「ご覧ください!ゴールしたレーサーたちを祝福するような青空のした、大陸横断ワイルドレースの優勝チームに今まさにトロフィーと賞金100万ドルが手渡されようとしています!この栄光をつかんだのはっ…、チーム・天晴!」

横断幕がかかるステージを大勢の観客が取り囲み、割れんばかりの喝さいが送られた。なかには怒号や罵声もまじっているが、すべての音はいま熱狂の渦に飲み込まれて、式典を盛り上げる大合唱へと昇りつめる。大通りをふちどる窓という窓からは紙片や花びらがふりまかれ、地上でひしめきあう人間たちの頭上に雪のようにふりそそいだ。
そんな人だかりの中をなんとかステージに向かって進もうとする者がいた。



モダンなワンピースに身を包んだ実況者は、歓声に押されるように体を前のめりにして叫んだ。
「このような結果を誰が予想したでしょうか。数々の波乱を乗り越え、BNW、アイアンモーター、GMのB.I.G. Bossをおさえ、いま、黄金に輝くトロフィーが黄金の国・ジパングからやってきたダークホースの手に…いや、しかし、どうしたことでしょうか。天才メカニックにしてドライバーの天晴は大あくびをして断り、その役をコソメに譲りました」

「小雨だ!姓は一色、名はこ・さ・め!」

二度目ですよ!と苦情を申し立てる小雨の声は、華々しい管楽器の演奏にかき消された。
「小雨様!」と人混みの中から呼んだ声もまた。






この騒ぎをスポンサーのテントから眺め、TJが大げさに肩をすくめる。
「おうおうおう、盛り上がりが足りねえんじゃねえか。仕方ねえ、ちょっくら行って俺が盛り上げてやるか」
「おとなしくしていろ。四等賞の歌とダンスなんざ失笑もんだ」
「カァーッ、これだから四等賞は。むっつりしてお椅子であんよを組むしか能がねえ」
隣り合うアイアンモーターのテントとの間で激しく火花が散り始めたのを見、GM社員のセスはうろたえた。
「ち、ちょっとお二人とも、式典の最中ですからどうか穏便に」
セスにぎろりと視線をやって、ディランはわすかに唇の端を持ちあげた。
「勝手をして大会運営から降ろされたそうだな。いまさら穏便に進行させる義理があるのか」
「なんだ、おまえ降格されたのか!そりゃあいい!」
エンジニアの道に戻ることにもはや後悔はなかったが、TJにまで腹を抱えて笑われると、セスは苦虫をかみつぶした。
いまいましくTJの後頭部を睨みつけているとそのセスの肩に、突然少女がぶつかった。
人混みから押し出されてきたらしい。
とっさに受け止めようとしたセスを押しのけ、TJの長い腕が少女の背中をダンスのワンシーンのように受け止めた。TJに突き飛ばされたセスは地面に倒れている。
「よう、子猫ちゃん」
セスはメガネを直し直し立ち上がり、わなわなと震えた。
「な、なななにをするんですか!」
「申し訳ありません。お怪我はありませんか」
折り目正しく少女の方が頭を下げて謝った。
「あ、いえ、あなたではなく」
あがった少女の顔を見てセスは息を呑んだ。
うつくしい。
小柄ゆえに少女と見えたが、よくよく見れば妙齢の東洋人の女である。流暢な英語を話し、洋装にも慣れた感がある。
レースにはジン・シャーレンという中国人がいて、そちらの娘も健康的な東洋美人であったが、こちらは素手で触ったらその場でこなごなに砕けて、その破片が透きとおった宝石になるような、儚げな美しさをたたえている。
はじめて見るミステリアスな美貌を食い入るようにしばらく見つめていると、その娘の肩をTJが乱暴に抱き寄せた。
「つまんねえ表彰式だと思ったが、来てみるもんだな。マドモワゼル、ちょいと向こうで俺様と火遊びしようぜ」
「あいにく、行かねばならないところがあるのです。どうか離してください」
「どこだって連れてってやるぜ。天国ってやつだって見せてやる」
TJが唇を寄せていくにしたがって、娘は薄い背中を反らせていく。しかし褐色の腕はがっちりと腰を掴んでいて逃れられそうにない。
セスは目の前で起ころうとしている犯罪行為を捨ておけず、すがる思いでディランに視線をやった。ディランは退屈そうにステージを眺めてボトルの酒をあおるばかり。まわりに男たちは大勢いるが、観客は表彰式に夢中だし、GMとアイアンモーターの関係者は揃ってうつむいてセスと目を合わせようとしない。
――― こ、こうなったら私がやるしか
セスが震える手でレンチを取り上げたときだった。
「無礼者」
きっ、とした異国の言葉と、バチンと痛快な音がした。
平手打ちを受けたTJはあさってを向いて固まっている。
喝さいのなか、スポンサーのテントだけ水を打ったように静まり返った。
沈黙を破ったのはディランの笑い声だった。
「つまらん表彰式だと思ったが、来てみるもんだ」
組んでいた膝をといて立ち上がる。
「で、どこに行きたい。案内してやる。愉快な余興の礼だ」
愉快な余興に出演したTJは、まだあさってを向いたまま動かない。
「ご親切に、ありがとうございます。ステージの、一色小雨様のところへ」
「サインでも欲しいのか。まあ、いい」
表彰が行われているステージまでは押し合いへし合いの人だかりだったが、そのうちの何人かの頬骨を銃でトントンとたたいて“英雄“ディランが歩み出すと、モーゼの十戒のごとくに道はひらけていった。






一方そのころステージでは二位に入ったシャーレンの表彰が行われ、大地を揺らすような野太い声援が大通りじゅうから沸き起こっていた。
一位の表彰セレモニーを終え、ステージの袖まで降りてきていた天晴一行は、そこであっというまに記者に囲まれ、さらには裸同然の格好をした金髪美女たちにも囲まれる。
美女たちは天晴、小雨、ホトトの三人に足や腕をからませて、歓声とフラッシュにこたえるように優勝者にキスを浴びせた。
天晴は辟易した表情でされるがままに両頬へのキスを受け止め、ホトトは顔を真っ赤にしてキスを避けようとしているが、やがてとっつかまっておでこにキスされた。小雨は
「あいや、待たれよ!拙者には国に父の決めた許嫁がっ、あっ、や、はっ!破廉恥な!あっ、そんな…ハハ、参ったな」
まんざらでもない顔になった一瞬にフラッシュがあたり、あわてて顔を引き締めたが、性に奔放な女性の指先に頬をつつつと撫であげられると、また口元がだらしなくゆるんだ。
目の前で壁を作っていた記者たちが、突然左右に分かれてごろんと転がった。
その間から姿をあらわしたわりに、別のほうを向いているディランは、天晴にとっては美女のキスより関心をひいた。
「なにか用か」
「そっちのサムライに用があったそうだが、いなくなった」
「いなくなった?」
探す素振りもそこそこに、ディランは去っていく。
「おい」と呼び止めた天晴の声は、復活した新聞記者の波に飲み込まれ、喧騒のなかに掻き消えた。

とおくで「姫様」「姫様」と探す人々の、日本語の声もまた。



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