―――三年後

旭影殿に足を運ぶのはそれが三度目であった。
一度目で解雇され、二度目で大見栄切ったあとだけに、来いといわれて行くか無視か悟空と悟浄がじゃんけんで決めた。
悟空が勝って行くことにした。

先の哪吒との闘いで大ケガを負った四人である。
八戒も怪我をしていたために治癒術の使用が制限され、結果三人は超人的な治癒力でそこそこまで回復したが、また三蔵だけがたいそう具合悪そうに後部座席で眉間にしわを寄せることに相なった。
「大丈夫かあ、三蔵」
「うるせえ…さっさと西へ行けっつってんのに、誰のせいでまたガタゴト山道登る羽目になってんだ」
「はーい、お猿ちゃんでーす」
「じゃんけんで決めちまおうっていい始めたのは悟浄じゃん!」
「てめえがめずらしく勝つから悪ぃんだろうが」
「はいはい二人とも、その辺にしておかないと三蔵がゲロ吐きますよ」
「きたね!おい三蔵、吐くなら悟空のとこに吐けよな」
「西へ急ぎたい気持ちはわかりますけど、あなた今まともに銃も撃てないお荷物なんですから、お荷物はお静かになさっていてください」
「うるせェ。てめェら全員黙るかとっとと西に向かうか…ウッ」
「わ!サンゾーこっち向くなってば!」



三蔵はなんとか吐くことなく、山頂の寺院にたどり着いた。
出迎えたのはクマリ・タルチェが従える二人の老僧であった。老僧ながら背はしゃんとしていて肉体は衰えていないことが装束のうえからでもよくわかる。彼らは綸子の頭巾の奥からいかめしい顔で一行を睨み、「なんでこいつらが」と顔に書いてある。
これに悟浄がおらおら突っかかっていく。
「んだゴラ、ガンたれてんじゃねえよ。てめえらが呼んだから来てやったんだろうが、酒と女でも出して歓迎しろや、ただしロリじゃねえやつな」
「俺メシね。肉食いたい」
「こんなところ一秒でもいる義理はねえ。さっさと済ましてさっさと帰るぞ」
「来たのか。遅かったな」
「出たなロリ婆」
「ひとり瀕死がいるものですから」
「早く来るべきであったぞ」
「なによそれ?」
タルチェのその言葉の真意を四人は地下の謁見の間で知ることとなった。

重い扉を開いた先、水鏡に映る三仏神の虚像はなく、そのかわりこの世のものとは思われぬ美しい女がひとり、立っていた。

八戒と悟浄があっと声をあげるよりはやく、悟空が風のようにはしった。
「ひっめぇええ!」
両手を広げて走った勢いのまま飛びつきかけて、直前で足踏みする。
「…」
の周りを一周まわり、正面で止まった。
「姫どうしたの?元気だった?姫だ」
「悟空、ああ、ずいぶん背が伸びて」
「えー!ホントにじゃん!」
「こんなところで会えるなんて。元気そうでよかった」
悟浄と八戒が追いついて声を弾ませる。
「おーい、三蔵、ホンモンのだぞー」
八戒と悟浄がの視界をあけた。
その先に、扉の位置から動いていなかった三蔵の姿がある。
二人に見つめ合う時間があったことは止めようもないことだった。
の足が一歩、二歩と前に出た。
そして三蔵はの姿を見るなり、吐いた。






やたらと布地の派手な寝台で目を覚ます。旭影殿の一室だろう。
窓の外はもうすっかり暗い。
早く西に向かいたいというのに。
身体を起こすとめまいがした。
寝台の横のランプがの姿をやわらかに照らし出し、三蔵は追加のめまいを覚えた。
久しぶりに見るともの凄い。
はどこともつかぬ一点を見つめてぼんやりしていたが、ほどなくこちらに気がついた。
「お加減はいかがですか」
「…あいつらは」
「別の部屋でもう休んでいます」
「いま何時だ」
「二時です」
「寝ろ」
が困ったように微笑む。もの凄い。
「時差ボケがあるようで」
「こっちと天界でもそういうのがあるものなのか」
「眠くならないのです。少しも」
―――天界の政変
尋ねると、下に戻された理由はおそらくそれだとはいった。
自身詳しいことを知らされていないが、の保護を申し出た二郎神なる神がここにいては危険が及ぶ恐れがあるといい、急ぎを下界におろしたという。
三蔵はかつて三仏神が「天界のさるやんごとなきお方の妹御」といった以上のの素性は知らない。しかしこれの身に危険が及ぶ恐れ、ということはそのやんごとなきお方とやらはやはりうえの政に深く絡む人物なのだろう。そして危機に瀕しておろしたということは政治にからませる目的で上に連れていったのではないと。
ここまでは斜陽殿で宙から落ちた墨のとおりである。
三蔵はの姿をながめた。
「…元気そうだな」
おろされた理由をもっと深く聞かれると思っていたは、一瞬理解が遅れた。理解した途端、笑みをこぼす。
「はい、とても」
その笑みにふとかなしげな色がまじった。
これの異能を求めぬ者はない。やはりうえで占わされていたのだろう。
「三蔵様はお怪我を」
あ、そっち。
「かすり傷だ」
だいぶかすっただけである。
それにしても有力者の妹を地上くんだりから召喚しておきながら、政から遠ざけ、占いをさせるわけでもないとすれば一層不可解であった。
「その二郎神とかいうのはどういうやつで、おまえに何をさせているんだ」
「二郎神様はとてもお優しい方です」
「おまえの優しいは信用ならん」
「様などつけなくていいとおっしゃって、いつもなにかと気遣ってくださいます」
「…」
は指折り数えた。
「勉強を教えてくださいますし、お休みの日には棒術の稽古をつけてくださったり、図書館に連れて行ってくださったりします。ボトルシップ…は、わたくしはあまりうまくできないのですが、あ、最近はお屋敷の台所を借りて料理を。なにを作ってもおいしいおいしいと食べてくださいます」
黙って聞いていた三蔵がふいに
様」
と呼んだ。
この期に及んで改まった物言いにははたと顔をあげる。
「…ヘラクレスオオカブトが唇に」






翌朝、タルチェと僧侶たち、悟空と悟浄と八戒の食事の席に三蔵が現れ、至極真面目な顔で曰く

「一週間延長だ」



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