遺跡で見つかった人間の解凍作業は成功した。
多少衣服の繊維が壊れたが、首都へ帰還途中のタルタロス艦内でやったにしては上出来だろう。

「少佐、お待ちしておりました」

私が処置観察室に入るとパロム衛生兵、治癒術隊所属のリディア曹長がパネルを操作する手をとめて席を立ち、敬礼した。
「ご苦労様です。そろそろ起きそうだと聞きましたが」
「はい、脳の波長から見ればもういつ目覚めてもおかしくありません」
「そうですか」
特殊装甲ガラス越しに処置室を見た。観察室の壁の半分以上を占める装甲ガラスはマジックミラーの機能も持っており、処置室の内側からは我々のことは見えない。



患者用のガウン姿を着せられた娘が緩慢な動きで起き上がった。
目を擦ってから、見知らぬ服、見知らぬ寝場所、見知らぬ計器とケーブル、見知らぬ密室の順に発見した。
「眠ってても美人でしたけど、起きたらますます美少女だ」
調子がいいことで女性から大不評のパロム衛生兵が言う。
「少佐、いかがいたしましょうか」
「覗き見は心苦しいですが、もうしばらく様子を見ましょう」
娘は腕に張り付いていた計測用のシールをはがすと、不安げに眉根を寄せてあたりを見回す。

「たれぞ おらぬのか」

「うわ!しゃべった」
「おや、予想がはずれましたね。我々には解読不能な古代語を話すかと思いましたが手間が省けて大変結構」

向こうの音はこちらぬ筒抜けだが、こちらの音はマイクをONにしない限りは聞こえない。

「たれか・・・めのと めのと」

めのと、というのは聞いたことがない。人名だろうか。
なかの娘は大地の起伏を走って艦が揺れる度、びくりと肩を震わせた。
黙って耳をすましても、低い機械音と、ルグニカ平原を走行するタルタロスの微振動があるばかり。
おそるおそる施術用の寝台から降りて、部屋の左に扉を認めた娘はその開放を試みたが、こちらで操作しない限り扉は内側から開かないようになっている。
ドン!とスピーカーから音がした。押しても引いても横に引っ張っても開かない扉を叩き始めたのだ。

「めのと めのと」

振り上げた腕は子供のような細さで、戦艦の重い扉は打ち破れるはずもない。
続けざまに扉を叩く音。
「“めのとめのと”とバカみたいに。ああ、手が切れていますね。覗きはここまでにしましょう」
ガラスの透明度を上げるときれいな顔がこちらを向いた。音声をONにする。
「驚かせて申し訳ありません。私はマルクト帝国軍第三師」

バシン!

音がしたのと、艦が大きく揺れたのと、特殊装甲ガラス全面に見事な蜘蛛の巣状のヒビが入ったのを見たのは同時だった。
一旦マイクをOFFにする。

「・・・こちら観察室。ブリッジ、今の揺れはなんです」
伝声管から「申し訳ありません。大きな窪みの上を通ったようです」と返る。
「了解しました」
パロム衛生兵とリディア曹長は驚いて顔を見合わせている。巡洋艦の艦砲射撃にも耐えうる特殊装甲ガラスが割れたのと、ガラスの向こうで美しい顔がこちらを睨んでいることの関連性を認めるべきか、否か。
「二人とも、二歩下がりなさい」
パロムとリディアの二人は言われたとおりに二歩さがる。その時もう一度機体が揺れて、ガラスは細かな破片となって落下した。マイクを操作する基盤はガラスの下に埋もれたが、もう必要もなかった。

「話しやすくなってよかった。マルクト帝国第三師団所属、ジェイド・カーティス少佐です」

言いながらメガネを指先で押し上げる。

「めのとはどこです」
「めのとさんがどなたかお教えいただければ捜索に協力することを検討しましょう。いえ、発掘に協力、でしょうか」
なにを言っているかわからない、という顔だ。
「わからなくても仕方のないことです。我々の計測ではあなたは約2000年間コールドスリープ状態にありました。冷凍睡眠、でわかりますか。そして昨日我が軍があなたを解凍したというわけです」

「・・・なにを」

声が震えた。
言葉は理解できたがその上で意味を理解しがたい、といったところだろう。
「おや、確実な情報を明確にお話したつもりでしたがご理解いただけませんでしたか」
我々への恐怖と混乱で言葉を失っている。
「我々の生きるこの時代には、あなたの生きた時代の記録がほとんど残されていませんので、なぜあなたの住んだ都市が資料も建造物もすべて焼き尽くされた上で滅びたのかはお答えできかねます。それと、なぜ”めのと”さんがいないのかについても、あなたの協力がなければ調べることができません。わかりますね」

「ほろびた」

子供特有の大きな目が見開かれ、ほうけたように発音した。

「残念ながら事実です。あなたの都は滅びた」

告げると、細く息をのむ音がして、彼女はそれきり立ち尽くした。



特殊装甲ガラスの最後のひと欠片が静かに枠から落下した。



<<    >>