うっかりの日





1st.うっかり

伴爺の国語(古典)は長い。
飽きた。

ケータイがぶるっと震えてポケットからそっと取り出す。
メールだ。
誰から。

ちゃんから!?
なになになに!?


「やたー!今日は迎えに来てくれるってーっ!!」

俺はうっかり声をあげ、席を立ってしまった。





「千石くん」

伴爺の穏やかな声音








「没収」



2nd.うっかり

授業終了後、職員室へ戻ろうとする伴爺を廊下で追いかけた。

「お願い伴ジー、ケータイかえしてー」
「今日一日、部活が終わるまでダメです」
「一生のお願い!」
「ダメです」
「このとうり!」

俺は結構本気で頭をさげてみた。

「大切なメールが来るんだ、大切な子から。俺マジでその子に
きらわれたくないから、お願いシマス!」

頭を垂れて目を閉じて、伴爺の言葉を待つ。



「・・・」



「・・・」



「・・・」



「・・・?」



顔をあげると、目の前に居たはずの伴爺がいなくてビビった。
あたりを見回すと、廊下のはるか向こうのほうで伴爺は職員室に入るところだった。


カチーン


「なんで返してくんないんだよ!そんなに性格悪いと宮モっちゃんみたいに
なっちゃうぞー!!」

おれは大声で叫んでやった。
ちなみに宮モっちゃんとは生活指導の体育教師だ。
ちなみに足が臭い。
ちなみに今職員室から出てきたのが宮モっちゃ・・・・・・・・・

俺はうっかり宮モっちゃんに捕まって、生活指導室まで連行されてしまいました。



3rd.うっかり

昼休みも半ば過ぎた頃、ようやく宮モっちゃんが開放してくれた。
教室に戻って南に愚痴った。

「んでさ、部活終わるまで返してくれないとか言うの、どうしよう」
「おまえが騒ぐからだろ」
「だって嬉しかったんだよ」
「他に連絡とったりとか、なんか方法ねーの?」
「携帯の番号とアドレス覚えてるけど」
「じゃあかければいいじゃんか。ほれ、俺の携帯」
「ちゃんのケータイに他の男の着歴なんか残したくない」
「・・・じゃ公衆電話」
「変な人から電話かかってきたらちゃんが汚れると思って
公衆電話と非通知からはかかんないように俺が勝手に設定しちゃった」

「・・・おまえ束縛しすぎだろ」
「ちゃんに変な男が付いたら嫌じゃん」
「おれそういうのよくわかんねーけど、その子のことも考えてやれよ。
わかんねーけど」
「うー、考えてるんだけど」
「ちゃんと好きなんだろ?」
「・・・うん」

今度、嫌かどうかちゃんにちゃんと聞こう。
南は癒し系だ。
ちょっと癒された。
ありがたい友達だ。
・・・なんかテレるだっちゃ。

「つ、つぅかさー!今日実は俺の誕生日なんですよねー!」

い、いかん!
うっかり動揺が声の調子にでてしまった。

「え、マジで?おめでと」
「あんがと。俺も今日の三時間目に女の子たちにプレゼント貰うまで忘れてた」
「おまえ自分の誕生日とか言いふらしそうなタイプに見えるけど」
「あー俺そういうタイプだよ」
「じゃあなんで忘れるんだよ」
「ちゃんのことばっかり考えてたから」
「・・・はいはい」

「千石」

東方が教室のドアから声をかけてきた。

「よーヒガヒガじゃん」
「さっき貸した古典のノート返して」
「あ、忘れてた。ゴミン」

俺は慌てて席に戻て机の中を漁った。
プリントとかぐしゃぐしゃに入ってて捜索は難航した。
呆れた東方が俺の席まで寄ってきた。
「ごめ、いま渡すからこのコーラでも飲んでて」
俺は持ってきていたコーラを無理やり渡した。
「あ、うん。いただきます」
「どうぞどうぞ」
えーっとどこにやったっけな。
えーと
「なんだよ見つかんないのか?」
南までこっちに来た。
「またプリント詰め込んで。いつまでもそんなだとさんに嫌われるぞ」

「・・・あー!!」

俺は東方が口をつけていたコーラを引っぺがした。

「な、なに?」
・・・なんてことだ。
「ヒガヒガに・・・ちゃんの唇奪われた・・・」

「「・・・は?」」

「だってオレ昨日の夜ちゃんとキスして今日の朝このボトルに口つけて、
そこに東方が口つけたから間接キスじゃん!うっわサイアクー・・・」

うっかりしていたー!!

「「・・・(この子病気かもしれない)」」








番外・うっかり


放課後、
山吹中正門の前に名門、青春学園の制服を着た少女がぽつんと立っていた。
下校する生徒たちにじっと見られてさっと俯く。

「おいおい、あの子ちょっと可愛くない?」
「ちょっとじゃねーよ。すっげ可愛いよ」
「でも誰か待ってるっぽいなー」
「一応声かけてみね?」

「ねーねー、いま誰か待ってるの?」
「・・・あ、はい」
「だれ?彼氏?時間あるんだったらちょっと俺たちとどっか行かない?」
「その制服青学だよね?かわいいねー」
「マジで俺たち奢るし。なんでも奢るよ?」
「名前なんていうの?」
「・・・です」
狼狽するを半ば無視して三人の山吹生は強引に話を進める。
「へーちゃん、何年生?」
「3年、です」
「あーマジで!俺たちも三年なんだ、奇遇だね」
「なんか待ってる人来ないっぽいしおいでよ」

少年のうちひとりがの手を引き、歩き出そうとした。

ドンッ

歩き出した少年の背が校門から出てきた生徒に当たった。
「イテ、あーごめ・・・・・・・!!」
振り返った少年の表情が固まる。
「・・・ぁんだてめェ」
少年がぶつかってしまった生徒は、

山吹の狂犬――亜久津仁であった。

少年たちの視点よりもはるか高い位置から、ぎろりと睨まれる。
眉がひそめられ
低く舌打ち。
少年たちの、声にならない悲鳴が響く。

「あ」

と、最初に声をあげたのは取り囲まれていただった。

「あ」

と、呼応するように声をあげたのは亜久津だ。

「おまえ・・・んなとこでなにしてんだよ」

(((お、お知り合いデスカーっ!!)))

「すすす、すみませんでした!」

瞬時にから手を離す。
亜久津はその少年の胸倉を掴み上げた。

「・・・ひっ!」
「やめてください」

中指を鍵状にして用意されていた亜久津の拳に、が触れる。
亜久津はそのを睨みつける。
一瞬たじろぐが、亜久津の拳をはなさない。
しばらくそのまま止まって、手を放したのは亜久津だった。
少年の胸をどんと押して、睨みつけるに留まる。
逃げる少年たちに再び舌打ちをくれてやった。






 * * * 

「・・・おまえ」
「ああ、よかった」
「なんでこんなとこにいんだよ」
「千石君を待っているんです」
「・・・まだ部活だろ」
「あ、部活・・・」
「終わるまで待ってる気か?」
「はい」
「あと二時間くらいおわんねーぞ」
「はい」

今年はやたら寒くて、まだ十一月だというのに行き交う山吹生は
コートにマフラー、手袋までしている。
それにもかかわらず、この女はブレザーとマフラーとスカート。
紺のハイソックスとスカートの間からのぞく膝がいかにも寒々しい。
カバンを前に持つ手も白くていやだ。

ずっとここで待っている気だろうか。

そうに違いない。
この女は馬鹿だから。

「中、行けばいいじゃねーか」
「でも、制服が違って目立ってしまいますし」

目立つ?
今も下校していく生徒がほぼ全員振り返ってこちらを見る。
俺が一緒にいることもあるのだろうが、この女単品でも目を惹く。
その例がさっきの連中だ。軽く一蹴すればいいものをこの馬鹿は。

びゅうと風が吹く。
スカートの裾がちらついたものだから目が離せなくなる。
うっかり校舎まで連れてきてしまった。


 * * *


「ごめんなさい、あつくくん」
「あくつだ、馬鹿女」
「ご、ごめんなさい・・・。あくつ、君。わざわざついてきてくれて」

テニス部のコートまでだ。
そこまで連れて行ったら、俺は帰る。
すぐに帰る。
居てやる意味も義理も、得もない。

校舎を巡るランニングコースはテニスコートにつながる。
イチョウ並木でもある。
並んで歩いた。

「ああ、山吹色」
「・・・」
「山吹は素敵な学校ですね」
「別に」
「素敵ですよ」
上の枝を見つめては笑い、下の落ち葉を見つめては笑う。
俺を見ても微笑う。
何を見ても微笑う。
俺を見ても物怖じせずに
それどころかさっき正門の前に一人で居た時よりもよほどユルんだカオをしている。
なんで。

「なんで、おまえ今日来たんだ」
「千石君のお誕生日なんです」

別に、なにも期待していたわけじゃない。
だから落胆もない。
俺はそんなうっかり者じゃない。
つーか、うっかりとかいうダサい単語自体、俺には当てはまらない。
女をコートまで連れて行って、さっさと帰った。
手を振られたからといって返す義理はない。

別に、なにもない。







4th.うっかり

結局、本当に部活がおわるまでケータイは返してもらえないっぽくて
俺はかなりイラつきながら練習をしていた。
練習といっても俺たち三年はもう引退したから、ボール出しばっかりだ。

 ク ソ つまんねえ。

「なー南、プレゼントなにもらえると思う?」
「しらねーよ」
「ひがむなよ」
「ひがんでない!ボール出ししてんだから話し掛けんな」
「オレはさー、こう、わたしをプレゼントします、って頬を赤らめながら言うってのかなー
なんて思うんだけど、どうだろう」
「誕生日だからって頭の中までおめでたくなってどうするんだよ」
「うまいこと言うねー」
「はいはい」
「うー、つまんね!」


「・・・あのさ、千石」

「なに?東方も飽きた?」
「あと10球出したら交代するよ。・・・それより、あの子」
東方がアゴで示した先には・・・

幻ではなかろうか。
コートを囲うフェンスの向こうに愛しい君の姿を見る。

ちゃーんっ!」

俺はラケットをぶんぶん振り回して愛を表現した。
あ、だめだめラケット1本じゃ俺の愛は語れない。
「ちょい南、ラケット貸して」
「え、あ、おい!」

あ、気づいてくれた!
こっちこっち、
俺はここに居るよ
あ、笑った!

「ラケット返せっての。それから部活終わるまで抜けんなよ」
「わーってるって。それよりも今の見た?俺が手ふったら笑った子、あの子が
 噂のちゃんね、俺の彼女、っていうの」
「わかってるって。いつも写真見せびらかしてるだろ」
「実物のほうが可愛いから言ってんじゃん!声とかもうメロメロにかわいいん
 だって。この前なんかさーお弁当を」
「つぎー、クロスのボレーやるぞー」

the無視みたいな?

まあいいや、早く練習やって終わらせよ。
それまではちゃんにイイトコ見せるゾー!
でもその前にもう一回愛しの君を視界にいれよう。

じー・・・





・・・ごちそうさま。

ん、でもなんかちゃんの視線が俺の目を見てないような
てゆーかちょっとなんか顔色が悪くない?
寒いのかな?
それならば今すぐそばに行きたい
俺があっためてあげたい

あ、笑った笑った。
よかった。

「せ・ん・ご・く!」
「はーい。ボール出しいきまーす」

んで、いいとこ見せようと思ってサーブ練のときに全部琥咆やったら
うっかりすげー汗をかいてしまった。
やっべ。このあとちゃんを抱きしめなきゃいけないのに。








5th.うっかり

ようやく練習がおわって、ギネス並の速度で着替えて、着替えてる間に
東方と南にギャッツビーを噴きかけてもらった。ナイスチームプレーだね!

学校のランニングコースから少しはずれたところにベンチがある。
並んで座った。

「あの、千石くん。これ」

小さなラッピングされた箱。

小さな箱は緑色の包装紙にオレンジ色のリぼんが巻かれていて
「うちのユニフォームみたいじゃん」
「うん」
「・・・俺に?」
「うん」
「あ、あけていいデスカ!」
ちゃんははにかみ、小さく頷いた。

いつもは包装紙をビリビリに破くのだけれど、これは慎重に、
ものすごく慎重に開けた。
だって俺は中身のプレゼントだけが嬉しいんじゃなくて、君の
心まで嬉しいのだから。
クサすぎて言葉じゃいえないのがツラいとこ。

こんなにふうに思ったのは
生きてきてはじめてだ。
死ぬほどドキドキする。

中身はリストバンドだった。
鮮やかなオレンジ色。


「あ、あの、テニスは手首や肘をいためやすいと読んで・・・でも、
ごめんなさい、千石君がもう持っていることを今まで知らなくて」


どうして泣きそうな顔を?

・・・ああ、さっき。

俺が部活してる時、こっち見てた。
青白い顔して、そういえばあの時俺の”顔”じゃないところ見てた。
手首。

俺は白いリストバンドをしていた。

ちゃんをじっと見ると、ああ、微笑う。
涙を湛えて微笑う。
違う、違う。
俺が今、表情をつくれないのはこれが期待はずれのプレゼントだったからじゃない。
決してそんなことないんだ。

泣かないで
泣かないで

声にならない。
声をかけた瞬間に、君の涙がおちてしまいそうで






「・・・俺」
よかった、まだおちない。
「今日ほかの子からもプレゼント貰ったんだよ。リストバンドも三個貰ってさ」

途端にちゃんの目がぎゅっとつぶられる。
ばたばたと涙がおちた。

俺の手の中にある箱を掴んで、引き戻そうとする。
箱をとろうとする細い指の震えが君の懸命さをを物語る。
俺はそれ以上の懸命さをもってして、絶対に放さないけれど。

「オレンジのも一個あった」

またおちた。

箱を放さない俺の手を引き剥がそうとし、
それができないのがわかるとやり場のない手を再び箱に戻す。
指先が俺の手に触る。

驚くほど冷たい。

「今まで使ってたのも今日もらったのも全部捨てるから」

箱を奪おうとするの細い手首を握る。
か細さにまた驚く。

「ほかの奴なんかオレはしらない」



「だけでいい」



「誕生日ありがとう」
俺が云うと、
おかしい、と君は笑った。
唇で涙をぬぐってやるとくすぐったそうに俺の肩にもたれてきて

「清純くん」

と囁いた。

ああ、ちょっと、マイハニー。
そういう反則技はもっと人が居ないところでやってくれないと。
うっかりセイジュンじゃないことしたくなってしまうので

これ以上、俺の名前を呼べないように、
君が困ってしまうほど深くチッスをした。


言いたいことあるんだけどさ、
今は感動しすぎて言えそうにないから
あとで手紙にしたためようと思います。