かしいだ樅ノ木の根に政宗はようやくを見つけた。
小十郎は主が怒りに任せて蹴り飛ばした男を踏みつけとどめを刺し、汚らわしいものを振り払うように血糊を払った。
鞘に収めて主のそば・・・いや、ちょっと距離をあけてはべった。

「どこも怪我してねえか」
「・・・」
「どした」
「・・・」

木の根の暗がりから引っ張り出してもの瞳は呆然と、しかし確かに政宗を映している。
それなのに両手の平は両耳をまだ覆っている。
その姿に小十郎は頭の奥がじんと痛くなった気がして、眉根を寄せた。

政宗は耳にあてられた両手のひらをやんわり解いてぎゅうと握った。

「平気か」
「・・・はい、兄上」

声が返った。
パタパタと涙が落ちた。

「嘘つけ、めちゃめちゃ泣いてんじゃねえか」
「はい、兄上。兄上、兄上、あにうえ」
「ん?」
「ごめんなさい」



兄上 兄上 何卒母上をお許しください なにとぞ なにとぞ かわりに小次郎を



同じ目をしている。

政宗がの頭の上に手をのせて、クシャクシャにする。本人は撫でているつもりなのだろう。
は顔までクシャクシャにして政宗の腰にしがみついた。

「悪いことしてねえなら謝らなくていいって喜多に教わったろ」

ああ、姫はほどいてくれる手を待っていた。政宗様はほどいてあげられる手を待っていた。
こんな簡単なことどうして家臣の誰も思いつかなんだ。
こんな簡単なことどうして一言も言ってくださらなんだ。
こんな簡単なことどうして懸命に心を悩ませてからでないとできなんだ。
なんと手のかかる兄妹たち。
小十郎は鼻の奥がつんとした。我慢した。武士だから。

政宗はひたいをこすりつけるの背を照れながらもとんとんとたたく。これもまた下手くそで小十郎には両方愛しい。

「わかったわかった、さっさとうちに帰るぞ。風呂入って飯だな」

政宗は抱き上げるにはだいぶ大きくなりすぎたを持ち上げると「うおっ、重っ!」とのたまって姫に後ろ髪を引っ張られていた。

「ひっとー!」
「こじゅーろーさまー!」

森を駆けずり回った若い衆が遠くで手を振っている。政宗が刀の鞘ごと振って「おー、見っけたぞー」と応えると、マジっすかー!?と合唱が返ってきた。
はよほど安心したのか政宗の肩に首を預けてクタッとしていた。
ああいうふうに甘えられたいと、後ろを歩く小十郎は思ってみたりしたが今は言葉の全てを封じ込めて、二人のあとをついて行くのが心地よかった。

「そうだ、今日の飯は小十郎が作れよ」
「また俺ですか」
「弁当無駄になっちまったからな。もうひと働き頼むぜ」
「人使いの荒いお方だ」
「わたくしからも頼みます」

政宗の肩に甘えていたが顔を上げていたので驚いた。
泣きはらした赤い頬がはにかんで微笑う。

「小十郎のごはんが食べたい」

小十郎はいつかと同じように「さようで」とごにょごにょ言いながら耳まで赤くした。






お城に帰ると、お姫様を危険にさらした男たちに喜多がセメントをかかえて襲いかかってきたのだけれど、
それはまた別のお話



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