七日目

出発の朝を迎え、空はどこまでも青く晴れわたっている。
旭影殿の外ではすでにジープのエンジンがかかり、門前には全員が見送りに出ていた。

「いいか、外にはとんでもねえ変態が山ほどいる」
「貴様のことかエロ河童」
「ちょっと三蔵様黙っといて。このままさらって行っちまいてえけど、おまえはここでたくさん食べて、あったかい服着て、たくさん寝な」
「ありがとう悟浄。困ったときにはいつでもおっしゃって。轍をつなぐ道を100とおり見つけてみせます」
「バーカ、いらねっつの」
の髪を雑にかき回した悟浄をこのときばかりは八戒も咎めなかった。代わりに使命に燃える雀呂が見咎めた。
「おい貴様!我が君に近寄るなっ、その汚い手を放せ!」
ピッと伸びた雀呂の指を八戒の両手が包みこんだ。
「雀呂さん」
八戒が真面目な声で呼ぶと雷撃を受けたウナギのように細くすくみ上がる。
「どうかをお願いしますね」
雀呂の顔にみるみるうちに血の気が戻ってきた。激しい戦いの後に芽生える友情。そうか、これがそうなのか!
雀呂は友に精一杯胸を張った。
「任せておけ。この俺様がいる限り我が君、殿下には悪漢の指一本触れさせん」
「心強い。臨兵闘者皆陣列在前行」
「へ?」
「あなたが邪な考えを持ってに触れた瞬間下腹部が爆発する気功術をかけました。それでは、お元気で」
「え?え?ばく、爆発?ちょちょちょ、ちょっと待てェイ!おい!おいー!!?」
雀呂を置き去りに八戒がさわやかに笑いながらジープに向かい、これを見た悟浄もケラケラ笑ってジープに乗り込む。荷物と食糧はとっくに詰め込みおわっていた。
「世話になったな」
タルチェと紗烙に告げ、の前まで来ると周りの生暖かい視線が集まったのを感じ三蔵は心底居心地が悪い。
少しの時間見つめ合い、がはにかんで微笑うと三蔵はふんと鼻を鳴らして顔をそらした。そらした先、旭影殿に絡みつく巨木を見上げた途端、三蔵は思わず目を剥いた。

「あれ、ヘラクレスオオカブトじゃねえのか」

え!?と叫んで全員が巨木の幹を振り返る。
目を凝らしたが、誰一人ヘラクレスオオカブトの威容を見つけることはかなわず、残念がりながら首を元に戻すと、心なしか殿下の頬がぽうっと色づいているように見えた。
法衣の袖がひるがえり、三蔵の手がジープの助手席にかかった。
そこにひとつ空席を見つける。
「悟空、行くぞ」
悟空はまだ見送りのところに留まっていた。
の前に立って動く気配がない。
三蔵は語気を強めた。
「悟空」

「姫、ぎゅってするよ」

声は三蔵のもとまではっきりと届いた。
無邪気に笑うことのない黄金の眼はいま、炯々たる決意の光を宿してをうつし、その腕でしずかにを抱きしめた。

「三蔵と結婚しないで」

「俺、三蔵よりも背高くなってきっとかっこよくなるから」

「姫、大好きだよ」



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