「おぉ、ジェイド坊やぢゃあないか」
「ご無沙汰しております、マクガヴァン元帥」
「うむ。話は聞いておる。入りなさい」
「は。失礼いたします」

元帥はジェイドが生まれる前からこの執務室の元帥席に座っているらしい。話し方がのんびりしているので一見ただの年寄りに見えるが、ボケるどころかその知恵と才気は老いてなお冴え、枝を広げるばかりである。

「聞いておる。聞いておるぞ。女性隊員のスカートの長さの変更についてだったか」

ボケも枝を広げ始めているのは年齢上致し方ない。

「違います閣下」
「スカートは短ければ短いほどよい」
「…」

ジェイドは答えず、指先でメガネを持ち上げる仕草をしてから手元の書類に視線を落とす。

「三ヶ月前にくだんの赤の都遺跡南、地下150メートル地点から発見された人間について研究部門から調査結果が出ましたので報告申し上げます」
「それなんでわしに言うの?」
「軍事転用可能な知識を有している可能性を考慮し、調査は最少人数で実施。また最終調査結果は研究部門管轄長から直接閣下にご報告するように、と二ヶ月前に議会より指示が出されています」
「ふむそうだったか」

ボケたふりをしているのか、本当にボケているのか。
真実は顔と一緒に髭の奥にすっかり隠されている。

「では、聞きましょう」

年季の入った木卓にひじを立て指を組み、声だけ妙に冷静だからあなどれない。
ジェイドはマクガヴァンに資料を渡すと、手元の報告書を読み上げた。

「初期調書で報告いたしましたとおり、名前は。現在16歳。生年月日は我々の暦とは異なるため実質不明。出身地・住所は遺跡南端にあたる平野に建造された33階層から成る高層建造物最上階との旨を供述しています。現在までに該当する建造物は確認できていませんが、供述地区付近に高層建造物の痕跡はいくつか確認されています。そちらは別添の資料をご参照ください、。職業は当該遺跡地域に推定2800年前から2000年前に存在した古代国家の王と供述していますが、裏づける物証は未確認です」

「待ちなさい。少佐」

資料を見る元帥の手がある場所で停止した。

「こ、これは本当なのか」

あの老獪・マクガヴァン元帥が驚愕する様子など初めて見た。
「彼女の言葉に虚偽がない限り本報告に偽証や根拠のない憶測は含まれておりません、閣下」

つまり彼女が嘘をついていれば大方嘘を報告していることになる。ジェイドのやる気の無さが覗えた。
バン!
と元帥は突然資料を机にたたきつける。
表紙の次のページを破り、ジェイドに向けて突きつけた

「これを見んか!」

表紙の次のページは調書だ。写真も添付してある。

「ものすごくかわいいではないか!」
「その調子でプロフィールは真剣に読んでいただくとして、続いて能力調査結果を報告いたします」
「日に日にスルーがうまくなるのう」



譜術素養測定、筋力測定、瞬発力測定、体力測定はいずれも平均を大きく下回った。
知能測定、記憶力、その他の技能に関しては中の中。

「本人曰く、城を出たことがない上、政は乳母兼宰相の“めのと”なる女性にまかせっきりで一度も関わったことがないそうです。2000年間朽ちない地下空洞、人間を2000年冷凍保存しておける技術とタルタロスの主砲でも壊れない扉を作った王国の王様のご趣味は、窓から外を眺めること」

「残念じゃのう。まあ16歳の可憐な乙女にロストテクノロジーを求めるのは無理があったか。議会がぴーちくぱーちく文句を言ってきそうじゃわい」
「第三師団の経費については遺跡調査隊になすりつけましたので、まあ我々が議会から批判をうけることはないでしょう」
「おお、それはいいね。今娘はどうしてるのかね?」
「マルクト軍第一研究所に収容しています」
「性格は?」
「報告書にあるとおり“温厚”かと」
「もちょっと詳しく。エロいとか。色っぽいとか」

「・・・チ」

「わし、最近耳とおいから舌打ちとか聞こえない」
「・・・温厚というかぼんやりしているというか。放っておくと日がな一日両手を膝の上においてぼーっと窓の外を眺めていますよ」

鉄格子つきの小さな窓からは空しか見えないというのに。
マクガヴァン元帥は感慨深そうに資料を見直した。

「ふむ、今度会いに行ってみようかの」
「・・・」
「それで?少佐が見るに、軍事転用は不可能なのかね」

急に少佐と呼ばれてジェイドはエロジジイを蔑む視線をやめた。

「彼女を収容した部屋の特殊装甲ガラスについて交換申請が出てたろう。別々に報告したからひっかからぬと思ったのかの。伊達に書類に判子ばっかり押してないぞ」
「あれは初期取り付け不良として製造元から報告書と再発防止策が提出されています」
豊かな髭だか髪だかわからない白髪の奥から、チラと元帥の目がジェイドを射た。

「あ、そ」

素っ気無く会話は途切れた。
見られたのは一瞬だったが、マクガヴァン元帥はジェイドがあの事故を初期不良によるものと完全には信じていないことを見抜いた、のかもしれない。
ジェイドは何も返さなかった。
いかなる調査をしても結局、彼女が特殊能力を持っているとか著しく譜術の素養があるとか、そういった結果は得られなかったのである。ロストテクノロジーはおろか、ひとりで服を着る方法も知らなかった。

「まあいい。軍で利用できないならマルクト国民の血税で飼っておく必要はなかろう。少佐のよいように開放したまえ」
「・・・」
「残りの資料は読んでおくからもう下がってよいぞ」
「・・・承知しました」

この老獪、帝国軍人に子供の捨て方を任せてきた。



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