椅子に掛けたままぐったりとしている少尉の手から、ワイングラスを放させ、身体を持ち上げた。

ふわっ、という表現を使いたいところだったが脱力した人間を持ち上げるのは、たとえ少尉のような華奢な人であっても大変なことだった。
ただし、薄い布ごしに伝わる感触は悪くない。
においも。



扉を開けようとすると、自動で扉が開かれた。
ラーベナルトが開けてくれたらしい。いたのか、と思う。

「すみませんが、客間に運ぶのを手伝ってもらえますか」
「申し訳ありません旦那様。歳のせいでひどい腰痛がございまして」
アイタタタとわざとらしく背を叩いた。
「あらいけない。あたしったら客室の暖炉に火を入れるのを忘れていましたわ」
この主にしてこの執事あり、というところか。

「わかりました」

ため息をついて、重い足取りで階段を上ることにした。












自室のベッドに少尉を沈めて上から眺める。
横向きになっていると腕や首や胸から腰にかけての線がくっきりと映る。
誠においしそうではあるが

「少尉」

すぅ、すぅ、とすこやかな寝息。

「ここまで来て寝たふりはいささか卑怯ではありませんか」

ベッドに乗り上がり、少尉の身体を上から覆うように四肢をつくと、二人分の重みを受けてベッドが軋んだ。
本当に美しい姿をしている。

「少尉、起きなさい」

あらわな首に指を這わせる。

「さもないと」

這う指先が胸のふくらみにわずかに沈んだ時、私よりもずっと小さな手がそれを止めた。
起きていたのかと思って顔を見る。
熱にうかされた瞳がこちらを見ていた。



「あなたはどうか、間違わないで」



顔にゆっくりと手が伸びてきて、頬を撫ぜられた。

「あの落ち着きのない馬鹿を氷漬けにするなんて面倒です。そんなことをするくらいなら国を一つ救うほうが簡単だ」

「そう」

「そうです」

「いい子」



頬で熱を与えてくれていた手が髪を梳いた。
まるで子供にするように。
ひどく優しい
くすぐったい
その手を捕まえてシーツに縫いとめる。

「私はもう34ですよ?」

「わたくしは2021歳ですもの」

出会ってから初めてあなたは正しく微笑んだ。


なんて
うつくしい
かわいい
やさしい



ぽんこつになった私の頭が彼女の胸にうずまった時、
その呼吸があまりにも穏やかであることに気づいた。
気づいてしまった。

「この、生娘・・・」

このタイミングで糸が切れたように寝るとはいい度胸だ。
是が非でも起こして続行したかったが、酔っ払った赤い顔は幸せそうにむにゃむにゃ言っている。
シーツの上で重なっていた小さなほうの手が、ぎゅうと大きなほうの手を握ってきた。

「あいたかった」

子供のような声
どうやら、いにしえの王は夢の中で不忠者と会えたらしい。

夢を見る浅い眠りを起こさないように上から退き、男をぽんこつにする寒そうな服の上にやわらかな毛布をかけた。


















***



朝6時ごろ、少尉は目を覚ました。
養成学校からの習慣で、朝はいつもこの時間に目が覚める体質になっているらしかった。
ぱたぱたと長い睫が瞬きした。「目が痛い」とでも思っているんだろうか。

「おはようございます」
「・・・」

無言のまま、まだ半分寝ている目がうろうろと上がってきて、彼女の寝顔を頬杖をついて見守っていた男を見つける。

「身体はどこも痛くありませんか?」

一瞬で覚醒したらしく、ビク!と震えるなりベッドの端まで逃げた。

「なにも逃げることはないでしょう。夜はあんなに近かったのに」

にっこり

少尉はぱっと自分の身体を自分の両手で抱きしめた。
そして考え込んだ。
少尉は錯乱している。
恐らく今は、食事のあとに昔話をして興奮して酒をたくさん飲んだあたりまで思い出しているに違いない。
そしてそのあとをどうしても思い出せないのだろう。
おもしろすぎる。
三十路を過ぎておあずけを食らった恨みを思い知るがいい。

「気持ちよかったですよ、

に っ こ り

あ、ショックをうけている。
記憶がないくせにしっかり服を着ている自分に少尉が気づいたのは、それから30分もあとのことなのだがそれはまた別のおはなし。






「ところで特殊装甲ガラスを割ったのってやっぱりあなたですか?」
「・・・」
「やっぱり」
「660人のうち、30人しか助けられないものです。軍事利用は難しいと思います」
「いえ、夫婦喧嘩で使われたら怖いなと思っただけです」
「夫婦?」

これもまた別のおはなし。



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