大会五日目――

先の試合では、チーム餓狼と第1試合を勝ちぬいたチーム女性格闘家が激闘を繰り広げ、フルセットの末、チーム餓狼が準決勝にコマをすすめた。
人気の高いチーム同士の対戦とあって会場には3時間経ったいまもまだ熱気がたちこめていて、観客たちは次の試合のゴングをまだかまだかと待ち望んでいる。

とりわけ、最前列にある特別観覧席の周辺が騒がしかった。
囲いのなかを見ようと近くの観客たちが身を乗り出しているのだ。
今回もビロードの椅子での横を陣取った紅丸は、身を乗り出して差し向けられた観客のカメラに雷を落として破壊する。
あらかた壊し終わると、斜め後ろをぎろりとねめつけた。
「なんであんたがいるんだ。試合が終わったばかりだろ、休んでろよテリー」
「闘いの場には来るさ、ファイターだからな」
にっと笑う男の帽子の奥に、餓狼のするどい眼光を見る。
狼は「ところで」と顔の向きを変えた。
「さっきは応援ありがとな」
「言っとくが、彼女が応援してたのはキングだ」
「キングの相手はジョーだろ。俺の時は俺を応援してたさ」
のショルダーバッグに結ばれている小さなぬいぐるみをつんとつつく。
「これでな」
「おとといアリーナのまわりのお店でいただいたんです」
「犬だよ」
「いや、オオカミだ。サンクス、あんたのおかげで勝てた」
「ふん」
ちゃん!このあと暇だったら、俺とワニ肉が食えるレストランに」
「ジョーも兄さんもいい加減にして!京も見てないで紅丸にやめるよう注意してくれないか」
「やめろよべにまる」
京が棒読みで要請に応じ、大門は腕組みして動かない。
さん!お水買ってきたっす!たくさん!」

チーム日本とチーム餓狼が一堂に会していては、観客がざわつくのも無理はない。
観客席でバチバチやっているのを見て、ユリがリングのわきから腕を振り回す。
「こらー!あたしのお姉ちゃんになる人にちょっかい出すなー!」
「ユ、ユリ、あまり大きな声を出すんじゃない」
「は!?お兄ちゃんあんなことされて悔しくないの!?もうさ、試合前にキスしてきちゃいなよ!キス!」
これを聞くや、リョウは唇を引き結んで黙り込んだ。
ロバートは首を伸ばしてその顔をのぞきこみ、ははんと顎を撫でる。
「おいおい、もうこれ以上カメラを集めてくれるなよ。二階堂家野鳥の会、もっとがんばってくれ」
アジトのマキシマは、回線侵入と暗号解除と画像加工と再暗号化に大わらわだ。
いままさに闘いをはじめようというリョウまでに視線を送りはじめては、会場のカメラも我先にその視線の先を映そうと殺到する。
ソファにだらしなく座るK'は冷房のリモコンを握り▽ボタンを何度も押し込むが、もう最低設定温度の16度だ。たまらず前のジッパーをガバと開けた。
「熱ッちぃ」
「暑けりゃ向こうの部屋の普通のテレビで見ればいいだろう」
「…」
K'は開けた前をバサバサやっただけだった。
思春期のはじまりを祝いつつ、マキシマはうつくしい顔を複数の架空の人物にすり替える作業に意識をもどした。もう本当においつかなくなる。
「さっさと試合をはじめてくれっ」
マキシマの祈りは届き、会場では先鋒の名が高々とコールされた。
一回戦でチーム怒が棄権し、不戦勝で勝ちあがってきたのはチームBlackCatsだ。
腹の出たジーンズ姿の男がリングにあがって大きく両腕を広げた。
実況が叫ぶ。
「見よ!この腕!この腹!わずか12のとき、襲い掛かって来たサーカスの熊を返り討ちにしたサウスタウンのならず者!不戦勝だったのになぜか負傷しているっ、ジャック・ターナァアアア!」
「うるせえ!よけいなことまで言うなっ!」
「まさかこんなとこで地元のチンピラにあたるとはなあ」
ロバートがあきれる横で、リョウは自分の頬をバシと叩いて気合を入れなおした。
試合に集中するためにもう見まいと思ったが、リングにあがる寸前、奇妙な視線を感じてもう一度観客席に目をやった。
の後ろに立つテリーが帽子のつばをわずかに持ちあげている。
実況の熱のこもった声が響く。
テリーは
「チーム龍虎の先鋒はこの男!すり切れた胴着は厳しい鍛錬の証!」
自らの首元のシャツを掴み
「極限流空手師範代!リョウ・サカザキィイイ!」
リングの逆サイドを指で示した。
リョウは目をみはり、見開いたままジャックを見た。

一歩、

二歩と、

足が体を闘いの場へと運ぶ。

「なんだ、あれ」
京が口にして、大門も表情を険しくした。
異変に気づいていたのはファイターたちだけだった。
氣を御する極限流の男の足元から、地獄の業火のごときどす黒いものが立ち上って髪を逆立たせている。
がテリーを見上げると、テリーは見事なウィンクで返して
「はじまるぜ」
「BURN TO FIGHT!!」の声とともに、試合の火ぶたが切って落とされ
リョウの手から放たれたとてつもなく巨大な氣の塊が、ジャックの身体を会場最奥の大型モニタまでぶっとばした。
衝撃で大型モニタの支柱が後ろに倒れ、もうもうと砂煙を巻き上げても、超満員のアリーナは水を打ったように静まり返っていた。
小さな破片がカランと軽い音を立ててこぼれおち、実況が思いだしたようにマイクをつかむ。

「…し、勝者、リョウ・サカザキ!」






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