「俺ぁ反対だ」
「同意見だ」

二日後、ガーディナ近くの標に戻って来たグラディオと、そしてイグニスは腕組みをしている。

「え、ええっと…」

プロンプトは頭をかいた。
同じ場所に長居していれば帝国に見つかるかもしれない。だから王女が車での移動ができる程度に回復したあとは、てっきりカエムの岬の隠れ家に送り届けるのだと思っていたし、この二人も当然そう思っていたはずだが、どこかで急に風向きが変わった。
その理由に察しがつかぬわけではなかった。

「殿下、王女殿下、ああ、我が君ぃ!!」

が目覚めた朝、昼まで寝こけていたコックは王女の快癒を聞くやむせび泣いて叫び喜び、の休んでいるテントに跳び込もうとしたところをイグニスに引き倒された。両足の出血はひどかったが傷は骨までは達しておらず、ポーションでもうきれいさっぱり傷は塞がっていたためか、イグニスに容赦はなかった。
どうもあのコックは、あの離宮でしばらく姫君と行動を共にし、ブリザガで帝国兵をばったばったと吹き飛ばす小さな後ろ姿を見上げているうちに、姫君に心酔してしまったらしかった。

「わっ私は王女殿下と行動を共にします。どこまでも、どこまでも、地の果てまでも…!王女殿下にお救いいただいたこの命、生涯をかけて王女殿下のために使いますっ!」

昨日この高らかな宣誓を聞いた途端、イグニスの顔から一切の感情が消え去ったのをプロンプトは確かに見た。
今も向こうで、姫君のいるテントに熱視線を送っているあの男ももちろんルシス国民なわけだから、このあとはカエムの岬に行くことになる。
グラディオとイグニスはそれが気に入らないのだ。

「なんだありゃ。俺ァ最初から気に入らなかったんだ、だいたい殿下があの場から逃げずに戦ってたのもあいつが動けねえとかなんとかぬかすからだろうが。ハッ、足をちょっと切ったくらいでピイピイと、んなもんハイポーション頭からぶっかけてつばつけりゃ治る。あんなのが岬にいるんなら、俺たちと旅してたほうがよっぽど安全だと俺は思うぜ」
「グラディオに同感だ。ここは殿下の身の安全を優先すべきだろう。彼の乗る車ならガルラ肉の懸垂運搬車の貨物部に同乗できるよう、さっきガーディナのシェフに頼んでおいた。問題ない」
「え、ええ?けんすい運搬?…ええと、その、でも、でもさ、やっぱ俺たちとの旅は危ないんじゃないかなー、なんて。モンスターに帝国にシガイに、なんでもござれだよ?カエムなら王都警護隊のモニカやダスティンもいるしさ」
「モニカとダスティンの力量は信頼しているが、敵戦力が同敷地内に侵入していると置き換えた場合、適切な守備力とはいえないだろう」
「敵戦力て…、そんなん言ったらイリスは心配じゃないの?」
「イリスはあの野郎よりもよっぽど強え。アミシティア家なめんな」
「姫様だって魔法撃てるじゃん」
「王家に仕える者として王女殿下にこれ以上最上級魔法を使わせるような判断はできない」

あのイグニスでさえ、コックが姫に跳びかかったならスタンガンがわりにサンダーでちょっぴりビリビリさせる、ではなく、サンダガで絶命させる以外頭にないのだから、プロンプトは理不尽な敗北を受け入れるよりほかなかった。
しかし同時に、肌がみちみちと音を立ててうるおっていくのも感じていた。
美女と一つ屋根の下
宿屋でシャワーを浴びているところをうっかり開けてしまうかもしれない。
下着を拾うかもしれない。
手先の器用なことを認められてネックレスをとめる係を命じられるかもしれない。
あるいは、パンチラ写真、ブラチラ写真。
腕が鳴った。
さらにまたほぼ同時に、それらのいずれか一つでも実現した次の瞬間、グラディオの大剣が振り下ろされ、イグニスの煮えたぎるモツ鍋が流し込まれ、ノクトがすべての召喚獣を呼ぶと悟って、プロンプトは心で泣いた。
背後のテントから声がした。

「重いでしょう」
「へーきへーき。なんだ三人とも突っ立って。もう行くだろ?」

ノクトがを抱えてテントから出てきた。
壊死こそしていなかったのは不幸中の幸いだが、最も深刻なダメージを受けていた足はまだ歩くことはできない。包帯の巻かれた膝から下が痛々しい。

「姉上連れて先レガリア行ってるから、テントの片づけ頼むわ」
「おう。すぐに行く」
「イグニス、鍵くれ」
「俺も行こう」

標の岩場から砂浜へと降りていくノクトたちが、を血走った眼で見つめてもの言いたげなコックとすれ違った。あんなのと一緒にしておくのはたしかに気持ち悪いとは思うがやはりどう考えても足の完治していないお姫様を自分たちの車旅に連れまわすよりも隠れ家のほうが安全で安静に過ごせる。
プロンプトは意を決し、ほとんどはじめて冷静な決断を期待してノクトのもとへ走った。

「わ、我が君、姫殿下、ぜ、ぜひ御手への口づけをお許」
「ん?あんたはむこうの肉の懸垂運搬車の後ろな。気をつけて行けよ。じゃな~」

プロンプトは駆けだした勢いのまま砂浜に突っ伏して止まった。

「おいプロンプト、片付けさぼってんじゃねえ、手伝え!」



かくして一人多いしばしの車旅がはじまり、カエルになったり、湖で泳いだり、イグニスがキレたり、魂が入れ替わったり、ビブから王女のパンチラ写真クエストを受注したり、したとか、しなかったとか。



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