「なあなあジェイド、何か昔の話してくれよ」

若者達に昔話を要求された。
今宵はひとつの大きなテントを張って、その中に公爵子息、王族、魔界の音律士、伯爵、導師、導師守護役、そしてチーグルが円を描いて横になっている。
彼らは粗末な布に包まりながら死霊使いに視線を寄せた。

「まあ、それは素敵ですわ」
「そういえばまだ眠るには早いしな」

ルークの提案にナタリアが乗っかり、ガイが援護した。

「昔の話ですか?あいにく怪談くらいしか知りませんよ」
「か、怪談!?」

ティアがしゃっくりのような声をあげる。

「そういうんじゃなくてえ、アニスちゃん大佐の昔の話をききたいでぇ〜す」
「楽しそうですね。僕も聞いてみたいです」
「私の昔の話も怪談並みですよ。死霊使いですので」
にっこり

「ややややっぱりみんな明日も早いことだし寝たほうがいいわ。そうに決まっているそれしかないわそうと決まれば」
「ジェイドが若いときの話しろよお!おっさんなんだからなんかあんだろ?」
「言ってくれますねえルーク、明日の戦闘でおっとうっかり何かしてしまいますよ?」
「お、おれも寝ようかな明日早いし・・・」

ティアはルークという仲間を手に入れたが、

「そうは行きませんわ。さあ大佐、お話くださいませ!」

ナタリアがうつぶせの格好で頬づえをつき、すっかり“修学旅行体勢”に入ってしまった。
そこにアニスが続き、イオン、ガイも同じ姿勢にはいった。
ミュウだけは寝ている。
「ですの」
寝言だ。

「仕方がありませんねえ」

ルークがうつぶせになった。ティアもしぶしぶ。

「むかしむかし」

若者たちのまなざしがそそがれる。

「あれは6年前。私がまだ20代の、少佐の頃のことです」






誰の目から見ても、その時のジェイド・カーティス少佐は笑いながら怒っていた。
なんで怒っているんですかとでも尋ねようものなら
「いえいえ全然怒っていませんよ」
とにっこり怒気を振りまくに違いない。だから第三師団の誰もカーティス少佐の半径3メートルには入らないよう、巨大な地下空間を進んでいた。
『新しい遺跡を見つけたが深部の扉が開かない。協力を求む』
遺跡調査隊のそんな要請が、不幸なことに第三師団に降ってきたのは一週間前のことだ。陸上装甲艦タルタロスを引っさげて、第三師団のうち200余名が今日ようやくこの辺境の遺跡にたどり着いた。
師団を指揮すべきカイン少将は「戦闘ではないから」という理由でグランコクマに残っている。現地における最高指揮官はジェイドだ。


アニスがいう。
「それってつまりぃ、古いジャムの蓋が開かないから開けてくれ〜ってことですかあ?」
「おや、うまいこといいますね。まあ、新たな古代遺跡の発見は歴史的にも、譜石埋蔵の可能性を考慮しても重要なことですから、軍を使ってでも遺跡を網羅したいという議会の気持ちもわかります」
「ジェイドに頼むなんてマルクトの議会はいい度胸だな」
「あなたもいい度胸ですね、ガイ」
にっこりと返して昔話をつづけた。



と言う割には怒っているカーティス少佐が歩いているのは、発掘隊の調査によれば2000年以上前の地層である。
地下は迷路のように入り組んでおり、岩がむき出しの岩窟だ。この岩窟は自然物ではなく「自然洞窟に似せた人工洞窟」であることは既に報告されている。そして2000年間の長きに渡り崩れることなく在り続けている。それは古代にこの地域に住んでいた人々が今日よりも優れた建造技術を有していたことの証明であった。
そして迷路の先、立ち向かうものを圧倒する巨大な扉が現れた。



「スペクタクルですわ!」
「で?で?やっぱりジェイドの大技でドッゴーン!!ってやったのか」
「やりました」
「で、中は!?」
「開きませんでした」

しれっと言った。

「おかげさまで扉の前まで三日間かけてタルタロスを引き込んで、至近距離から主砲を五発。崩れたら全員生き埋めですので譜術隊に防御障壁を最大展開させて大掛かりな作業になりました。でも壊れないんですよ、これが」
「す、すごい扉だな・・・」
「すごい扉だ。皆そう思いました。押しても引いてもびくともしなかったもので」
「どうやって開けたんですかあ?」
「ためしに歩兵二個小隊に下から持ち上げさせてみたら開きました」
「「「は?」」」
「観音開きの形をしているのに、まったく恐ろしく腹の立つ文明だと思ったものです」
「商店のシャッターみたいね」



ちょっと持ち上げるとガラガラガラとあとは自動で開いた商店のシャッターのような扉の向こうは氷の世界であった。
ドーム型の高い天井のもとにグランコクマの王宮にある大広間ほどの空間が広がり、足元から視認できる冷気が這い出してきた。明かりがなくともその全体が確認できるのは、岩壁を覆いつくす氷の中に、緑色発光ゴケが光を保ったまま凍りついているからだった。
発掘隊と第三師団は皆ゆっくりと首をめぐらせながら、足を踏み入れた。



「お宝ざっくざく!?」と別の意味で目と輝かせたアニスが身を乗り出す。
「アニスったら情緒というものを大切にしてくださいまし。幻の妖精ですわよね!」とナタリア。
「幻の宝剣とか!?」とルーク。
「幻の音機関だろ!」とガイ。
「幻のかわいいものじゃないかしら!」とティアが言うと一同の視線が注がれたので、「な、なんでもないわ・・・」と肩を小さくした。
「やっぱりお宝ざっくざくですよねー大佐?」
「お宝ざっくさくでないとこちらも採算がとれないので期待していたのですが、空間の中央に一本の巨大な氷柱があるだけであとは岩と氷の世界でした」
「なーんだ。つまんねー」
「けれど氷柱にはとても美しい女性が眠っていました」

若者達は一瞬で沈黙した。ジェイドがここまでのふざけ半分の話し口調と同じテンポで話したからだ。

「・・・雪の女王ですわ」
「ば、ばーか!こんなのジェイドの作り話に決まってるだろ」
「まあ!バカとはなんですルーク」
「そうよルーク。話の続きを聞きましょう」
遺跡の奥の雪の女王の登場に女子が色めき立った。あのティアまでロマンティックな恋物語を期待し、わずかに瞳に輝きを宿してジェイドを向いた。

「雪の女王はどんな姿をしていたのですか?」

「後の研究で彼女が着ていたものは古い民族衣装の“キモノ”と呼ばれるものであることがわかりました。そして、そのキモノは元は白かったようですが血でまだらに染まっていた」

「や、やっぱりもう寝ましょうか。明日も早いし」
ティアが一転逃げ腰になった。

「結局その氷柱以外、財宝もなく譜石も資料さえ見つからず第三師団は引き上げました。往復で14日間に及んだ遠征費、兵士の食費、滞在費、主砲5発、タルタロスの整備費、その他諸経費を合計すると議会からの批判は免れない重大な事態に陥りました。そこで私は遠征にかかった第三師団の経費を全て遺跡発掘隊になすりつけ、発掘隊は今でも当時の費用を分割で払い続けているとか」

「いやあ恐ろしいはなしです」とジェイドは感慨深く言い、アニスが「うんうん」と頷いた。

「ジェイド・・・そのオチはないんじゃないか」
「ガイの言うとおりです。雪の女王はどうなりましたの!見目麗しい騎士とのラブロマンスはどこです?」

見目麗しい騎士がジェイドの話のどのあたりで登場したか誰も思い出せなかったが、ナタリアは不服を訴えた。

「分割払いのせいで発掘隊の予算は最小限になってしまいましたので、今もって雪の女王の真相はおろか古代都市がなぜ滅びたのかさえわかっていません」
「ロマンを求めるのにもお金がかかるっていう、ふかーい教訓のある話だねえ」
「ジェイド、その女性はその後どうなったんですか?」
「とっくに亡くなっていましたよ。2000年も前に」
「残念ですわ・・・せっかく途中までロマンチックでしたのに」
「つまんねー。これならふつーの怪談のほうがよっぽどおもしろな」
「おやそうでしたか?ではもうひとつとっておきの怖い話を」
「みみみみんなもう寝たほうがいいわ!即座に寝て、さ、さもないと謳うわよ!」
「はーい、アニスちゃんもー寝まーす」

次々に仰向けやら横向きやらに姿勢を変えて、おやすみなさいの姿勢にはいる。
若者たちの寝息が聞こえ始めたころ、ジェイドはまだ目覚めていた。
暗い天井を見つめる。
懐かしい話をした。
懐かしい話の中で嘘はひとつだけだ。



2000年間、氷の中で彼女は生き続けていた。



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