「さて、まずは何を尋ねますか」

陸上装甲艦タルタロス船内の一室で、遺跡で見つかった少女の尋問が行われた。
狭い部屋には四名、一人は書記役のギルバート事務官、一人は入り口で銃を持って起立している女性はポロム譜術隊長、私、そして机を隔てて少女が座す。

彼女は暴れないよう、手足を縛られた上で厚手の布袋に入れられて、首だけ出ている状態だ。さらに袋の外側から結束用ベルトが巻きつけられ、子供にするには過剰と思えるほど厳重に拘束されていた。
幸い暴れることはなく、自殺を試みる様子も見られなかった。

「苦しくはありませんか」
私は“よい人”のするような笑みをたたえながら尋ねる。
「…」
「苦しくないですか」
二度目言われるまでたっぷりぼうっとしてから、うなずいて応えた。

「よろしい。これから我がマルクト帝国の法に従いあなたを尋問します。この場で話した内容は全て記録され首都到着次第議会に報告されます。その後のあなたの処遇は議会において決定されます」
「…マルクト帝国の法を存じません」
「いまの宣言は形式的なものです。聞きたいこともあるでしょうが、こちらからの質問に答えることを優先していただけると助かります」
少女は考えるように視線を逃がしてから私の目を見ずうなずいた。


つい昨日の夕方、彼女が敵意をむき出しにしたのと同じタイミングで特殊装甲ガラスが割れたわけだが、ガラスについては保証期間内だったので、取り付け不良として製造元に対する交換要請を起票するよう指示しておいた。

「ではまず、お名前は」
と申します」

肌の色も髪の色も、顔立ちもどことなく異質で、際立って美しい。筋肉のきの字も知らないような細つきは子供のそれに近い。
敵意は感じられない。

「ファミリーネームはどちらですか」
「ファミリーネームとはなんですか」
「あなたの一族を示すのはですか、ですか、という意味です」
です」

素直なものだ。

「年齢と生年月日を言ってください」
「16歳です。誕生日は王暦0年0の0」

書記役が何事かと振り返った。

「…生年月日をもう一度お願いできますか」
王暦0年0の0」
「我々の年号で言えば現在はND2012年なのですが、その王暦というのは年号ですか」
「はい。…王暦は当代の王の名を冠するのが通例です、と…思います」

不審な視線を私とギルバート書記役から感じ取ったらしい。
すんなり尋問できると思ってはいなかったけれど、これはどうしたものか。
2000年間コールドスリープしていた古代人であるなど、正直なところあまり信じてはいなかったのだ。
まさか本当に古代人なのだろうか。
それともスケールの大きな虚言癖を持っているのだろうか。
あるいはキムラスカが大胆に送り込んできたスパイだろうか。見れば見るほど長い睫も、白い肌も、可憐な唇も男を篭絡するに充分だ。誘惑する豊満な身体、については発展途上の様子だが。
それ以上「王暦」につて追求はせず、そのとおりにギルバート事務官に記録させた。

「ご出身は」
「赤の都」
「そうですか」

予想通り、聞いたことがない。
キムラスカであるとか、マルクトであるとか、イスパニアであるとか、ケセドニア、ルグニカ、そういった国名や地名ですらない。これもまたその通りに「あかのみやこ」と記録してもらった。いつかボロがでることを期待して進める。

「質問を変えます。あなたはなぜあの地下空洞で氷づけになっていたんですか。わかる範囲で答えてください」
「こおりづけ」
「なっていたんです。厳密には凍結していた成分は氷ではないようですが、目下調査中ですので便宜上氷づけと表現しています」
「わたくしは、先ほどまで宰相と一緒におりました」

ぽつり、ぽつりと話しはじめた。

「宰相というと、我々の時代には政治を行う官吏をさしますが、相違ありませんか」
「相違ありません。政を行う上での王に次ぐ最高官職を指します。議会の長です」

王制、宰相を頂点とする議会制。創世暦時代とはいえ、統治形態はマルクトやキムラスカとそう変わらないらしい。

「それで宰相殿と氷づけはどう関係するのですか」
「眠る時間になっても傍仕えの者が来なくて、その代わりに宰相が部屋に入って参りました。どうしたのかと尋ねても何も答えてくれなんだ。どうして何も答えてくれないのかと尋ねても何も。それから部屋を出たら、城が、燃えていて。抱きしめられたら急に眠たくなってしまって、けれど目を閉じたのなど一瞬だけです、つい、さっき」

言葉が途切れ途切れになっていった。
ぼうっとしたうつろなまなざしは私に向けられているが、私を知覚してはいないだろう。
自分の中の記憶を見ている。。

「絶対に声を出さないようにといわれて、誰かに追われているのかと聞いても何も答えてくれなかった。…あれはケガをしていたのに、目を手で隠されて足音が減って」

「落ち着いてください」

「真っ暗で、何も見えなくて、声が、ああ、はやく戻らなくては、ひどい怪我を、めのとが死んでしまうかもしれないっ」

もはや彼女が口にする言葉はことは断片的な叙情であって、他者に理解されることを目的としていない。
彼女は状況を思いつく順に述べるうちに興奮状態に陥った。

「落ち着きなさい」

言葉は届かず、呼吸を乱した袋詰めの身体が大きく揺れて、パイプ椅子と一緒に転倒した。
拘束された身体はもぞもぞとしか動けていない。勤勉なポロム譜術隊長はそのもぞもぞに銃口を差し向けている。
面倒だ。
こんな仕事は子供好きのボランティアにやらせればよい。
ため息をひとつついて席を立ち、ポロム譜術隊長の銃口を制した。

「お嬢さん」

噛み付かれない程度の距離を開けて「」という「16歳」の、「なんでかよくわからないが本人の知らぬ間に氷づけになっていた」と主張する少女を見下ろした。

「私はマルクト帝国の軍人です。あなたの話とあなたの居た場所を信じるならば、あなたは2000年以上前の人間ということになります。マルクト帝国は2000年前の国とはエンもユカリも因縁もありませんので、我々はあなたの知り合いを殺したこともなければあなたの命を脅かす理由もありません。わかりますか」

少女のもぞもぞは、私の言葉の半ばから止まっていた。
うなずきはしないものの、大人しくなった。
長い髪が乱れて目の辺りが隠れている。
「少佐・・・」
ポロム譜術隊長は感慨深くつぶやいた。少女を刺激しないよう穏やかに語りかける姿に、ポロム譜術隊長は心の中で“カーティス少佐”の評価を引き上げてくれたらしい。
そして私は、哀れっぽい少女にひときわ優しく続けた。

「我々はただ、あなたの発掘にかかった経費の元を取りたいだけなのです」

「少佐…」

“カーティス少佐”の評価を引き下げさげたらしいポロム譜術隊長の声を聞いた。



<<    >>