0207 : シャニ




音聴いてる。
部屋に戻ってくるなりクロトがギャーギャーわめいた。
うるさい。ヘッドホンしてても煩い。

「オルガ、シャニ。って覚えておいて。ゼロゼロキューゼロの名前は!」

ゼロゼロキューゼロ・・・・・・・・・
0090
ああ、あの女か。
思い出して損した。
どうでもいい


「うるせえよ」


そう言うオルガも煩い。
0090とは明日の実験の前のクリーンルームで会うはず。
が名前。どうでもいい。
一度もしゃべったことはない。
三回視線が合ったことはある。
しゃべることがない。
しゃべる必要がない。
明日会う。
きっとなにも話さない。
あ、今聞いた名前忘れた。
どうでもいいか。





検査前に待たされるクリーンルームの壁は白い。
壁にくっついてる椅子も硬くて白い。
冷たい。
プレーヤーとヘッドホンの持込みは禁止。
つまらない。
音がおもしろいわけじゃないけど、もっとつまらない。


「あなたは・・・シャニ」


その音は声だった。
目だけで向かいの椅子の0090を見ると、0090は唇の端をあげた。

「よかった。名前しか知らなかったから、オルガだったらどうしようかと思ったの」

オレは応えない。こいつ言ってることがわかんない。

というの」

そういえば昨日クロトがそう言ってた。たぶんすぐ忘れる。なにも覚えていられない。
覚えていることがない。昨日あったことも一昨日あったこともたいてい同じことだから
今日も同じことがおこる。だから覚えている必要がない。そう思ったからかどうかは知らないけど
オレは何も覚えない。ああでも、グリフェプタンがきれると痛いのは覚えてる。あれは痛い。

「シャニ、なにか話してもいい」

オレは白い床を見た。
目をそらしたつもりだったのに、それがうなずいたように見えたらしくて0090はしゃべりだした。
この部屋は静かすぎて黙ってると耳にジーって音がする。
この音が一番嫌いだ。
なんでするんだこの音。
誰も何も音を立てていないのにオレにだけ聞こえる。
イライラする音だ。
0090がしゃべるとジーっという音が消えたから、オレは睨まずにしゃべる音を聞いていた。
しゃべる音は意味をもっていた。

「この椅子は冷たいね」
「・・・」

「おしりが冷たくなるね」
「・・・」

「シャニ、静かなときはなんでジーって音がきこえるのかしら」
「あんたにも聞こえんの」

「ええ聞こえる。ジーって」
「うるさい」
「私が?」
「ジー、が」
「よかった。私がうるさくて怒らせてしまったかと思った」
「嫌い」
「・・・わたし?」
「あんたの声のほうがマシ」
「ありがとう。私もシャニの声のほうが好き。ずっといい」
「あんたひとりでしゃべってろよ」
「それは疲れてしまうからふたりでしゃべりましょう。私は。あなたはシャニ」
「・・・」
「呼ぶ名前はもうわかったからきっとなんでも話せる気がしなくもなくないわ」
「言ってることわからない」
「私にもよくわからない。それじゃあわかることをしゃべりましょう」
「なにを」
「おしり冷たいね」














「・・・うん」


オレが返したとたんには唇の端をあげた。オレはそこで一度も名前を呼ばなかった。
ブザーのあとに『0090、中に入れ』と白いおっさんが三人でを連れて行った。
が白いドアの向こうにいなくなった瞬間、部屋はジーっと鳴り出した。
ジーと鳴ってる
なり続ける
イライラする
音をとめようとして床を足の裏でビタンビタンとたたいても音が消えない。
ジーとなってる。こぶしで固いソファーをなぐっても肩を壁にぶつけても
どうしても音がやまない。やめろうるさい!

音をとめろ

音をとめる声を返せ
せ返せ返せ
返せ返せかえせ
かえせかえせか
えせえかえせせかえ



緊急のブザーが鳴ったらしいが覚えていない。
『0207が暴走した、鎮静剤を打て』と誰がが叫んだ気がする。
それなのに音がきこえつづけている。ジーと。ジーと。

をかえせ」

叫ぶ声の合間にオレは初めての名前を呼んだ。
緊急ブザーも誰かの大声もオレの叫び声も音をけせない。
音をけせるのはヘッドホンとあいつだけなんだと思った。
はやくかえせ
頭いたい



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