「ごじゅ・・・、50年!?」

趙雲だっても少し早く寿命を終えるだろう。
趙雲の驚愕をよそに、は姿勢を正し大仙人の言の葉を静かに戴いている。

「我らにはまばたきのひととき」

太公望の声音からも表情からも、感情を汲み取ることはできなかった。

「私はおまえが生きる間にまばたきくらいしかしないが、おまえは喜んだり悲しんだり怒ったり笑ったりするのだろうな」

「人を愛したりもします」

の目はまっすぐ。



「そうか」

長い睫をわずかに伏せ、仙人は背をむけた。

「それは少し、羨ましい」

落ち葉の旋回と、さびしげな声の余韻を残し
消えた






池のまえ
土のうえ
二人残った。

「・・・殿、お怪我は」
「ありません。わたくしが痛いとき趙雲様はいつも助けてくださいます」
「ご無事でよかったです」
「どうして趙雲様はいつも助けてくださるのですか」
「それはその、好きですので」

先ほど大声で告白してしまった手前、憚るものはない。
はずかしいけれど。
殿も言ったのだ。

「人を愛したりもすると仰いましたが、私はうぬぼれてもよいでしょうか」

殿は目をぱちくりした。

え??という顔

うそ
そんな
まさか


「母上様が、家族とは愛でつながった最小単位の集団とおっしゃっていて」

だから言ってみた、と。

はなにか間違ったことを言ったろうかと真剣に悩み始めた。
もうやめて、はずかしくて五虎将軍のひとりが死んじゃうから。
は恐る恐る、悩んだ結果を口にする。
やっぱりわかりません、とか言われたら今後蜀は四虎将軍です。
申し訳ありません、殿。

「それとも、趙雲様のことを好きだと思うこの気持ちは愛でしょうか」

蜀は今後も五虎将軍です、殿。


蜀の五虎将軍のうち一名が美しい娘を抱きしめた。

「愛でつながった人は家族です。趙雲様と家族になれるなんて、うれしい」

美しい娘は今度こそ躊躇いなく趙雲の抱擁を受け入れて、涙でひりひりする頬を摺り寄せた。
現時点で趙雲の好意との好意にはわずかな隔たりがあったけれど、それはゆっくり。
今は前途ある娘を閉じ込めることはすまい。

土のついた裾をはらいながら趙雲が言う。

「今は学びましょう。人のことも、学術も、愛も。ゆっくり家族になりましょう」
「はい。今度太公望様がこちらにおわす時には、愛するということを教えて差し上げなくては」
「どうやって」
「趙雲様がこれからしてくださることを同じようにいたします」

趙雲がこれからすることというと・・・・・・にゃんにゃんにゃん。

うーん。

「それは悔しいのでやめていただきたい」

「くやしがる趙雲様が見たいので、やってみようと思います」






「それは悔しいのでやめていただきたい」
「くやしがる趙雲様が見たいので、やってみようと思います」

はにかみ
笑って
手を繋いで
さあ帰りましょうか
着物を汚してまた月英様に怒られてしまいますね
今度姜維にも会ってあげてください。だいぶ落ち込んでいますので。
ああ、一対一はダメですけど。
落としていた箒を拾い、ほがらかに歩き始めた。その瞬間

おーい!殿!と趙雲」

馬超の聞きなれた大声を聞いた。
振り返れば(なぜか)礼装の馬超が大きく手を振っていた。
馬超は趙雲の目から見ても凛々しく、男前である。金糸銀糸の礼装など召した日には眩いばかりだ。
だが

「なぜ礼装で」

ここは諸葛亮の邸宅へ続く道。軍師の家に行くのに礼装はやりすぎだ。
堂々と二人の前に立った馬超は、堂々と笑み、堂々と趙雲の手首に手刀をくわえた。

「痛っ」

つながっていたと趙雲の手が離れた隙に、馬超がの手をとった。

「諸葛亮殿の住み込み門下生、例の期待の星とは知らず、この前はすまないことをした!風をも操る諸葛亮殿の筆頭ともなれば手が透けるくらい朝飯前であろうに!浅はかだった!なぜ処刑を邪魔したのかはいまいちわからんがそんな瑣末なことはどうだっていい!あなたは美しい!」

怒涛だった。

「では行こう!」

の手を引いてどこかへ連れて行こうとしたので、趙雲は慌てて引き止めた。

「どこへ?」
「決まっているだろう、求婚だ」
「球根?」
「そうだとも」
「ヒヤシンスでも育てるんですか」



殿を嫁に貰う」



「・・・は、はあ!?あっけらかんと何をおっしゃているんですか!」
「なにって、罪なきうら若き乙女をキズモノにしたのだ。責任を取るのは武将として当たり前だろう。ところであなたのご両親どちらにお住まいか」
「え、それはご存知ないんですか?」
「知らん!だがこれから挨拶をしに行って知り合うことになるから何ら問題ない」
「そんなのいいですいらないです」
「何を嫌がる。前におまえの恋人かと聞いたら否定したではないか」
「ともかく手を放してください!」

馬超の手をひっぺがしてを取り返し、自分の後ろに隠した。
馬超は腕組みして二人の関係を検分するように足元から頭まで眺めた。
二人の衣装はいずれも太公望との一件で砂だらけ、髪も乱れてぼろぼろだ。


「ここは人通りもあるから青カンはよくないと思うぞ?」


「馬超殿と一緒にしないでください」
「馬鹿を言え。俺はちゃんと隠れてやってる」
「もう帰ってください」
「では帰ろう殿。いざ二人の愛の巣へ!」
「ポジティブ過ぎます」

の手を取ろうとした馬超の手首に手刀を落とした。
そういえばが先ほどから何も言わない、と気づいて趙雲が振り返ってみると彼女は池の向かいの木を見上げていた。

「仙人に向かってその嫌そうな顔はなんだ、趙将軍」
「なんとなく、あの消え方は数年は会わない感じなのだと思っていたもので・・・」
「言い忘れたことがあってな」

木の枝の上で、太公望はそよ風のように自然体である。



「まだややはできぬのか?」



言葉穏やかな趙雲もさすがに(どいつもこいつも・・・)と思ったが、口には出さなかった。

「おお太公望殿!今晩にも子作りをいたす!」

の肩を抱こうとした馬超を渾身の力でやり込めた。
太公望はそれを見てもペースを乱さない。

「天女と人間の間の子に興味があってな。必ず授かるまじないをしてやるから、いたす時には私を呼ぶとよい」
「呼べるわけがないでしょうが!」

太公望は余裕の笑みを浮かべた。

「そう恥ずかしがるな。何も3Pがしたいと言っているのではない。私はこう見えて歳は四桁だ、たたぬわ」
「わー!わー!わー!殿、何でもありませんから!」

太公望が言い終わったのが早かったか、趙雲がの耳を塞いでわーわー言ったのが早かったか定かではない。
聞こえなかったよなあとそうっと耳から手を放してやると

「俺はたつぞ!3Pでもいい!」

と馬超がいきり立った。
趙雲は諦めた。
箒を馬超に投げつけての手を引き、諸葛邸へ連れ帰ることにした。
まあさんぴーなどと言われてもこの子はまだわからないだろうと思っての冷静な判断だ。

「あ!こら、俺の嫁をどこへ連れて行く!」

馬超は付いてこようとした。が



「嫁?」



そう繰り返したのは趙雲の声ではない。
の声でもない。
太公望の声でもない。
穏やかな声音は羽扇の奥から涼やかに響いたものだった。
馬超の背後に、諸葛孔明。
扇の上の目が笑みをするようにわずかな弧を作った。
その笑みがなぜか恐ろしくて馬超はこれまでの勢いを礼装のなかに小さくたたんで仕舞って、青褪めた。

「申し遅れました。のパパの諸葛孔明と申します」

助けを求めるように馬超が視線をめぐらせたが、太公望はいつのまにか枝の上から消え去っていて、趙雲はかわいそうな目で馬超を見ていた。

「馬超将軍、火刑はお好きですか?」















馬超が軍師殿に脅かされている間、邸までの短い道のりを二人で歩いた。
しかしがなにも言わない。俯いてもじもじしている。
まさかあの下品な用語を理解していたということはあるまいが。

殿、どこか痛いのですか」
「あの・・・やはり、はじめては二人きりがいいです」



わかっておられる!!!






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