0118 : クロト




この施設にはひじんどうてきがたくさんある。

”ひじんどうてき”はとにかく殴ったり蹴ったり痛めつけたり閉じ込めたり電気でビリビリ感電さしたり
そういうのを言うらしい。
白い服着たラボのオッサンたちが言ってた。
オッサンたちはボクたちが難しい話なんかわかりっこないと思ってるからボクたちの前でも
ベラベラとよくしゃべる。ボクはいつも聞いてないけど、ゲームにあきたときは寝たふりしながらとか
ゲームしてるふりをしながらたまに聞いてる。
あるとき、ええとあれはいつだったかな
忘れたけどこんなこと言ってた。

A「この実験は失敗だ、もう罪を重ねるのはよそう・・・」
B「なにを言うかね。実験は成功だ、こうしてサンプルも生きている」
A「生きているからこそこれ以上、非人道的な扱いをすることはできない!」

と、わめいて、仲間のオッサンBの手を振りはらったオッサンAは翌日からもう見なくなった。
辞めたのか殺されたのか。たぶん殺されたんだろう。
まあ、あのオッサンAに比べたら、ボクやオルガやシャニはよっぽど大切に生かされてる。
殺されないからね。
そうそう、他にも大切に生かされている奴を知っている。
名前は0090っていう。
ここにいる奴らはたいていオカシかったけど0090はおかしさがなんとなくちがった。
0090は暴れだしたりわめいたりしない。だからここでは0090のほうがおかしい。
あれがマトモという感じなのかもしれないけど、マトモな奴なんて見たことないから
よくわかんない。






0090とはよく第6研究所のクリーンルームで一緒になる。
クリーンルームは埃とかバイキンとかを落とすところらしくて、実験や検査の前はここで待たされる。
右と左と前と後ろと下と上が白い壁で右にドアがある。白いドアだ。前と後ろの壁にはでっぱりがある。
そこが椅子。壁と同じさわり心地で尻が冷たいので座るときはちょっとした気合が必要なんだ。
とにかくそこでボクと0090はよく一緒になる。
今日だってほら、クリーンルームに0090が入ってきた。


「クロト」

これは0090の声。

「また会えて嬉しい」

0090はボクたちよりもたくさんの知識や情報や教育を与えられているらしい。クリーンルームが
なんのためにあるのかとか、バイキンが傷に入ると痛くなるということをボクに言った。
だからボクは尻が冷たくないように椅子の座る座り方を教えてやった。手のひらを尻の下に敷いといて
手の上に座ってしばらくして手を離すと、そんなに冷たくない。これマジで。
クリーンルームの壁は白い。
0090も手足と顔も白い。
着ている服は薄いピンク色でボクのは薄い緑色。
ゲームの持ち込みは禁止。
退屈
ボクは返事をしなかったけれど、0090は正面の白い椅子に座った。
首にシールを張られてる。『tsf0090』というラベルで、ボクのは『tsm0118』だ。
ラベルの意味は知らない。
0090が名前を教えろというから前会ったときに名前を教えてやったんだ。
ボクは興味なかったから0090の名前を聞かなかった。
でも今日は暇すぎた。

「ゼロゼロキューゼロ」
「・・・」

0090はまるで自分ではないような顔をしてほうけていた。

「おまえだよ、0090」

首なんかかしげて、自分の番号わかってないのかこいつは。
0090がようやく自分とわかったらしくてこっちを見た。

「ああ、番号ね」
「おまえ名前とかあんの」
「ええ」
「なに」


0090は名前があった。
それじゃあ番号つける意味なんかますますわからない。
ボクもシャニもオルガもゼロゼロキュウ・・・じゃなくて『』もほかの奴らも
たぶん名前があるのに全員番号で呼ばれる。

「なんで番号ふってあるのかわかんねー」
「番号?」
「おまえは0090っていう名前じゃないのに0090だろ」
「クロトは0118ね」
「名前と番号って使い方同じじゃん、なんで二個もあるんだよ。メンドイ」
「そうね」
「だってボクをクロトって呼ぶのとゼロイチイチハチじゃどー見てもさあ」
「クロトは0110と0207の名前を知っているの」
「オルガとシャニ」
「オルガ、シャニ。・・・どんなひと」
「そんなこと聞いてどうすんの。関係ないじゃんおもしろくないし」
「そう?ごめんねクロト」

は名前を呼ぶ。
ボクの名前を呼ぶ。
ボクはクロト。
この呼ばれ方は新鮮すぎて違和感ある。たぶんが呼ばなかったらそのうち忘れる。
シャニあたりは今でも実は名前忘れてるんじゃないかと思う。
そもそもこの名前は誰がつけたんだ。
番号は研究所の白い服のオッサンたちがつけたんだろ。
じゃあ名前は誰だよ、いつ付けられたんだよ
なんでボクは名前を知ってんだよ、何に使うんだよ。

「おまええっと・・・、はどうやって自分の名前覚えた?」

は不思議そうな顔をした。なんでかわからない。
ボクはにバカにされるようなこと言ったのか。わからない。
は息を静かに吐きながら肩をさげた。顔が少し笑ってる。
でもバカにされてる感じじゃない。もっとこう、
バカにしてないかんじの、
もっと
こう・・・
なんて言うのかわからない。

「誰かに呼ばれたからだと思う、よく覚えていないけれど」
「ほんとか!」
「うん」
「ボクもなんかそんな気がしてたんだよ!そっかーおまえ結構ボクと同じこととか
考える奴なんだな。おまえほかの奴よりかわってるから違うのかと思ってたけど、
そっか、やっぱり名前ってやつは誰かが呼んだから付くんだな。思ったとおりだ」
「ずっと名前のことを考えていたの」
「ずっとじゃないけど、ここ暇だろ」
「クロトは暇な時は何をしているの」
「ゲームとか寝たりする」
「でも最近は名前について考えていたのね」
「ほんとにちょっとだけな。おまえがボクの名前きいたりするからだ」
「悪いことをした?」
「そりゃあ・・・別にいいけどさ。なんか変だよ」
「なにが」
「なにってだからナンカ変なんだよ」
「うん?」
「おまえはいっぱい物を知ってるけどボクは知らないもん、わけわかんねーよ!」
「そんなことはないわ。クロトはわたしと同じことを考えたのだもの」
「ま、まあね」


ビーっと、ブザーが鳴って、検査室のドアがひらいた。
言葉をしゃべるのはそこでおわり。


『0118、中へ入れ』


呼ばれた名前が名前を決めるなら、番号で呼ばれ続けたらボクは0118になるんだろうか。
のなのに0090になるんだろうか。
ボクがの名前を忘れたらは0090になって
がボクの名前を忘れたらボクは0118ってなるんだろうか。

あーだめだよくわかんなくなってきた。




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