一日目

との再開を果たした途端、三蔵は嘔吐して意識を失い、三蔵一行はその晩は旭影殿の一室を借りることになった。
三蔵欠席のまま振る舞われた夕餉が寺院で出されるにしてはやけに豪勢だったのは同席したの恩恵であろう。
悟空はの隣を真っ先に陣取り、大いにはしゃいだ。一方のは口元に微笑を絶やさなかったが相変わらずおとなしく、悟空ばかりはしゃぎすぎてどこかから回りをしている風情さえあった。



「豪華な部屋ですね」
八戒は天井から寝台を囲うように垂れさがった派手な布を手に取る。
「豪華かこれ?が一人部屋なのはわかるとしてもよ、なんで三蔵が一人部屋で俺らがこんなベッドぎゅうぎゅう詰めの三人部屋なんだよ」
通された部屋は三つの寝台が部屋の壁にそってコの字にひしめき合っている。寝台に縁取られたコの空白には取ってつけたようにテーブルが置かれて道を塞ぎ、ぎゅうぎゅう感を助長している。
「まあまあ、文句いって四人部屋にされて三蔵にゲロ吐かれても嫌ですし、いいんじゃありませんか」
「それよりゃいいけど。このあと三蔵んトコにが見舞いにいくだろたぶん、したらおまえ、一人部屋じゃズルいことになるかもしれねえだろうが」
「あなたじゃあるまいし」
「いやわかんねえぜ?ここまで何回も死にかけてんだ、子孫を残そう的な、本能的なアレがあるかもしれねえだろ
「本人はかたくなに認めませんけど、あの人いま一応重傷ですからさすがにそこまで頑張れないと思いますよ」
する度胸もないでしょうし、とさらりと付け加えたから悟浄にはこの男が恐ろしい。

八戒はああいったが、いうまでもなく三蔵一行は男である。
多い少ないはあったとしても、性欲が全くないという奴はいない。たとえ三蔵であっても、だ。
そのことは悟浄がひそかに行った検証により明らかにされていた。
その検証というのは、
『二人部屋になった宿でエロチャンネルをかけてみてその反応を観察する』
というものだった。
まず八戒の場合だが、そもそも八戒は恋人がいたわけだから確認するまでもないのだが、亡くした片割れに操を立ててそれ以外の女には性的興味を一切示さない、というのはあり得ることだったので一応確認した。
八戒は「ちょっと音量さげてください」とあきれ、無視して荷物の整理などを続けるパターンと、AVを流した時間が寝る時間とちょうど重なるとベッドで頬杖ついて悟浄のうしろから普通に見ているパターンとがあった。
一番意外だったのは三蔵だ。
三蔵と二人部屋になったときはさすがに命が惜しくて見ないようにしていたが、あまりにも女っ気のない旅路が続き、耐えかねて観たことが二度ほどある。どれだけ田舎の宿でも、アメニティにシャンプーや湯呑みすらなくても、テレビさえあればエロチャンネルだけは存在するのだ。
三蔵は八戒と同じようなことをだいぶ暴力的にいって、いったわりにはビール片手にわりと堂々と見た。見慣れてなくてドギマギ、ということもない。
天気予報でも見ているような無感動な様子なのだけは不可解だが、しばらくすると無言で便所に行くか、そのまま寝落ちする。それが三蔵だった。
あいつでもそういうことすんだなと、部屋でひとりふける三蔵を想像し、不覚にもちょっとエロく感じてしまって直後に総毛立ったのは記憶に新しい。
悟空の場合はというと、旅のうちに反応が大きく変化していった。
はじめのうちは
「そういうの見んのやめろよ!あっち行け!」
と真っ赤な顔で枕を投げつけてきて大喧嘩がはじまり、「静かに」と注意しに来た八戒にテレビに映っているものを見られて悟浄が強烈な教育的指導をくらう流れがよくあった。
それが旅を続けて一年も経つと、悟空は枕を体の前に抱えて真剣に見るようになった。
さらにここ最近に至っては悟浄が悪影響を与えすぎたためか
「なー、もっと顔かわいい子のないの?」
などとチョイスに注文をつけ始める始末だ。
検証ではそれ以外にも色事における悟空のこだわりが見えてきた。
「なあサル」
「サルっていうな」
「この子さあ、髪の色ちょっとに似てね?」
「えー…?うーん…すげえちょっとだけじゃん」
「ったく、ちったァ想像力持てよな。こういうの見てだと思って抜くんだよ」
「俺姫でそういうの無理」
ケロっとした顔で言い切った。
「あ、おまえ知り合いだと抜けないタイプ?いるよなそーゆー奴」
「悟浄も姫でそういうこと考えるのすんなよな」



そういっていた悟空はきょう、三年ぶりにそのお姫様と再会し、予想どおりはしゃぎにはしゃいだわけだが、悟浄は違和感を覚えてもいた。
悟空は飯を五杯しか食べなかったのである。普段は少なくとも七杯、多いと数えきれないほどおかわりするあの悟空が、テンションに対して小食過ぎた。
悟浄は寝台に仰向けに体を横たえ、組んで浮いた方の足を揺らす。ちらりと悟空の方をうかがうと、悟空はさっきから黙って寝具を覆う布を見つめている。
ぶっ倒れたまま目を覚まさない三蔵の心配でもしているのだろうか。
「…そういやあ、結局三蔵ってあいつに気ィあったの?」
「それは、たぶん、嫌いな人間とはまず関わり合いを持たない人ですから、少しは愛着があったんでしょう」
「愛着ねえ」
悟浄には三蔵が一人で処理するのはギリギリ想像できても、あの男の惚れた腫れたという話はどうにも想像がつかない。まさか三年前、別れの斜陽殿の中でたまらず抱きしめていたなんて、とても、とても。
「ほらいつだったか、犬を見つけた時もそうだったじゃないですか」
八戒がいっているのは三蔵がうっかり封印を解いてしまった式神の犬の話だろう。死に際に物を咀嚼できなくなったそれに、三蔵は自らが噛んでほぐした干し肉を食わせてやっていた。とはいえ
「犬とは違うだろ、さすがに」
「うーん」
八戒は顎をひねって頭の中を探しに行ったがあの犬以外、三蔵の浮いた話が出てこない。
「まあ、もともとそういうことに対しては興味薄そうですからね、あの人」

「好きだよ、三蔵」

悟空の声は妙に落ち着いていた。二人が視線をやると大きな金色の目玉が見つめ返してくる。
「姫のこと」
いった言葉も驚きだが、悟空がこういう会話にまじめな顔で混ざって来るのも珍しい。
悟空は寝台から立ち上がった。
「だって三蔵、姫んとこ行くとき煙草吸わねえもん」
「え」
「俺ちょっと外走ってくる」
「は!?お、おい悟空」
眼と口に透明なピンポン玉でも詰め込まれたような顔をした二人を残したまま、悟空は風のように部屋を出ていった。






無邪気な少年と思われた悟空はその実、四人のうちだれよりも優れた洞察力を持っていることは長い旅の間に三蔵も悟浄も八戒も理解していた。取り残された部屋で悟浄と八戒は「おそらく本当にそうなんだろう」と納得したし、三蔵は「おそらく悟空には気づかれているだろう」と思っていた。
時差ぼけだと力なく笑ったに二郎神とかいう男の話ばかりされて血迷って口づけする程度には、三蔵はまだ目の前のこの娘に愛着があった。
火事だと叫ばれなかったことでいくらか確認できたことはあったが、そのあと何をすべきなのか三蔵には見当がつかない。
はしばらく伏せていた睫毛をあげた。何かを言いたげにこちらを見ている。
長い沈黙の帳が降りて、三蔵をじわり焦らせる。
「もう休め」
すでに深夜二時をまわっていることは都合のよい言い訳となって三蔵を助けた。
は行かず、包帯の巻かれた手に繊手が重ねられた。
「すぐに発たれるのですか」
行かないでと都合のいい幻聴があって、三蔵はいよいよ自らの重傷を認めざるを得なかった。



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