ローブのフードを目深にかぶっていた依頼人がそれを取りはらい、白磁の陶器で作られたような美しい姿がギルド「凛々の明星」の前に現れた。
ユーリは息を飲む。
クシャナだ。
記憶の中よりも綺麗になっている。
ダングレストの酒場『天を射る重星』の奥、粗末な丸テーブルについて依頼を聞いた。
フードをとったクシャナの顔を人相の悪い連中がチラチラと見てくる。肘で隣の席の素行の悪そうな男を小突いて、そいつもチラチラ見てくる。
カロルは正面の椅子に座り、ジュディスはカロルの横、ユーリはカウンターにもたれて立ったまま腕組みをしている。
依頼人の死角だが、一応声は聞こえる。
クシャナの方はユーリに気づいていない様子だ。あるいは気づいていて、忘れてしまっているのかもしれない。
ユーリは、クシャナをチラ見する人相と素行の悪い連中をギロと睨みつけ、視線を追い払った。
「デュークに会いたい?」
カロルが耳によく届く声で依頼内容を繰り返した。ユーリも思わず丸テーブルに視線を戻す。
「デュークって、ええと・・・ボクらが知ってるデュークかな?」
ジュディスとカロルは顔を見合わせる。
人魔戦争の英雄なので有名は有名なのだろうが、デュークはそれほど知り合いが多いタイプには見えない。
「探しているのはデューク・バンタレイ、白のような銀髪と赤い瞳の男性です」
滅多にない特徴的な容姿が一致した。
「風の噂で、あなた方は彼と面識があると聞いたもので、お願いに上がりました」
クシャナはカロルが大慌てするほどに折り目正しく頭を下げた。このお辞儀はお貴族様に違いない。
「え、えっと、あの・・・ボクら面識があるって言っても呼び出せるほど仲良くはないんだ。むしろデューク倒しちゃった仲というか、なんというか」
「そう、ですか・・・」
残念そうにわずかに肩を沈める。
所作は小さいが、ちょっとでも動くたび面と向かったカロルをビビらせる程度の美貌である。
「では」と顔をあげた。
「居場所だけでも結構です。ご存知ではないでしょうか」
「申し訳ないけれど、私達も彼の居場所を知っているわけではないの」
「うん、だから見つけられるかは約束できないんだ。情報がないか調べることくらいしか」
見つけられなくても、手がかりだけでもよいと、クシャナは静かに、けれどしっかりした声で言った。
「それでいいなら」引き受けます、と言いそうになったカロルを遮ったのはユーリだった。
「あんた、デュークに会ってどうすんだ」
いつもより強い語調に、カロルが振り返る。
カロルにはユーリがクシャナを睨んでいるように見えた。
クシャナは何かに気づいて一瞬まつげを震わせたけれど、それは間近にいるカロルやジュディスさえも気づかない変化だった。
「あら、それは依頼人さんの心に秘めておいてもいいんじゃないかしら」
ジュディスはいつもの調子でユーリを諭す。
「デュークに恨みでもあんのか」
ジュディスさえも無視してユーリは続けた。
「会って殺そうってんなら、殺されるのはあんたのほうだ。それじゃ俺達の信念に反するんだよ」
なぜか依頼人を攻撃するような視線と語調。けれど言っている内容はひとまず普通だったのでカロルはほっとした。
義をもって事を成せ、が凛々の明星の信念だ。デュークに会わせた途端依頼人の身に危険が及ぶのであれば、そんな依頼は引き受けられない。
カロルは心の中で大きく頷いた。
それにしてもユーリはなんだか不機嫌だ。お腹が減ってるんだろうか。
「うらみは・・・少しあるような気がします」
依頼人、クシャナが呟く。それからカロルの方をまっすぐに見つめる。
「けれどただ会いたいのです。会って話せればそれより他には望みません」
「なに話すんだよ」
ユーリはまた言葉を尖らせた。
間髪いれずにジュディスが席を立ち「ちょっといいかしら」とにこやかに微笑みながらユーリの耳を引っ張って、酒場と壁を隔てた隣のフロアへ連れて行った。痛がるユーリの声が遠ざかる。
依頼は受けた。
『デュークの所在について情報を集め、依頼人に伝える』
それが引き受けた内容だ。
依頼人と別れてからカロルはジュディス、ユーリと合流した。
ユーリはビロード張りのソファーにどっかと腰掛けている。ここはギルド『天を射る矢(アルトスク)』の首領と幹部のための専用フロアであるが、隔てるドアもなければ門番がいるわけでもないので、勝手に使わせてもらった。
「もー!ユーリどうしたの?」
「別に。どうもしねえけど」
ぷいとそっぽ向いているあたりがカロルとジュディスから見れば“どうかしているユーリ”に違いなかった。
「依頼人さんとデュークがなに話すかなんて個人的なことだから、ボク達が聞くべきじゃないと思う」
「・・・悪ィ」
「昔あの女の人となにかあったのかしら?」
「なんもねーよ」
ユーリは吐き捨てて立ち上がり、「酒飲んでくる」と言い残して酒場のフロアへ戻ってしまった。
取り残されたジュディスとカロルは再び顔を見合わせる。
「図星だったかしら」
「図星だったのかな」
踏み込むことはしないけれど。
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