0118 : クロト



今日、ボクはの手に触った。
隣りに座って手の大きさを比べてからと手をつないだ。手の大きさは
あー
まあ

「ボクはまだまだ成長するからより大きくなるつーか、ちきしょう」
「きっとすぐね」
「すぐだよ」
「もしくは、私が歳をとっておばあちゃんになってちっちゃくなるね」
「なにそれ。ちっちゃくなんのは」
「歳をとったらそう」
「えー、今くらいでいいのに」
「どうして?」
「かわいいじゃん」
「わあ嬉しい」
「ちっちゃくなっても別にかわいいけどね」
「安心しておばあちゃんになれること言ってくれるね、クロトは」
「安心した?」
「安心した」
「ボクイイこと言った?」
「イイこと言ったわ」

恥ずかしくなってボクはの顔を見なかった。
周りの白い壁を見て、視線をうろうろさせてから
つないだ手を見た。
ボクの手が下での手が上だったから逆にした。
ボクの手よりほんの少し指の長いの手を包むように握った。
そうしたらはハッと顔をあげて
「これは恋人のようね」と

にがく笑った。

いつもみたいに明るく笑ってくれると思ったのにそうじゃなくてボクはびっくりした。
悪いことをしたような気分になった。





「どうしてそんな顔するの」

「これは、怒られてしまうもの」

「誰に!」




声を突然荒げたボクには目を見張った。同時にブザーが鳴って扉が開く。
『0090、中へ』と声が響いた。が立ち上がったけれどボクは手を放さなかった。
白い服のおっさんがこっちを見ている。

「あいつらのとこ行くの、やめろっ」
「クロト」
「怒るってあいつらだろあいつらがおまえに怒るんだろ!」
「クロト、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないバカ!おまえらなんか嫌いだを、を怒るなんて
絶対許さないからなクソヤロウ!」

殴りに行こうとしたボクの手を今度はが放さなかった。

「0090、0118をとめろっ!」
白い服は上ずった声で言った。

「待ってクロト」

待ってと言われてボクはすごく待ちたかった。
それにボクはの手を放したくなかった。
けど、振り払って扉の境界線を越えた。

「ひっ」と声をあげて両手を突き出した白い服に組み付いて肘を眼鏡に突き込む。
その横で仰け反っていたもう一人も中指を突き出した拳で頚動脈を殴り伏せる。


「ゼ、ゼロゼロキューゼッ、殺されたくなかったらこれをやめさっ」


殺されたくなかったら?
ゼロゼロキューゼロ?
殺されたくなかったら?
殺す?
殺される?
誰が?
ねえ、
おまえ
いま


「は・・・今おまえなんつったあああ!?」


鳩尾を蹴倒して腹の上に馬乗りになる。
爪を突き立てた指で首の肉を掴む。肉を抉った。
引き剥がそうともがく腕を避けて、口元を掠めた瞬間に噛み付く。汚ェ絶叫。
「やめろっ」
「なにを?」
今度手はグー
振り上げる。目掛ける先はもちろんその面だよ
あいつをいためつけるのなんてぜったいゆるさないぜったいさせない
ころしてやるころしてやるころしてやる
殺してやる殺し
















ほら



骨のもげる鈍い音






















「くろと」



顔あげる
ああ

なかないで
首の後ろにすごく固いものをぶつけられて脳みそがぐわんぐわん
白い床がせまってきてぶつかる前にの悲鳴をきいた。

そこからはもう思い出せない。









































にケガをさせないでって思っただけなのに
からだ痛い
いたいよ
おねがい
やさしい手
いたい
やさしい手にひどいことしないで











































「クロト、お願いがあるの」

眠りから覚めるとだ。夢の続きだ。

だ。がいる」
「そう居るわ。聞いて、聞こえるならば聞いて」
「聞こえる。これはの声での顔だ。手が欲しい。の手を見せてよ」

ボクがの顔に手を伸ばすとボクの手の甲はガーゼがはっつけてあった。
赤い色がにじんでる。
いつどうやってケガをしたのか考えている間に、伸ばした指先がのほっぺたに触った。
やわらかくて指先で押してみたらなんで手の甲を怪我したのか考えるのを忘れた。どうでもよかった。
だってあったかい。はいつもと違う顔をしている。なんで、喉が苦しいの?
が誰かに痛いことされたらボクがきっとそいつを殴るから。
にそれを聞こうとしたら、の手がボクの手をぎゅっと握ってたずねようとした言葉をわすれてしまった。
瞬きすると目が痛い。
なんでだ。
左目が見えない。
ガーゼがある。

「クロト、わたしも私の言ったことも忘れてすべて忘れるの、いいわね」
「えー?よくないよ。もう覚えたからはもうその名前だよ」
「お願い、わすれるのよ。私に関わるすべてと私を忘れるの」
「や」
「私の言うことなど他に何もきかなくていい」
「・・・」
「だからこれだけお願い。全てわすれて」
「・・・」

ボクはいつものようにふざけ半分の口調だったのにはどうしてマジなんだよ。
唇が震えてるのはなんで。
ねえ、ボクの傷の理由はいらないからどうしてそんなにが怖がっているのか教えて。
言葉が出ない。
ボクは今、の怖がり方に驚いて息もすえない。

「クロトならできる」
「・・・」
「絶対よ」
「・・・」
「わすれて」


えぇ?




































「どうしてそんなひどいこと言うの」







は目を大きく開いて言葉を止めてしまった。
ボクは身体を起こした。
このベッドは冷たくて固くてあの、クリーンルームの椅子に似ている。




「・・・そう、ひどいこと」

は何度もうなずいた。

「そうだよ。ようやくわかった?」
「ごめんなさい、クロト」
「別にいいよ。つーかなんでそんな痛そうな顔してんの。どっか痛い?」
「いいえ」
「嘘だね。にボクのグリフェプタン半分あげる。だから、もっと手をちょうだい」

は撫でてくれた
震える手はボクのガーゼをあててある頬にさわる。
やさしい手

「痛いの痛いの、とんでけ」
「とんでかないし」

ボクのすばやい突っ込みにはようやく笑ってから
とても静かに鼻歌を歌った。
子守唄だと言った。
ボクはの子供じゃない、むしろ恋人になるんだと怒ろうと思ったけど眠たくなったから寝た。
起きたら言おう。





<<  >>