「よう、デューク」

「・・・」

「無視すんなって」

人里離れた森の奥深く。
ユーリが1歩近づけばデュークの肩にとまっていた鳥が飛び去った。
デュークは眉一つ動かさない。
歩み寄って横に並ぶ間、短い沈黙が落ちる。



「あんた、ってひと知ってんだろ」

「・・・」

「俺ガキの頃しょっちゅうあの人の屋敷に忍び込んでてさ、俺と会うために毎日同じ時間に庭に出て来るんだと思ってた」

「・・・」

「でも違った。好きなやつとその時間に会う約束をしてたから、待ってただけだった」

デュークはユーリに背を向けて歩き出した。

「去れ。お前と話すことなどない」

が逝ったよ」



ぴたと止まる。
森の風が長い髪を揺らした。
ユーリはその背を一瞥して続ける。

「あいつ、あんたを探してくれって俺たちに依頼したんだ。前の皇帝と同じ病気にかかってること隠して」

悔しくて、悔しくて、殴りかかりそうになる衝動を堪える。
こぶしを強く握り締めた。

「ギリギリまで全然平気な顔して・・・でも、結局間に合わなかった」

喉から声をしぼりだしたけれど、かすれて消えた。


「・・・いつだ」

「昨日」

「・・・そうか」

「そうだよ!」


ユーリはついに地面に吐き捨て、デュークの襟をきつくひねり上げた。

「世界を守るためにおまえが殺そうとした生命のなかの一つだ。ひとつがこんな強くて、眩しくてかわいくてすごいんだっ。おまえなに殺そうとしてんだ、おまえ一人があいつの想いだって負えないくせに、ふざけた真似してんじゃねえよ!!」

ユーリは歯を食いしばる。
怒りに震えるユーリの手を、デュークは振り払わなかった。

「ユーリ・ローウェル」

「バカかてめェ!好きな奴の名前を呼べ!」












「うっせえ馬鹿野郎!!」



デュークがようやく名前を呟いた瞬間、全力でブッ飛ばした。





















ブッ飛ばし終わったユーリは、こぶしを下ろし乱れていた息を整える。
最後にふーっと大きく息をつく。
そして

「あーすっきりした」

頭の後ろに手を組んで、草の上に殴り倒されたデュークにクルっと背を向けた。
ズボッ!
と近く草むらからレイヴンが顔を出す。

「あちゃー、自分で名前言わせといてうるせえ馬鹿野郎はちょっと理不尽じゃない?青年」

次いでズボッと草むらから少し顔の赤いリタが顔を出す。

「最後のあたり台本に書いてないんだけど。演出も“襟をひねり上げる”だけでしょ。思いっきり殴ってんじゃない」
「ユーリ!すごくかっこよかった!」
「ふふ、名演ね」

カロルとジュディスがズボ!ズボ!と草むらから顔を出した。
「イエーイ」と言いながらジュディス、カロルの掲げた手にユーリがハイタッチする。
ぶん殴られたデュークはぶん殴り倒された格好から起き上がり珍しく驚いている。と思われた。無表情なのでよくわからない。



「はい、それじゃここで真打登場。わんこ、キラキラ演出よろしく」
「ワン!」

レイヴンが台本らしき冊子を見ながらメガホンを振ると、ラピードは口にくわえたホーリーボトルを別の草むらに振り撒いた。



キラキラし始めた草むらから、がゆっくりと立ち上がる。

ゆたかに広がる裾のドレスを纏い、
胸元には白磁の肌を彩る首飾り
輝きを放つ小さなイヤリング
ロイヤルホワイトの手袋にはシンプルなゴールドブレスレット
ダイアモンド鉱石のティアラを戴く。

衣装も化粧も髪型も完璧だ。
なんせ帝都ザーフィアス城まで戻って、レイヴンことシュヴァーン・オルトレイン隊長が皇妃付きの本職の方々に世にも見事な大嘘をつき、全力でやってもらったものだから。
今度こそデュークは驚いて、目を見張る。


「デューク」


絨毯を歩むべき華奢で上品な靴が背の低い芝生にゆっくりと歩み出した。



「はーい、草むら撤収ぅー」

レイヴンがパンパンと手を叩き、リタ、カロル、ジュディスの背を促した。
木の幹に背を預けていたユーリがまず最初に踵を返し、ラピードが続いた。

「ふふ、そうね。そうしましょう」
「えー、ここからがクライマックスじゃないの?」
「いいから行くのよガキンチョ!」

ジュディスが歩き出して、リタ、カロルと続く。
カロルの服を引っ張るリタはまだ顔が赤い。
子供達の背を見送って最後尾のレイヴンはチラと後ろを振り返る。

・・・おやまあ、英雄殿も案外情熱的な御仁だったのね。
ん?
おいおい
あれあれ

こりゃすごい

「あー、コホン。お子様たちはこのあとは絶対振り返っちゃダメねー」
「な、なん、なんでよ!」
「言わせないの。ほれほれ、ダーッシュ」

得体の知れない大人プレッシャーを察知して、ユーリを追い越しダッシュしていくお子様二人。
ラピードとジュディスもユーリを追い越し、みんなの背中が見えなくなってからレイヴンがユーリに追いついた。

「青年は振り返ってもいいんじゃない?」
「別にいいよ」
「そ?諦めつくでしょ」

「・・・まず一発殴るつったじゃん」

俯いたユーリが何か言った気がしたけれど、レイヴンは最近年のせいか耳が遠くなったので聞こえないことにした。



「よっしゃよっしゃ。今日は飲もう。おっさんの奢りだよ。おっさん何杯だって付き合っちゃうよ」

ダングレストの酒場でユーリを慰めようとしたレイヴンは、火を近づけると燃えちゃう感じのお酒をしこたま飲まされることになるのだけれど、それはまだまだ何時間も先のことだった。



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