「わたくしが誰と?」



「服部殿」



おまいのつけたこの傷がある限りおまいはいつまでも遊んでくれるし、

おまいのつけたこの傷がある限りおまいはわたくしを見てはくれないのに




「・・・嫌じゃ」
様?」
「嫌じゃ、半蔵と祝言など、あげとうないっ」
は目の前の子供が困惑するほどばたばたと落涙した。
様、どこか痛いの?」
「あ!様の手のひらに傷があるよ、おまえが握るから痛かったんだ」
「え!?」
火傷の痕を見ておのこは掴んでいた手を大慌てで放した。

様ごめんね、これ、痛い?

と、おのこが心配そうに言うのが聞こえた。





この傷がある限り
この

この


この



「この、無礼者がっ」

ばしと音を立てて、服部半蔵の頬が打ち据えられた。
呻きもせずにその平手を受けた半蔵はかしずいたままである。
ここは謁見の間。家康と沼田城から遊びに来た稲姫はその場から逃げる暇もなく始まった末姫の暴挙に慌てふためく。
「こ、これ、。手を出すでない」
「畏れながら畏れながらを繰り返したあとの仕打ちがこれかえ」
興奮して肩で息をするはなおも言い放つ。
「手を握るのを断ったあとにする仕打ちがこれかえ」
「おぬしらそんなことしておったのか」
「お風呂に絶対一緒に入ってくれないのに娶ると言いやるか」
「いや、風呂はいかんぞ
「父上はお黙りあそばしませ」
ぴしゃり!と言う。
おだやかな娘の豹変にすくみあがった家康はそこが謁見の間であるにも関わらず、自分が出ていこうとした。
「それほど娶りたくばわらわの右手を切り落としや!」
右手を振るうと袖が舞い
奥歯は強くかみ締められて

「右手殿と祝言でも葬式でもあげるがよい」
語末はかすれた。

「父上、御前をまかります」と早口に言うと家康に一礼してからは謁見の間を出て行った。
呆気にとられたままの家康と稲姫、何も言わない半蔵が取り残される。
「・・・なんてこと」
稲姫はため息をついた。。
「殿、半蔵殿、なにとぞのご無礼をお許しください。きっと今頃はあの子は反省していると思うのです」
「あれはそれほど右手の傷を厭うておったのか」
あごを撫でた家康が次の言葉を言うより早く、低い声。
「反省を」
半蔵が膝を立たせた。
「すべきは私。姫のお傍にはべる口実にしておりました」

















姫君の話。
主君の末の姫の話。
手のひらに大きな火傷のあとをもつ、誠に美しい姫君の話。
私をからかって遊び、いたずらに振る舞う、手のひらに大きな傷痕を刻まれた姫君の話。
ある日から私を呼ぶことも、安物のかんざしをつけるのもやめた姫君の
からかって遊ぶのもいたずらに振舞うのもやめた様の話

艶やかな着物のまま夜の狩場の林へ駆け込んだ姫様はほどなく捕まえることができた。
たけのこにつまずいて転んでいたところで手首を掴むと、さほど手足は暴れなかった。
ただ言葉だけが暴走していた。
前髪で表情が覆い隠されている。
「何をしにきた」
「お迎えに」
「そちの名を呼んだ覚えはない、呼ぶなら政宗殿か清正殿を呼ぶ」
意地張りには無視をして、頬についた土を軽く払うと手を噛まれた。
噛む歯ががくがくと震えている。
震える声がつむぎ出す。
「歌会で皆ひそひそ言う。わたくしの悪口を言えばいいのに、わたくしの前だからおまえのわるくちを言う」
私には歌を詠むのが下手だから恥をかくと笑っていた。
歌会はこともなくこなしていると側女たちの話をきいていた。
行く度に徳川と結ぶことを狙う有力大名に声をかけられているとも聞いた。
ぎゅうと忍装束を右手が握った。
「でも、おまえは悪くないとうまく説明できなかった」
「よいのですよ」
「なんで」
「よいのです」
前髪をすくうと、ああこの目は知っている。
いつだったかこの林の奥に置き去りにされて、迎えにいったときの顔だ。
「おまえは悪くないのに」
「姫様がそうおっしゃってくださるだけで半蔵めはようございます」

小さな手のひらは夜だというのに真っ白に見えている。
その手の中央
見ていると、様はぱっと私の手を打ち払った。
また気に障ることをしてしまったらしい。

「うそ、ほんとうはこんな傷嫌い」
「大嫌い」
「はやく消えてなくなれ」
「大嫌いじゃ、半蔵も、火傷も」

放せ放せと腕を振り回す。

様」

「大嫌いじゃ・・・!」
「私めもその火傷が大嫌いでございます」

一度放した腕をもう一度捕まえた。

「ほかはまるごと好きなのに火傷は嫌いです」
「ほか・・・」

は目も口もぽかんとさせて、「まるごと」と私が繰り返すと固い動作で首をかしげた。

「それは、わたくしの手の甲かえ?」
「手の甲と」
「顔かえ」
「顔と」
「足かえ」
「足と」
「乳房かえ」
「・・・乳房と」
「あと、あと・・・」
「まるごとにござります」

恥ずかしいことを何度も言わせる方だ。だが言った分、姫のお心が鎮まった。


俯いて照れたらしい姫君は、自分の頭の後ろをそろそろと触っていた。
「怪我をなさいましたか」
「ううん」と言いづらそうにする。
それからぽつり言う。
「皆がそしるから捨ててしまった」
りんと鳴るかんざし。
「だから、頭が寒い気がする。出家してツルツルにしたような気分じゃ」
豊かな髪を指で乱暴にすいていた。
「すまぬ、半蔵がくれたのに」



おまいのつけたこの傷がある限り
おまいのつけたこの
この・・・
さて呪いの言の葉は仕舞いましょう
今やいざ祝詞のとき

服部半蔵の刻んだその傷は一生姫の手のひらから消えることは無く、
そしてその傷のある限り二人は幸せに暮らしましたとさ。
























”まるごとにござります”

「半蔵め、あれだけ言って押し倒さぬとは意気地の無い」
「頭を上げすぎるな忠勝、気付かれる」
「ははっ、申し訳もございませぬ」
「父上、声が大きい」
「すまぬ」
「殿、本当によろしいのですか。は張り手しましたけど」
「半蔵はMっ気があるから丁度よいのではないかの」
ああ、なるほど
と本多親子はうなずき、この三名は末永くあたたかく

”すまぬ、半蔵がくれたのに”

「おお、押し倒しおった!」
「あ、ひっぱたかれました」

生暖かく姫と忍のいちゃこらパラダイスを見守りましたとさ。



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