●北風・・・どこ?

朝起きると布団にピンクのフリースを残して、さんはいなくなっていた。

窓は雨戸まで閉めてあったし、鍵は内側のチェーンがしっかりかかっていた。
押入れや天袋、シンクの下、はては畳の下まで探したけれど見つからなかった。
俺はふかくふかく考え込んで
「密室殺人だ」
と気づいた。



こんな頭使う頭悪い事態にはヤロウが絡んでいるに決まっている。俺はピンクのフリースを抱えてアパートを飛び出した。
臨也をとっ捕まえ、ガクガク揺すぶったがさんのことは知らないと言い張った。

「つか殺人じゃなくない?そんなに密室トリックが気になるならコナンでも読めば?」

俺は臨也を蹴ったその足で漫喫へ飛び込んでコナンを出ているだけすべて読んだ。密室トリックはわからなかった。
トムさんは知らないといった。
来良のチビどもも知らないと口をそろえる。
サイモンも見かけていないという。
新羅は

「春が来たからだと思うよ」

と言った。
どういう意味だと尋ねると

「彼女はね」












●北風と太陽

「私、服を脱がせることができたのですよ」

冬の夜空のように澄みきった、美しい北風が言う。

「ええ?」

キアヌ・リーブス似の太陽は一瞬だけ形の良い眉を動かした。
しかし長い足を組み替えると、唇のはしをゆったり持ち上げていつもの調子でこう言った。

「北風よ、嘘をお言いだね。わたしは見ていないよ」

北風にそんなことができるはずがない。
知っているからこそ太陽は自信たっぷりに笑う。
一方で北風は含みありげに艶めいた笑みをした。

「あなたが見ていなくてもしかたのないことです。夜のことですもの」

この艶めいた笑みに太陽の心に「まさか」と一抹の不安がよぎった。

「どうやったんだい」
「言えないわ」
「ではヒントをっ」
「愛し合えばいいの」

凛と美しいはずの北風の、白く澄みきっているはずの頬が、ほのかに色づいた。
太陽はこれがひどくおもしろくない。
頬杖をついて、その人差し指でトントントントンと頬骨を叩く。

「君の勝ちだと言いたいのかい」
「いいえ」
「なに?」
「勝ちも負けもどちらでもよくなってしまいました」

かくも幸せそうにはにかんで微笑む北風を、太陽は創世以来見たことがない。
太陽はむすっとした。
キアヌ・リーブス似が台無しだ。

「・・・地球、温暖化させてしまおうかな」

太陽は、嫉妬によるこの暴挙をのちにちょっぴり後悔することになる。



































●北風と静雄

平和島静雄は散り始めた桜を見上げていた。
夜を美しく切り裂く咲きはじめの桜がつい昨日のことのように思い出せるのに。ほんとマジで、気合入れて思い出したら桜の花びらの枚数だって言えそうなくらい覚えているのに。
くしゃみがでた。

「静雄、次行くぞ」
「・・・うぃす」

鼻をすすり、ポケットに手を入れて歩き出す。
平和島静雄の日常が戻ってきた。
日常に戻るよりほか、なかったのだ。
びゅうと冷たい風が吹いて、トムは襟の中に首をすくめた。

「うぅー、今日はサビィな」
「そすね」
「天気見たか?昨日は最高20度だったのに今日は6度だってよ」
「そすね」
「異常気象ってやつかねえ」
「そすね」
「うちの会社だってチームマイナス6%入って頑張ってんだけどなあ」
「そすね」
「主に俺らが移動オール徒歩で頑張ってんだけどなあ」
「そすね」
「・・・」

トムは横に並び歩く後輩の顔を見て、どうすることもできずに苦笑した。
静雄が怒りそう(つうか泣きそう)なので詳しい事情を聞くことはしなかったが、という美人がいなくなってからずっとこんな感じだ。
今度風俗にでも連れてってやったほうがいいのかしら。
静雄そういうの嫌いそうだなあ。
どうすっかなあ。
そんなことをつらつら案じていると、



突然の強風



砂塵を巻き上げ、思わず二人とも目をつむった。
そして
強風
のち
美女
降る。






その日、四月の東京に雪が降った。






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