0110 : オルガ
名前は覚えてる。
声も覚えている。
見た目も指で輪郭をなぞれるくらい覚えてる。
あいつのことを覚えている。
あいつの手の温度も全部覚えている。あいつは殺されたのかもしれない。
科学者たちが俺たちに期待した状況は、オードリーの命令に俺たちが従順に従うことだったらしいが
俺たちはオードリーの命令なんて聞く気はなかった。オードリーも命令する気なんてなかった。だってオレに
名前呼ぶなって言われてどうしたらいいかわかんなくなるようなやつなんだ。
だから実験は失敗だったんだろう。
あいつはやっぱり殺されたのかもしれない。
あいつのことは覚えている。
白い指先も声も言った言葉も全てだ。スカートの裾だけだったら絵に描けるくらい覚えてる。
あいつが呼んだ。
俺は「オルガ」、「オルガ・サブナック」
最初間違えられたけどナップザックじゃない。
「オルガ」
もう一回があるのかどうか知らないけど、もう一回あったらあいつもちゃんと俺のこと覚えて
ないとむかつく。またナップザックとか言われたら軽く頭突きだ、絶対。
0207 : シャニ
あいつ家に帰ったんだ。
大きなお城みたいな家に住んでたらしいって前にオルガが言ってたから。
シャンデリアっていう電気もあったって言ってた。身振り手振りでどんなものか説明されたけど
結局わからなかった。すごい電気らしい。どんなだよ。
最近またあの嫌な音をよく聞く。
あいついないからジーって音がきこえてくる。
ヘッドホンをしていても聞こえるから早くあいつにしゃべりかけてほしいのに、それなのにあいつ
最近いつもいない。
この前やってきたアズラエルというおっさんに「オードリーはどこ」と訊いた。
「オードリー?」
「ピンクの服」
「ああ、例の。君たちに命令しろというのに頑なに反抗したそうなのでお役御免となりましたよ」と
意味のわからないことを言った。
「誰か連れて行ったのか」ときいたら「まあそんなところです」と言った。
あいつ誰かに手を引張られて連れて行かれたんだ。
あいつの手は触られても嫌な感じがしない手だから
だれかに手を引かれて連れて行かれたんだ。
きっとあいつを連れてったやつらはあいつのことを0090と間違って呼ぶだろう。
でもそれでいい。
俺は知ってるあいつの名前。
俺が知ってればそれでいい。
音で覚えてる。
服の裾を掴んだ感覚まで覚えてるんだ、名前を覚えるくらいどうってことない。
「シャニ」と呼ばれた
合ってる
あいつはオードリーでオレは「シャニ」で
あってる
そういえば、誰にも言ってないけどオレは三往復も撫でられたことがある
0118 : クロト
会うたび知ったり知られたり覚えたりして、オードリーは突然「私をわすれて」と言った。
だからボクはそのとき言ってやったんだ。「もう覚えたからおまえはもうその名前だ」ってね。
ボクはその日、クリーンルームで白い服のおっさんをぶん殴って、そのあと後ろから
白いおっさんにパイプ椅子ぶつけられてボコボコにされたらしくてベッドに寝てて
そこにあいつが来てくれたんだ。シャニは前に廊下で会ったと言ってたから
うらやましかったんだけど、ボクもクリーンルーム以外で会ったのがはじめてでわりと嬉しかった。
それきりあいつを見なくなった。
オードリーとは会えないままボクたちは別の施設にうつった。
そこにはアズラエルというおっさんがいてモビルスーツというデカい機械があった。
そこで知ったこと。
あいつはボクたちを上手に使うために用意されたものだったらしい。
あいじょうとかいうのをボクたちにうえつけて操ろうとしたんだって。
操るとかいってそれギャグ?
頭いい奴らがそろってそんなことしようとしてたのかよバーカ。
操るって?ボクはオードリーには操られないよ。
ボクはボクであってオードリーじゃないもんね。
ボクは「クロト」だ。
ほかの事をすべて忘れても
あいつが呼んだからそれだけわすれない
いつまでもおぼえてるよ
宇宙、モビルスーツ、強い光
強い光のあとに 花畑
花畑が青空の下にひろがっていて
えーヤバイ、これってエデンじゃないの
ボクが身体を起こすと頭ぱこーんてぶたれた。
「おせーぞ」
「おそい・・・」
「オルガもシャニも叩かないの」
声
知ってる
目の前の顔
おぼえてる
声
ボクはあいつらとあいつの名前を知ってる覚えてるちゃんとちゃんと、忘れなかったよ
そして手
「行きましょう、クロト」
やさしい手
「ねえオードリー」
「うん」
「もう子守唄とか歌うなよ。ぼく子供じゃなくてあんたの恋人になるから」
ボクが言ったら
オードリーは
空と花畑のあいだ
歯を見せて微笑って
ボクはオルガとシャニにぱこーんて頭をたたかれた。
非人道的実験行為が繰り返される大西洋連邦研究施設で、ただ一度試された人道的検体制御実験。
薬物を使用せず脅迫的苦痛や電磁パルスによる精神制御も加えず、検体が依存する絶対的人物を刷り込む。
検体は当該人物に対して決して反意を持たず、命令を遵守する状況を理想とする。
プロジェクトコードは「M」
ママをつくろうとした
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