なんだかんだで静雄は黄色いクマのDVDを見続けた。
クマがウサギの巣穴に侵入してハチミツ食べたら太って穴から出られなくなった話とか、大雨でぬいぐるみたちが避難する話とか、そういえばこんなの見たことあるなあと思ったら懐かしくて、結局最後まで飽きずに見てしまったのであった。
「懐かしいのも結構いいス・・・ね・・・」
エンディングロールが流れ始めて右隣を見ると、基央は体育座りをしたまま眠っていた。
下心は置いておいて、ゆるく握られた指先へ視線をおとした。
(まだ仕事慣れないのかもな)
彼女の指先が動かなかったのは臨也が故意に投与していた薬のためであり、薬の投与が途切れた現在はほとんど正常に動いている。しかし使っていなかった筋力を戻すのは容易ではない。らしい。『普通』とは異なる筋組織を持つ静雄には、思いやっても思いやっても彼女の苦しみを完全に理解してやることはできなかった。
折原臨也の後ろ盾を失い、戸籍もろもろない彼女が生きるためにはアングラかお水かAVくらいしか選択肢が残されていなかった中、声をかけてくれたのは露西亜寿司であった。基央はそこでウェイトレスとして雇われている。
心配とうっとりが入り混じってきれいな横顔を見つめた。基央の指に向け手をそろー・・・と伸ばしていくと、舟をこいだ基央がハッと目覚めた。
慌てて手をひっこめる。
(いや、待てよ。このタイミングってもしかして・・・)
静雄に天啓がくだった。
(来た。今こそ”この部屋で休んだらどうですか”とかなんとか言ってさりげなく誘うタイミングですよね、トムさん!)
「ん・・・ごめんなさい、私途中で眠ってしまって」
「や、全然。・・・あの、もし疲れてるようならふ、布団をここに「お邪魔しました」
「あっ、なっ!?」
「あな?」
「・・・いや、その、あな・・・ええと、穴を、穴を通って帰ると近いすよ」
笑顔がひきつる。
先日あけてしまった壁の穴は隣の基央の部屋に直通している。人間ひとりがと折れるくらいの穴の箇所には遮光・遮音カーテンがかかっている。
「そうします。今日はありがとう」
ぺこりとお辞儀し、基央はそそくさと穴をくぐって出て行った。
向こうから声だけが「おやすみなさい」と静雄に告げる。
「やっぱ待って」
ください、と取ってつけたように言い加える。
向こう側から閉じられかけたカーテンに静雄はギリギリのところで手をはさみこんでいた。
基央の逃げるような挙動と穴から顔をのぞかせずに別れの挨拶をしたのが不審であったし、背を向けた時に見えた耳が赤かった気がしたからだった。
案の定、再び開いたカーテンの奥の横顔は瞳が潤んでいて、頬がぽうと赤い。
機は熟した。
「・・・基央さん。俺、基央さんともっと一緒にいたいんですけど・・・。そっち、行っていいすか」
クソ真面目に言った。こちらもまけじと赤い。
基央はしばらく黙って床を見つめ、やがてこくりと小さくうなずいた。
静雄の体は近づくために自然と動いていた。
好きな人がいるほうへ、好きな人がいるほうへ、好きな人がいるほ
詰まった。
「ん?」
穴だ。
壁にうがたれた穴は、基央ならば通れるサイズだったが、静雄は無理だった。
どうしても腰骨から先が入らない。腰より肩が太いはずなのにどうやって入り込んだのか、本能で動いていたので静雄本人にさえわからなかった。
「・・・平和島さん?」
基央は恥ずかしそうに待っている。あともう少しで届く距離。なんとしても抜け出さなくては男がすたる。
静雄は前に抜けようとした。メキと壁が嫌な音を立てたのでやめる。
静雄は後退して抜けようとした。肩が引っかかってメキメキと壁が嫌な音を立てたのでやめる。
基央はその様子をパタパタまばたきして見つめ、コテンと首をかしげた。
「・・・にっちもさっちも?」
「にっちもさっちも・・・ス」
不意にデジャブを感じた。
(これ、さっき見たDVDのハチミツ食いすぎて穴から出れなくなったクマ状態・・・)
静雄はかああああああああ!と顔を真っ赤にした。
(ちげえ!俺はなんも食ってねえ!むしろたった今食いっぱぐれたっつーか、これからいただきますだったところっつーか・・・!)
羞恥とやるせなさで半泣きの静雄から事態を重く見た基央は、すぐさま静雄の腕を引っ張りにかかった。
引き続き壁は嫌な音をたてる。
「基央さん、これたぶん壁ぶっ壊れちゃうんで」
壁の穴をこれ以上広げればアパートを追い出されることは間違いないだろう。
静雄が転居すれば、平和島静雄の隣の部屋という理由で東京最安値となっていた部屋の家賃があがり、結果的に基央もアパートに住めなくなる。行き場を失った静雄と基央は吹雪の中をあてもなく放浪し、やがて竜飛岬へたどり着く。そしてふたりは抱き合いながら凍てつく海へ身を投げるのだった。・・・そんな倒錯的な情景が浮かぶ。
愚かな妄想にふける静雄をさしおき、基央は今度は静雄の肩を両手で押して向こう側へ戻そうと試みていた。
「ん・・・んんっ」
目をぎゅっとつむり、基央が力んでいる姿は不謹慎にもそそるものがあった。
一方で壁はメキャメキャとさっきより危険な音をたてている。
「基央さん、肩はちょっと通りそうにな」
「あっ」
静雄の肩で手をすべらせた基央は勢いあまって壁に激突した。
はからずしも静雄の顔には柔らかなお胸様が押し付けられるお形となってびっくりするほどユートピア。
「ご、ごめんなさい。痛かったですよね、ごめんなさいっ。ああ、鼻血が」
「や、平気です。俺は元気です」
「今度は平和島さんの部屋の側から引っ張ってみますのでっ」
同じ夜、
折原臨也は週末の恒例行事としてボロアパート訪れていた。
するとどうしたことか、平和島静雄の部屋がなにやら騒がしい。
恐る恐る静雄の部屋のドアに耳を押し当て、尋常ならざる雰囲気の男女の会話を聞いた。
「基央さん、無理しないでっ」
「諦めません。きっと平和島さんを抜いて見せます・・・!」
「基央さんがそんなことしなくても俺がっ、イテ!」
「・・・!ごめんなさいっ、痛かったですか」
「や、一生懸命やってくれるのは嬉しいんですけど」
臨也は驚愕した。
(あのクサレ人間もどきのクソビッチ・・・!)
ポケットから静雄の部屋の合鍵を取り出すと、静雄の童貞を死守すべく臨也はドアを破壊する勢いで中に飛び込んだ。
「ついに本性をみせたね藤原基央。菩薩の性格設定が聞いてあきれるよ、このド淫らn?」
中を見た瞬間、情報屋のできのよい頭はパンクした。
壁から平和島静雄の腰から下が生えている
基央は壁から出た静雄の両足を両脇に抱いている
服は着ているが一見するとこの体位はバックで基央のあれがこうでこれがあーで・・・・・・アレ?
「・・・BL?」
その後、臨也の提案で全身にごま油をかけられ、静雄は無事壁を破壊せずに抜け出すことができた。
解決を見せたように思えたこの事件は、ごま油をかけられて抜け出すまでの一部始終を臨也がムービーで撮影していたことを静雄が知り、
あとは言うに及ばず。今週末もまた二人の関係の進展は折原臨也によって阻まれたのであった。
今夜の勝者:臨也
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