアル………1/6

      シェークして、カクテルグラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「……………………………………………………ふふん」

  シエル先輩、どことなく嬉しそうだ。
 
 
 
 
 
 

「琥珀様には、こちらを」

「………アイスクリーム?」

  お酒のボトルと一緒に出された材料を見て、不思議な感じがした。

「アイスクリームも………混ぜるんですか?」

「ええ。面白いでしょう? 他にも、アイスクリームを使ったカクテルで『ホワイト・カーゴ』と言う物もありますが、名前のイメージが少し合わないような気がしましたので、今回はこちらにさせて頂きます」
 
 
 

  新しいミキシンググラスを出してきて、作り始める。
 
 
 

「名前のイメージが合わない、って、じゃあ、これから作るカクテルは、どんな名前なんですか?」

  流石の琥珀さんも、カクテルに関する知識はあまりないらしい。
 
 
 

「日向の夢………『サニー・ドリーム』です」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★サニー・ドリーム『Sunny Dream』★

    アプリコット・ブランデー………3/14
    コアントロー………1/14
    ソフト・アイス・クリーム………4/7
    オレンジ・ジュース………1/7
    オレンジ・スライス………1枚

      ステアして、シャンパングラスに注ぐ。
      カクテルの上にオレンジ・スライスを乗せる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「日向の夢………」

  出されたカクテルを前に、静かに無表情になる琥珀さん。

  多分、これこそが彼女の表情。

  多分に、粋なチョイスをしてくれる。
 
 
 
 

「この世界は、全てが現実という名の悪夢。それを、自らの望む世界に書き換えられるかどうかは、心のあり方ひとつで変わります。何故なら――世界とは『貴女の望む姿にしか見えない』ので」
 
 

「……………………………………………………」
 
 

  ひどく、意味深な。
 
 
 

「………楽天家の方は、世界が素晴らしいものだと思っているから、世界は素晴らしさに満ちています。逆に、世界を敵視している方には、世界は害悪の塊にしか見えません。貴女が世界を変えようと思えば、世界は必ずその姿を変えます。貴女が世界を変えたいと願い、その為に一歩踏み出しさえすれば。その変化は小さくとも。必ず世界は変えられる、変えていけるものです」
 
 
 
 

  静かに。
 
 

  ただ静かに――
 
 

  経験したことがあるのだろうか。
 
 

  そんな――痛みを。
 
 
 
 

「貴女自身の心の向きを少し変えて見るだけで、世界はその『あり方』を変えますから」
 
 
 
 
 

「そういう――ものですか」

「そういうものですよ。『哀しみの数を数えるよりも、笑顔の数を数えよう。私は今日、こんなにも幸せに生きることが出来た』と。それだけで、心が優しくなる。明日、また、元気に生きていける。私は、そう、考えていますよ」
 
 
 
 

  言葉のひとつひとつに説得力がある。
 
 
 
 

  それは多分――

  シエル先輩や琥珀さんのように――

  世界の悪意を知ってなお――

  未来へ向かって生きることを決意した者の持つ――『強さ』。
 
 
 

  だから――だろうか。
 
 
 

  こんなにも、格好よく見えるのは。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「さて、秋葉様のグラスが開いたようですね」

「………ええ、そうね。そっちで話していたから声を掛け辛くて」

「そういう場合は――」

  コースターごとカウンターの内側にグラスを下げながら、

「空になったグラスをカウンター側に押しやって置くと、バーテンダーへの『御代わり』の意思表示になるんですよ。そうやっておけば、声を掛けずとも気付いた時にバーテンダー側から声を掛けさせて頂けるので」
 
 

「そういうものですか?」

  晶ちゃんがキョトンとして問いかけると、

「まぁ、一般的には、と、申し上げさせて頂くことになりますけれども。何分、お呑みになられている間はコースターもグラスもカウンターのお客様の手前側に位置しますでしょう?」

「そうですね」

「カウンターの内側、バーテンダー側に置いて、手を伸ばしてお呑みになられることは、まず無いと言ってもよろしいでしょう。ですから、そちら側にグラスを押すということは『空になった』ですとか『バーテンさん、ちょっと』ですとかの意思表示になりますし」

「なるほどー」

  言いながらも、カクテルを作っている辺り、流石だ、とか思ってしまう。
 
 
 

「秋葉のカクテルは、どんなやつなの?」

「『ビジュー』ですね」

「『ビジュー』?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★ビジュー『Bijou』★

    ドライ・ジン………1/3
    スウィート・ベルモット………1/3
    シャトルリューズ(グリーン)………1/3
    オレンジ・ビターズ………1dush
    マラスキーノ・チェリー………1個

      ステアして、カクテルグラスに注ぐ。
      マラスキーノ・チェリーを飾る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「チェリーを中に入れるんですね………」

「まぁ、種類によってはカクテル・ピンに刺して飾る場合もありますけれどね」

「ところで、『ビジュー』って、どういう意味なんです?」
 
 
 

「意味するところは――『宝石』――ですね」
 
 
 

  途端、勝ち誇ったかのような表情を浮かべる秋葉。

「それは秋葉さんじゃ無くてカクテルの方でしょう?」

  また先輩も、余計な突っ込みを。
 
 
 

「『皆様のイメージにあったカクテルを』お出しさせて頂いているだけですよ」
 
 
 

  言い出したら聞かないからなぁ。みんな。
 
 
 

「さて、遠野君もグラスが空いたようですね」

  予めカクテルを選んでくれていたのだろう。

  停滞なくグラスがカウンターにしまわれ、新しいグラスがコースターに載せられる。
 
 

「カクテル・グラス………これは一回り大きいのかな?」

「ええ。シャンパン・グラスの場合も御座いますから………どちらになさいます?」

「うーん。じゃあ、シャンパン・グラスで」

「かしこまりました」
 
 
 
 

  素早くグラスを入れ替え、シェーカーに氷を詰め、材料を………

「………卵?」

  卵を白身と黄身に分け、黄身の部分だけシェーカーに入れる。

「それで、なんて言うんですか?  そのカクテル」
 
 

「これは――プッシーフットと言う物です」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

★プッシーフット『Pussyfoot』★

    オレンジ・ジュース………3/4
    レモン・ジュース………1/4
    グレナデン・シロップ………1tsp.
    卵黄………1個分

     十分にシェークして、シャンパン・グラスまたは大型カクテル・グラスに注ぐ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 念入りにシェークしている。

「シェーカー振るの、多いんですね、これ」

「卵が入っておりますからね。しっかりとシェークしなければ、混ざり損ないが出来ますので」

「成る程」

「甘口ですし、アルコール分は含まれておりませんので」

「なるほどー」

「卵が入ってるんですね」

「意外と思われるかもしれませんが、結構な数があるんですよ。卵を使ったカクテルは。口当たりがまろやかになりますし」
 
 
 
 
 

  材料だけでも、結構色々なものが出されたように思う。

  単なるお酒の種類だけ見ても、知らなかった名前のお酒や、知っているつもりでも、以外と認識していなかった種類なども。

  グラスにしても、様々な種類があり、製法にしても、シェーカーを振るだけではない。
 
 
 
 

「色々あるんですね」

「色々あるんです」
 
 
 
 

「それで、志貴さんのカクテル、『プッシー・フット』ってどういう意味なんですか?」
 
 
 
 

「本来の意味としては、『こそこそ歩きをする人』という意味ですが、そこから派生した意味として――『日和見主義者』――というものもありますので」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  一瞬の沈黙の後………
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「あー」

「なるほどー」

「ぴったりね」

「志貴様には相応しいかと」

「よくわかってますねー」
 
 
 
 
 

「なんでだっ!」
 
 
 

  みんなが納得したように頷く。
 
 
 

「しばしば夜中に抜け出して遊びに行っていらっしゃいますし」

「時折、挙動不審になられますし」

「どうも私たちを避けているようなそぶりを見せるし」

「隠れて何してるかわからないし」

「私たちの目を盗んでどこをほっつき歩いてんのか」
 
 
 

「ちょっとまてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  そうだ!

  有彦なら!
 
 
 
 
 
 
 
 

「遠野、本命は誰だ?  この日和見主義者?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ………助けてくれませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「どうも、お騒がせしました」

「いえいえ。中々楽しい時間を過ごさせて頂きましたよ、私も」

  オーナーが出口まで送りに来てくれている。

  あれから、それぞれに2〜3杯ずつぐらい飲んで、お開きとなった。
 
 
 
 

  カクテルの名前で又一悶着あったのは、云うまでもない事かもしれないが。
 
 
 
 
 

「後ほどメンバーズカードを御贈りさせて頂きますので、是非、又いらして下さい。昼間は、カクテルよりもコーヒーや紅茶などの方がメインになっておりますから。学校帰りにでも寄って頂けると幸いですね」

「そりゃーもう」

  勢い込んで有彦が答える。

  確かに、可愛い女の子が沢山いるこういう店の、しかもオーナーと知り合いになれると言うのは中々魅力的なことだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

  ………オアシスになりそう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「………志貴様、いかがなさいました?」

  翡翠が顔を覗き込んでくる。

  ヤバイヤバイ。迂闊に悟られる訳にはいかない。

  今は。
 
 
 
 
 
 
 

「そう言えば、私の書いたサインはどうするんですか?」

  そうだ。シエル先輩は沢山サインを書いたんだった。

「貴女のサインは、ある種の魔除けになりますからね。相応しい場所に使わせて頂きます」

  うんうん、と満足げに頷く先輩。

「相応しい場所って、何処?」

「防火の御守ですよ。御存知在りません?」

「そうなのか?」

  シエル先輩に聞くも、

「私もはじめて知りましたよ」

  でも、自分が認められたかのように満足げだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「では、お気を付けてお帰り下さい。又のお越しを心よりお待ち致しております。有難う御座いました」

  深々とお辞儀をするオーナーを背に、家路につく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「いいお店だったねー、志貴ー。またこよーねー」

「今度は私だけを連れてきてくださいね、兄さん」

「学校の帰りによって行きましょうか、遠野君」

「あはー、今度のお休みにお出かけしましょーかー」

「志貴様が望まれるのでしたら、何処までもお供いたします」

「志貴さん………い、いえっ、なんでもないです………」

  秋葉、そんな目をして晶ちゃんを睨むのはやめてやれよ。

    怖がって泣きそうじゃないか。
 
 
 
 
 
 
 
 

「ま、いい店だったよな」

「そうだな」

  有彦の言葉に、相槌を打つ。

  ほいほい来るには、いい店過ぎる気もするけど。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「また、こような」
 
 

「「「「「「はい!」」」」」」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

And So On ………
 
 
 

「そう言えば、オーナー。あのサインはどうするんです?」

「防火の護符ですよ」

「………そのココロは?」

「何処をどうやっても燃え(萌え)ませんから」

「それじゃ、『スカイ・ダイヴィング』を出したのは………」

「後は落ちるだけ」

「それがオチですか………」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ハックション!!」
 

  シエルは、豪快なくしゃみをした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

end………?
or continue………?
 
 



 

あとがき………のような駄文。

KAZ23がかなりの酒好きで(実際、そこそこ酒には強い)カクテルの資料や材料、道具類も揃えているので色々アイデアを出してもらいながら書きました。

まぁ、完結させられた始めての作品で、しかも月姫SSなのでカクテルやバーの雰囲気が解っている人でなければ解りにくい感じがありますけれど。

KAZ23に言わせて見れば、「カクテルはTPO」だそうですが。

そう言った「カクテルのTPO」に関しては、取り敢えず目を瞑って下さい。

当人(KAZ23)も「しっかり把握していないから」と言ってましたし。

ともあれ、楽しんでいただければ幸いですね。

これで、バーに繰り出してカクテルを楽しむ方が一人でも増えることを祈って。

一人でも、静かに飲むことが出来ますから。
 
 
 
 
 
 

では。
Lost-Wayでした。
 
 

初稿:T☆SHOPに投稿。
改訂版を掲載させていただきました。

宜しければ感想をお願い致します。


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