【多目的運動場】ETU vs 東京V
「ETUの広報の」
「注射の持田さん」
朝10時、ホテル本館と新館のほぼ中間地点に位置する道路で、永田有里と持田紅葉が顔を合わせた。
お互い「あ」と目を見張る。
「あ、こ、こんにちは。私、ETUの広報の永田有里といいます」
「有里さん。隅田川総合病院の持田紅葉と申します。お久しぶりです」
「本当だったんですね。朝ごはんのときに後藤さん、うちのジェネラルマネージャからいらしてるって聞いて。あとヴィクトリーまで来てるって聞いてびっくりです」
「本当に奇遇なことですね」と微笑んだ紅葉は昨日有里がいた宴会場にも紛れ込んでいたのだが、酒王ははるか上座におわしたために、下座でうろちょろしていた紅葉は視界に入らなかったらしい。
有里と紅葉の足は同じ方角に向かっている。
「運動場ですか」
「はい。うちの連中がもうすぐ集合時間だってのに誰も戻ってこなくて。もしかして紅葉さんも向こうへ?」
「先ほど電話があって・・・あの、ETUとその・・・白熱した試合をするからって」
正確には「いまからETUをボコボコに負かすから見に来て。主に椿くんをボッコボコにするから」と不吉な電話があった。
「もーあの男どもときたら」
有里は愛情深いあきれたため息をおとした。
「ほんとーに。サッカー好きなんだから」
紅葉もうなずきたい思いであった。
リーグジャパンもジャパンカップも天宮杯も関係ない。
ただサッカーが大好きな大きな大人たちが集まって私服でひとつの小さなボールを追いかけて奪い合っている様子がまぶたにうかぶ。
かっこいいというよりは、母性が「かわいい」とその景色を形容していた。
寒いのだからケガだけはしないでね
ワイワイガヤガヤ、はしゃぐ声が聞こえる。
二人の視界に緑の芝生が見えてきた。
「きったねえぞ!いまそいつ当たったろうがっ!?」
「ちがいますよ黒田サン。顔面セーフじゃん、ね、堀?」
「つうか持田、おまえこそ取ったとき線超えてたじゃねえか」
「空中セーフっすよ村越さん」
「持田、まずは外野にボールを回そう。三角パスで狙うんだ」
「大丈夫ですか。堀さん。石神さんのボールもろ顔でしたけど」
「別に大丈夫だ三雲。だけど俺ちょっと用事思い出したから先帰るわ」
これドッヂボールだーーー!!?
二人の顎がガクーンと落ちた。
内野の持田から外野横のレオナルドへパスが渡った。
レオナルドはすぐさま外野正面の城西へと高いパスを送る。東京ヴィクトリーは何度もこれを繰り返し、ボールが動くたびETUの内野はそのポジショニングを後ろ走りで変化させなくてはならなかった。
やがて後ろへ走る足がもつれ、椿がセンターライン付近にふしまろんだ。
その瞬間、不運にもボールは持田の手中に堕ちた。
その距離、たった1メートル。
獲物も見下ろす眼がにぶく光った。
「ヒ、ヒィイッ!」
怯えきった椿に対し、持田は何度も投げるフェイントをして嘲り笑う。
「ギャハハ!ウケルー!」
小さな炎を吹き消すように、笑う声が立ち消えた。
「これで終わりだ、椿」
掴んだボールを深く後ろへ引いた。
そして
「コラー、いいおとなが何やってんだおまえらー」
寸でのところで、持田の腕が止まった。
達海猛の登場である。
有里はルーキーの無事を確かめ、ひとまず大きく息をつく。
彼はいつものジャケット姿に大きな黒マフラーをぐるぐる巻きにして、腕にはカラーボールを抱えていた。このカラーボールはホテルの売店で売っているものだ。
「達海さんもっと言ってやってよ。もう、ほんっとおバカたちなんだからっ。もしケガでもしたら」
苦情を申し立てる有里と、人知れずポッポする紅葉の横を達海は無言で通り過ぎた。
ピッチへ対峙し、立ち止まる。
「大人ならダブルドッヂだろうが」
達海は内野へとボールを投げ入れた。
「あんたもか!!」
達海が投げ放ったボールは大きな弧をかき、倒れていた椿の腕におさまった。
1メートルの距離に、王が在る。
Let’s Start GIANT KILLING...!
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