【おまけ】家に帰るまでが慰安旅行です



東京ヴィクトリーのバスに置いていかれた。
原因はこの横のおっさんがにちょっかい出して来たからだ。
さらにが最初からケンカ腰の俺の方が悪いみたいに言うから俺は余計怒って、
「もうバス出るぞ持田」と声をかけてきたシロさんに対して
「はっ?知らねえよさっさと行けよ」
というようなことを口走ったらしいが、目の前で唇をとがらしてなにくわぬ顔する達海さんとのケンカに忙しかったから覚えていない。

「で、なんでこうなってんの」

夕暮れの光差し込む田舎電車のシートに揺られ、並ぶのは俺と、と、達海さんだ。
「うちの広報時間に厳しいから」
「きょう非番だし、蓮いたから一緒に帰ると思われたみたいで」
で、三人仲よくバスに置いて行かれ、トロい電車でのらくらと東京へ向かうことになったわけである。
最初は俺、、達海さんの並びで座ったから俺はすぐさま、俺、達海さんの並びにとっかえた。達海さんはほんとわけわかんないけどなんかと知り合いだし、で達海さんのまえだとそわそわヘンだし、俺は東京までの道のりで怒れる火柱となって二人を隔てるに徹した。
日本代表エースと、それにそっくりの女と元超エースの達海さんがあまりにも普通に並んで座っていたからか、最寄駅に着くまで誰からも気づかれなかったのは不幸中の幸いだ。

「で、なんでこうなってんの」

、おれお腹すいたー」
「すぐできるものにしますね」
「なんで達海さん俺んちまで着いて来てんのっ!」
達海さんはいま、俺の家のこたつに足を突っ込んでリモコンを探している。
「だって長期休みの間はクラブハウス暖房全部切られてんだもん。うち広報厳しいから」
「意味わかんないッスよ。なんで俺んちなんすか。俺達海さんと全然仲よくないし」
とは仲良しだもんなー?」
奥の台所に声を飛ばした直後、台所からガチャンと食器を落とすような音がした。
俺の全身はわなわなと震えだす。このおっさん、絶対俺のになんかしやがったな。
ここは俺との大切な家だ。じいちゃんとばあちゃんと一緒に暮らした大切な場所だ。
そこに土足(玄関で靴は脱いだけど)で踏み込むようなヤツは、”異物”は、排除してやる。
俺は台所へ駆け込んだ。エプロン姿のにうしろから小声で作戦を告げる。
、毒いれよう」
これでがいつもの料理上手スキルを披露したら俺にとって良くない方向にことが転ぶ気がする。
「毒なんてないよ」とは笑いながら野菜を刻んでいく。なんでそんな嬉しそうなんだよ。
「じゃあすげーマズい料理つくって」
「蓮もマズい料理になっちゃうけどいいの」
「俺のはおいしく」
「お鍋はひとつです」とはほっぺたをピンクにして笑い、うしろでレンジがチンとなった。
「それじゃダメなんだってば!絶対ヤダッ」
本気で地団駄を踏む俺にがようやく手を止め振りかえり、同じ色と形の目がまっすぐに俺を見た。
「じゃあ、すごく手抜き料理にする」
おまけに魚肉ソーセージのはじっこのあまりが口に入れられ、俺は妥協点をいちおう見出した。
達海さんのいるこたつに足を突っ込んで、映るテレビ番組は明るいが一切頭にはいってこない。
5分程度で、沈黙の食卓に料理がはこばれてきた。
三人で食卓を囲み、いただきます。
スプーンですくい、咀嚼したのちに達海さんは言った。

「おれ、ここんちの子になる」

!おいしいの作るなっていったじゃん」
「え、でもチャーハン、全部残り物で一番手抜きだし」
「あの人バカ舌そうだからチャーハンとか一番好きそうじゃん!塩と砂糖間違えるとか、他にアイディアあんじゃん!」
「ごめんね蓮。でも食べ物であそんだらだめっておばあちゃんが」
「俺はにヘンな虫がつかないようにってじいちゃんにいわれたから言ってんの」
「へ、ヘンな虫って、達海さんはそんな人じゃ」
「あーあーあーあー、無理俺そういうのなにもキコエナイ」
「お前ら仲良いな」
「そうだよ、俺ら仲良いんだよ、だから達海さんは出てってよ」
ぜいぜいと肩で息する俺をなだめるようにが俺の手をとった。特別扱いが今はちょっと嬉しい。
ちょっと首をかしげるようにして、目はやさしく笑っては達海さんより俺が大切だと伝わってくる。俺の心は少し落ち着きを取り戻した。
「蓮」
と語りかけた声もやさしい。よせったら、やさしすぎて人前ではちょっとこそばゆいだろ。
「もっとちゃんとしよう。蓮だって昔はあんなに達海さんのファンだったじゃない」
「なっ」
「なに、おまえそうなの」とチャーハンをもりもり食いながら達海さんがあっけらかんと言う。
「そうなんです。蓮ったら学校で達海さんのプレーをいつも真似しようとして」
「あ、そうなの」
なんで今それここで言うんだよバカ。むかつくけど、いれたてのほうじ茶をずずずっとあくまで自然体ですする達海さんの余裕に、罵詈雑言をあげるのは子供っぽさをさらけ出し敗北を意味する気がして、俺は立ちかけた膝をこたつの中におさめた。
俺がおし黙るとは心配して、それ以上過去話の暴露をやめてくれると知っている。
「蓮、ごめんね。ごはん食べよう。お茶もあるから」
俺はそれでもうなだれなにも言わない。の目が声が俺だけに注がれ、背を手がなぜた。
うつむき、フードのふちにうもれ隠れる俺の口は月のように嗤う。どうだ達海さん、この愛情と絆を凌駕できるヤツなんていないと打ちひしがれて、さっさと出て行け。
「ビールくんない?」
「出てけよ!」



その後、クラブハウスに帰らない達海さんを心配してETUのGM後藤さんがほうぼうに電話をかけ、サッカー連盟から平泉さんに電話がいって平泉さんからシロさんに電話がいって、シロさんがをデートに誘おうと一世一代の勇気を出してたまたま電話をかけてくるまでの三日間、達海さんは俺の家に居座った。
悪夢の日々だった。
滞在三日目の朝に遊びみたいなパス練習をしたのはほんのちょっとだけかっこよくて、うまくて、楽しかったけれど、絶対言わない。



「オ世話ニナリマシタ」
かけつけた後藤さんに玄関で頭を無理やりさげられて、達海さんは機械音声みたいな社交辞令をのべた。
「またいらしてください」とが言い、
「もう二度と来ないでよ」と同じタイミングで俺が言う。
「本当に、ご迷惑をおかけしました。もう二度とやるなよ」
んーとあいまいな返事をし、靴のかかとをトントンし終わった達海さんが体をおこす。
「でもまたやっても怒られないと思うよ。俺のこと好きだから」
がギクリとしたのを見て俺は声のない絶叫をした。
事情を知らない様子の後藤さんはぽかんとして尋ねる。
「好きって、誰が?」
「持田が」
後藤さんが俺に「達海のこと好きなのか?」と尋ねた。
「そうなんです!あ、あの、蓮は昔から達海さんのファンで!それではお気をつけて」と顔を真っ赤にしたがバーンと扉を締めた。
閉まりゆく扉の向こう、自信で持ち上げられた唇の端を俺の動体視力は見逃さなかった。

俺は、今年のプレシーズンマッチ、東京ダービーにフル出場し、ETUを完膚なきまでにすりつぶすことを決めた。



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